第3話 ダンジョン守りの報告
三十五層の騎士型モンスターを討伐し、A級冒険者である三ケ島明さんと特に会話をすることなく三十分ほどで地上へと戻ってきた。潜る時よりも昇る時の方がバグ道が多く、危なげなく時間を巻いて帰還することができた。
途中の道でモンスターに出会うこともあったが、三ケ島さんはやはりA級冒険者といったところで俺が戦闘態勢をとる間もなくバッサバッサと倒してくれた。瞬殺している様子を見るとつくづくなんでこの人このダンジョンに来たのかと疑問に感じてしまう。おかげでゲットした騎士の剣を使う場面は全くなく、むしろ杖代わりに使用していた。ごめんね、騎士型モンスター君。
そんなわけで地上へと出ると、何の騒ぎか大勢の人がダンジョン入り口付近に集まっていた。様々な人がおり、俺と同じように作業着姿の人もいればスーツ姿の人もいる。もちろんダンジョン装備の人も多数いたが。その中に上司の姿を発見し、三十五層に潜る時簡易的なチャットしかしていなかったことを思い出して手先が冷たくなるのを感じた。
「——! おーい! 皆! 戻ってきたぞ!」
その大勢の人の中、上司が真っ先に俺の姿を確認して声を張り上げる。どうやら俺の帰りを待っていたようだ。
「ようやく戻ってきたか、咲間! 何があった?!」
「…すみません、簡単なチャットしかできず。こちらのA級冒険者の三ケ島さんが最下層で見たことないモンスターと戦っていたもので」
「A級の?! っと、これは失礼しました。私、こちらの咲間の上司のものでして」
「…いえ、お気になさらず。咲間さんはさすが『15ダンジョン』のダンジョン守りという感じで、色々助けていただきました」
そう言い終わり、三ケ島さんは甲冑を脱ぎ始めた。頭部のヘルメットを脱ぎ始めたのだがその時点で何か違和感を覚えた。髪が男にしては長い...。完全にヘルメットを外し、首を振って髪の毛を広げる。
「え、女性...だったんですか?」
ほぼ初対面と言っていい人にこういうのは失礼だが言葉にせずにはいられなかった。え、だって声男だったよね?!
「あ、やはり気付いておられませんでしたか。まぁしょうがないですよね、声も変声機で変えてましたし、名前も『明』っていうどちらでも取れる名前ですもんね」
「…いえ、ホントに気付かなくて申し訳ないです」
大したことを話した覚えはないが変なこと言ってないよな、という考えが脳内を駆け巡りジトっとした嫌な汗が流れ始める。
「そ、それで何があったか詳しく教えてくれ咲間。ここにいる皆気になっているんだ。私が来た時にはすでに君は事務所にいないし。それで冒険者の方が手続きできなくて困っていたんだ」
「——あ! そうですよね! 申し訳ありません皆さん!」
ダンジョン守りがいないせいで入退場の手続きができない、という当たり前のことを今改めて思い出し冒険者の方へと向かい頭を下げる。怒られるな、という心配をしていたがたまたまここにいる人たちが常連ばかりだったこともありお許しを得ることができた。中には俺が無事だったんだから何も問題ない、というありがたいお言葉をかけてくれる冒険者もいた。
その後、急いで退場される方の手続きを行い、入場に来ていた人には申し訳ないが異常が見つかったからという理由でお帰り頂いた。中にはB級だから問題ないぞ、という人もいたがA級の三ケ島さんですら手を焼いていたモンスターがいるかもしれないという話をすると引き下がってくれた。
一時間以上かけてダンジョン生成物の換金や退場手続きを行い、結局腰を据えて上司と会話することになるのは十七時を過ぎたころだった。
「それで、そちらの方々は?」
上司と共にスーツ姿の人が三人いたので聞いてみる。冒険者が捌けたのでその人達と帰っていくのかなと思いきや普通に事務所内に残っていた。
「あぁ、こちらの方々は…」
「私共は迷宮庁のもので、私は佐藤と申します。異変が一切起こらなかった平和そのものと言えるこの『東部第十五迷宮』に異常が起こったとの報告を受けたため駆けつけました。それで、中では具体的にどのようなことが? そちらの錆びたような剣とも何か関係があるのですか?」
佐藤と名乗った長身の男は腰を低くして訪ねてきた。
迷宮庁というと日本全国のダンジョンを管理している国家の組織なので、俺の仕事の発注元というわけだ。
「初めまして、咲間康太と申します。おっしゃる通り、三十五層での異変はこちらの剣も関係しております——」
そこから俺は簡潔に三十五層で起こったことを、佐藤さんと他の迷宮庁の人と上司へ語った。
「なるほど。今のご説明に間違いはありませんか? 三ヶ島さん」
「・・・はい」
「ありがとうございます。壁からモンスターが...そんなことあるんですね。これまでこういった報告は?」
佐藤さんは他の迷宮庁の人へと確認を取った。
「いえ、そのような報告は特には...」
「そうですか...咲間さん、他に何か気になったことはありませんか?」
「ん〜...あ、大したことじゃないと思うんですけど。若干他の階層の気温がいつもより低かったような気がしました。あとは...三十層から三十五層までのモンスターの出現が少なかったような」
「それは、こう言ってはなんですが、気のせいということは...?」
