第24話 ダンジョン守りの考察
訳の分からない何かしらの黒紐を巻き付けた状態のドリスを家に呼び出したわけだが、見れば見るほど何か大きな変化があるわけではなさそうだ。ちなみに今回は床に突き刺さるわけではなく横たわった状態で出てきてくれたのでありがたかった。
「う~ん、何が変わるんだこれ...。あ、結構暖かいんだなこの紐。カイロみたいな感じか? 冬にはありがたいがまだ寒くないしなぁ」
紐が巻き付けられた柄を改めて握ってみると紐単体で持った時よりも暖かく感じた。手がかじかんだ時にはありがたいが夏真っ盛りだと非常に邪魔な気がする。しかもバットのグリップみたいに巻き付いているので見た目がどうも変だ。滑り止め巻いているのかと笑われてしまいそう。
「ミィエヌエはどう思うこれ」
「さてね。別に私はドリスちゃんについて詳しいわけじゃないのよ。その子の口から何か言われないと何もわからないわ」
「そうだよなぁ。ドリスは何か変化があるのか?」
「…」
俺の横にたたずむドリス本人に何か説明を求めてみても返ってくるのは沈黙ばかり。なにもアクションを起こさないから変なことは起きてはいないことは確かだと思うのだが、それだとこの紐が巻き付いた意味も分からない。
ただ、本人が何も語らない以上俺たちが何かを気にしていても仕方がないので晩飯の準備へと取り掛かる。今日の晩は一段と豪華だ。なぜかと言えば迷宮庁からの報奨金というものが振り込まれていたからだ。
その額なんと五百万円。
百万以上の大金が個人の口座にポンと振り込まれていいものかよくわからなくて、怖くなり佐藤さんに連絡を取ったところ迷宮庁側が正式に振り込んだものなので問題ないそう。税金その他諸々も問題ないそうだ。‥‥‥ホントに?
スーパーで預金残高を何気なく確認した時には思わず大声を上げてしまって客や店員に不審な目で見られてしまった。
「これなら、仕事辞めてもいいのでは......? いやいや、五百万程度じゃまだ無理か」
スーパーで咄嗟に脳裏に巡った考えを改めて口に出してみるが、やはり現実的ではないなと感じた。五百万なんてすぐなくなってしまうだろうし、金が急に入ったんで仕事辞めますとも会社には言いずらい。就職難の時代に拾ってくれた会社なのもあり易々と手放してもいいものじゃない。
とりあえずそんな思考は一旦隅の方へやっておいて、晩飯を作ることにする。
とはいえ、手の込んだものじゃなくて精肉店で買ってきたステーキ肉を焼くだけだ。町の精肉店で百グラム当たりの値段が一番高かった牛ステーキ肉をいっぱい買ってきたので適当に焼くだけでもおいしいはずだ。ドリスにも食べさせてやりたいしフライパンで豪快に焼いていく。
若干赤さが残っているくらいで肉を切り分けて皿に持っていく。立ち上る香りだけで米が何杯でもいけそうだ。
「さ、できたぞ。ミィエヌエはそっちの小さいのな。ドリスのはもう少したってからでもいいか? あとでその剣で切り分ける感じにするし」
「私のももう少しあってくれてもいいのだけど?」
「別に飯食わなくてもいい体なんだから、文句言うなよ。居候だろお前。…じゃ、いただきます」
流石に焼き肉屋で食った物よりは劣るが、いつも食っているものに比べれば段違いでうまい。たまに買うスーパーの割引海外産の牛肉とはわけが違うな。
黙々と食い進めて行き、お腹がいっぱいになったところでいよいよドリスの番だ。まな板の上に置いたままにしてあるステーキへと刀身を近づけていく。
「‥‥‥今になって思うが、ドリスは物に触れるんならステーキ肉をわざわざで切るなんてことしなくてもいいのでは?」
「それは私も思ったわ。なぜこんな狭い部屋で剣を持ち上げて肉を切っているのかしら全く」
珍しくミィエヌエの言葉にも共感しつつ、その刀身で肉に切れ込みを入れていく。剣は普段のような切れ味を見せずにギコギコと肉を切っていく。
「あれ、意外と切れないな…?」
疑問に思いつつステーキ肉の中心あたりまで刃が入った時にそれは起こった。
——ミシッ
「んっ?」
——パキッ
何と目の前でその刀身に亀裂が入った。
モンスターに攻撃していたわけでもなく、壁や地面に叩きつけていたわけでもないのにその赤錆びた刀身に綺麗に亀裂が入ったのだ。
咄嗟に剣を肉から離してその刀身をまじまじと見る。
「はっ? えっ?! な、なんで?! なんで肉切ってただけなのに亀裂は入ってんの?!」
思わず横にいるドリスも見るとその体にも、ガラスにできるような亀裂が入っていた。これにはミィエヌエも驚いたようで息をのむ音が聞こえた。