「どうなんでしょう。一応このダンジョンのことについては隅々まで知っている自負があるので...思い過ごしだったらいいな、というかんじです」
「なるほど...ありがとうございます。他に特には、ないですかね。では、一度持ち帰ってこちらでも確認作業は進めたいと思います」
「はい、ありがとうございます。あ、明日からのダンジョンの解放って...?」
「そうですね、一応三十層以下には進まないようにしていただく対応で大丈夫だと思います。このダンジョンに関しては咲間さんの方がお詳しいと思うので、咲間さん判断で完全封鎖するか否かを決めていただく形で」
明日明後日閉鎖して休みにしてくれないかなぁ、と甘い考えを抱いていたが全くそんなことはなく。こっちの判断に任されてしまった。上司もそれでいいという顔、というかこちらに丸投げという感じだった。
「では、お時間を取らせてすみませんでした。それでは帰らさせていただきます。お疲れ様でした」
「いえいえ、こちらこそこのような場所までご足労いただきありがとうございました」
「あ、ところでそちらの剣は...こちらで引き取らせていただくこともできますが」
「いえ、せっかくなんで使おうと考えています。三ヶ島さんも了承してくれましたし...あ、ダンジョン守りがダンジョン産の武器とかって使っちゃいけないんでしたっけ...?」
「いえいえ、問題ないですよ。咲間さんは冒険者免許を取得されていますよね。でしたら何も問題はございません」
鉄パイプくらい扱いやすい長物なので、持ってかれちゃうと嫌だなぁ、とずっと頭の片隅にあったがどうやら杞憂だったようだ。錆びているっぽいけど磨けば綺麗に使えそうだし。
「そうですか...ではありがとうございました。三ヶ島さんもこんな時間までありがとうございました」
「いえ、今日お助けいただきありがとうございました。またいずれどこかで」
迷宮庁職員と三ヶ島さんを送り出し、事務所には俺と上司だけが残った。普段この部屋に他に誰かがいることはないので、ドッと気疲れしてしまった。
「お疲れさん、大変だったなぁ今日は。もう今日はあがってもいいが...」
「いえ、まだ退場していない冒険者さんもいるので。あ、そういえば異動の件ってどうなりますかね」
ここで意を決してここ一週間で一番聞きたいと思っていたことを口に出す。少しでも異常が見つかったので、すぐ別の場所に! ということはないと願いたい。
「あ〜、それかぁ。俺の一存でどうにかできるって話でもないしなぁ。上の判断待ちになるな。まぁ、今はまだ案内っていうだけだからまだ焦らなくてもいいと思うぞ。なんだ、そんなすぐに他の所に行きたいのか?」
「いやいや! 全くの逆です! できればずっとここがいいなぁ、というか」
「そ、そうか。ジョブローテーションの意味合いもあるしずっとここに、ってわけにもいかないが。咲間の希望を一応は上に言ってみる」
その言葉を聞けて取り敢えずは胸を撫で下ろした。そして上司はここにいてもすることがないと言って足早に自分の仕事場へと戻っていった。まぁそれか、もう夕暮れ時なので直帰するのだろうか。
その後、定時の二十時まで、退場する人の対応をしたり、連絡をしてきていた本部に謝罪のメールと今日起きたことの日報を送ったりして時間を潰した。
途中、空いた時間に拾った剣を隅々まで見てみたりもしたが、特殊な効果を持っている様子もなくただの錆びた剣という感じで少々がっかりしてしまった。あんなに強いモンスターの落としたものなのでさぞ名のある名剣なのだろうとか考えたが見れば見るほどに普通の剣だ。きちんと鑑定ができる人が見るともしかしたら実はすごい剣だった、とかだといいのだが。そこまでの鑑定力がないのが悔やまれる。
都内にはダンジョン産の武器や防具を専門に鑑定できる人がいると聞いたことがあるしいつか持って行ってみるか。
* * *
「...遅くまでお疲れ様でした。お気をつけてお帰りください」
最後に出場してきた冒険者パーティを見送り、本日の仕事納めとなった。この『15ダンジョン』にくる人たちは民度がいいのか開放時間を過ぎてダンジョン内にいるということはほぼない。たまに道に迷った、という理由で数分ほど遅れて出てくる人もいるがその程度。遅いな、と思って監視カメラ映像で見ても急いで地上を目指す姿があるばかりでいつまでも地上を目指さない人は見たためしがなかった。他のダンジョンのその辺の事情はどうなのだろうか。いつか別のダンジョンに足を運んでみてもいいかもしれない。
今日も二十時きっかりに事務所を出て十分ほどで家に到着する。この即退勤のルーティンが気持ちよくて仕事を続けている面もあるので、是非とも上司には上層部へといい報告をしてほしい物だ。
食事など様々なことを済ませ、就寝するのは二十三時。
これが俺の毎日の生活だ。特に変化はないがこの生活はとても気に入っている。
* * *
咲間が退勤した二十分ほど後、事務所に設置してある警報機が再び鳴った。
異常を観測したのはまたもや三十五層。監視カメラ映像は今回もなにもうつっていないそのフロアを映し出すのだった。
ダンジョン守りの生活は着々と変化を迎えつつあった。