「‥‥‥驚いたわ。まさかこんな肉切れ一つ断てないなんて。そんなのでよく私の事をああも切り刻んでくれたわね」
頭上のミィエヌエは若干苛立ちを覚えたような声で嘆いている。
どうしようどうしようと困ってあわあわしているとき、俺はふとドリスの性能についてある可能性を思いついた。もしかしてドリスは見知っているモンスターしか正確に切ることは出来ないのではないかということだ。
『15ダンジョン』内のモンスターだけであれば俺はその弱点を知っているので弱点を突いた後に倒すことができる。だからあの騎士型モンスターの右肩を切断し、その後に首を立つことができた。だが、三ケ島さんが戦っていた方にはまず腰に剣を当てたことでその刀身が折れることになった。俺の知っているモンスターであってもその弱点を突いた後でなければまともな攻撃が通らないのだろう。
そして『渋谷ダンジョン』のモンスターやあの機械兵に対してはドリスの指定する箇所への初撃しか許されなかった。『渋谷ダンジョン』内の蜥蜴やミィエヌエなどの多くのモンスターに対しては様々な個所への攻撃がなされた。その後に倒したモンスターを吸収したということはどこに攻撃すれば確実に弱点を突くことができて倒し切ることができるかを学習していたのではないか。
ドリスは『15ダンジョン』以外に生息するモンスターの情報をも吸収してそれを学習していくのか? 追撃させないのではなく、したくてもできない。弱点になりえる場所を知らない? こいつはもしかしてモンスターを倒せば倒すほど成長していく剣なのか。
考えれば考えるほど疑問が浮かんでくる。
ミィエヌエが言っていた迷宮進行が楽になるという話や『魔法師』が言っていたこの剣はダンジョンそのものという話を合わせれば、こいつはモンスターを倒すだけそのダンジョンモンスターを学習しほぼ無力化していくのか? その意味ではあらゆる迷宮を塗り替えられるものなのか。
そう言うことならば、今牛肉を切ってしまったことで亀裂が走ってしまっていることにも一応納得はできる。なんせドリスは牛肉を切ったことがないのだろう。だから力を入れすぎてはいないので折れることはないにしても亀裂が入ってしまったのか。
「——っと! ちょっと! なにボーっとしているの人間! どうするのよそれ!」
手に剣を持ったままボーっとしている俺をミィエヌエは不審に思ったのだろう。ぐるぐると思考を巡らせている俺に怒ったような声をかけてきていた。考えなくてもいいことを考えすぎてしまう癖はやはり治りそうもなかった。
「あ、あぁ...。どうしようかこれ。あ、いや待てよ。もしかして」
俺はふと、じゃあこのステーキを吸収させたらいいのではないかというごく単純なことを思い普通に包丁で肉を切り分けていく。
そして皿に乗せて床に置いてその傍らに剣を寝かせた。
「さ、取り込んでいいぞ」
するとその言葉を待っていましたと言わんばかりに肉と共に剣が床へと消えていき、そして即座に亀裂が消えた剣のみが床に現れた。
「お、やっぱ思った通りか。最初っからこうしてやればよかったな。いやぁ、すまんかった」
横にいるドリスの体からも亀裂が消え去っておりどうやらこれで正解だったらしい。ただ、ステーキ自体を味わえたかどうかは本人の表情を読み取れないので全く分からない。
「なんか、私よりも甘やかされている気がするわ」
「なんで、自分の方が甘やかされて当然みたいな言い方してんだよお前は。あの時の巨大モンスター倒した時以外お前役に立ってないからね?」
「なっ! とても不愉快だわ。えぇ不愉快だわ!」
剣が元に戻ってようやく胸を撫でおろしたが、しかしその日は結局柄に巻き付いている黒紐の事は何にもわからずじまいだった。
* * *
東北地方のとあるダンジョンに赴いていた篠塚は違和感を感じていた。
迷宮庁の支配下にある彼はダンジョンを好きに回っているわけではなく、主に調査が目的のために遣わされるのだが今回訪れている場所のモンスターが想定よりも強いのだ。
基本的に彼の戦闘スタイルは敵に気付かれる前に急加速で接敵し屠るというもの。今回もその調子で進めようとしていたが、ある階層を越えた時にモンスターたちが篠塚の急接近に対応し始めたのだ。これまでももちろんそんな強力なモンスターはいたが、普通のダンジョン、それも地方のさほど強力ではない場所でこんなにも手こずることになるとは思っていなかった。
同行する冒険者たちもその違和感には気が付いており、早急に迷宮庁への確認を始めていた。




