第22話 ダンジョン守りの決心
「おっひょぉぉお〜〜! うまちょぉ〜〜!」
俺は、今日こそは、と意気込み一万円札を十枚引き出して高級焼肉店に来ていた。個室があるタイプの店なんて初めて来たがドリスとミィエヌエのこともあるので非常に助かる。
店に入った時店員はあからさまに訝しんだ顔をしたが、どうにかペットということにして入ることが出来た。ミィエヌエは喋られるペットなのでそこも加味してもらう形にはなったが。
そして俺の前に並んでいる肉はどれもこれも普段の生活ではまず見ることのない綺麗にサシが入ったものばかり。テレビで見て良いなぁ、と思っていたものが目の前にあるという幸福。人生の幸福度ランキングでぶっちぎりの暫定一位だ。
「顔、緩みすぎじゃないかしら? 気持ち悪いわよ」
「だまれ。こんな肉みたら顔も緩むに決まっているだろうが!」
「うわガチギレじゃない。はた呆れ返るわ...」
目の前のお子様席に座らさせているミィエヌエが何か言っているが関係ない。お前は黙って牛乳飲んでろ。
迷宮庁の方から謝礼が出るとも言われているので今回は値段を見ずに美味しそうなものを全て頼んだ。サーロインやらランプやらヒレやら、肉のことについて詳しくはないが聞いたことのあるものばかりなのでハズレはまずないはず。
まずは脂の滴るサーロインを一口...。
「・・・・・・今は生きとし生けるもの全てに感謝を...」
「うわキモチワル! なに恍惚とした顔で喋り出してんのよ」
たまに家で開催する割引牛肉家焼肉パーティーとは訳が違う。舌の上で肉がとろけるとはこのことなのか...!
そして高級店だけあるのかタレもずば抜けて美味い気がする。全てが最高。
そしてそこにすかさず米! やっぱ日本人たるもの米だよ、米。
「米も美味い...! 食べれば食べるほど腹減ってくるぞこんなの...!」
歳をとると脂がキツくなってくるというが、そんなのはもはや関係ない。元々よく食べる方なこともあり少年に戻ったような気持ちでどんどん焼き、どんどん口に入れていく。
個室なのもあって周りの目など気にせずにバクバク俺が食べているのを見ていたミィエヌエはその様子が気になったのか自分にもくれと言ってきた。金と肉で気が大きくなっていることもあり少し分けてやった。
「──! ふ、ふうん。肉の割には美味しいじゃない?」
「・・・意地張んなって。美味いんだろ? 女神の立場で肉食うのはいいのか悪いのか俺はわかんねぇけど、遠慮せず食えよ」
「くっ...」
なにを気にすることがあるのかは分からないが人間の食事を摂ることがよほどプライドに触るようだ。
まぁ、ハンバーガー美味くないって言ってたしな。
しかし諦めたのかミィエヌエは小さな体で肉を頬張った。どんどん小さな口へ放り込んでいるのを見るに、やはりよほど美味いのだろう。
「ドリスにもこの感動を味わって欲しいんだけどなぁ」
俺とミィエヌエが食べているのを何も言わずにドリスは見ていた。動かないということは別に気にしてないんだろうけど、やっぱ気になっちゃうよね。
* * *
「あぁ〜美味かったぁ」
腹がはち切れんばかりに肉を食べまくり、お会計は約二万円ほど。意外と安く済むんだな、と少し拍子抜けしてしまった部分もあるがまぁ高すぎるよりは全然良いか。
ミィエヌエも満足したように俺の頭の上に座っている。ちょっと、重くなってないか...?
「──あの!」
タクシー拾って帰っちゃおうかな、とか思って歩いていると突然後ろから声をかけられた。
びっくりして振り向くとそこには俺と同世代くらいの青年が立っていた。
「はい?」
「も、もしかして、『渋谷ダンジョン』で大活躍したダンジョン守りの方ですか?!」
「えっ」
その青年の声に反応するように道ゆく人があれよあれよという間に俺の元に殺到してきた。みんな同じように若干目を輝かせながら。
俺の住んでいる地域は関東では田舎寄りとはいえ『15ダンジョン』によって栄えた都市だ。ど田舎ではないため、ニュースやSNSに敏感な人が大量に住んでいるのは少し考えれば分かることだった。そして俺の周りに人だかりができることも。
人が人を呼び、野次馬まで殺到したことで俺はほぼ身動きが取れないような状況になっていた。
「いや、あの! サインとかそういうことはしてないので! てか一端の会社員ですので!」
「でも、ダンジョンぶっ壊してたじゃないですか!」
「ちょっ、あの! ご、ごめんなさい!!」
こうなってしまえば群衆は聞く耳を持たないので、怖くなってしまい咄嗟にその場から逃げ出してしまった。
走って逃げているにも関わらず、最初に声をかけてきた青年をはじめとして何人が追ってきている。
全員に対応しているとまずいのでドリスのおかげで強化されている体を駆使して街中を逃げ回った。
その途中でも街の人たちがなんだなんだとこちらに注目するため、どんどん追っ手は増えていった。
結構な時間鬼ごっこをしていると目の前に黒塗りの軽自動車が止まった。
「く、車まで?!」
「咲間さん! 乗ってください!」
「え、三ヶ島さん?!」
運転手はなんと三ヶ島さんだった。
彼女の言葉に甘え、車に乗り込みすぐに出してもらう。流石に車には追いつけないと思ったのか、街の人々は散り散りになっていくのが見えた。
せっかく良いお肉で腹一杯になったのに走り回ったせいで若干気持ちが悪い。もし三ヶ島さんが現れてなかったらどこかで戻していただろう。
「はぁ、はぁ。ありがとうございます...」
「いえ。それにしても大変なことになってますね」
「はい...ホントになんであんなに」
三ヶ島さんは追っ手に道を気取られないようにするためかにあえて細い道や変な道を走っているようだ。
「でも...ところでなぜ三ヶ島さんがここに?」
「あ〜、私もニュースやネットを見まして。多分大変なことになっているだろうなぁと思っていても立ってもいられず...。私も経験ありますし...」
「まさか三ヶ島さんにもこんなことが...あ、甲冑被って声変えてたのってまさか?」
「はい、それがきっかけですね。女だからって舐められないようにするためでもありましたけど」
ここにきてようやく三ヶ島さんがイカつい甲冑を被り声まで変えていた理由がわかった。もしかしたら上位冒険者についてまわる悩みなのかもしれない。
「まぁ咲間さんの場合、日本初の被害ゼロでのダンジョン解体を成し遂げましたからね」
「あぁ〜...なるほど」
「そんなに大事だと考えてないみたいですね...。あ、あとこちら良ければ身につけてください」
そう言い三ヶ島さんが差し出してきたのは伊達メガネとマスクと帽子。見た目の怪しさは跳ね上がるが無いよりは良いだろう。
「え、すみません...おいくらでした?」
「良いんですよ、差し上げます。まぁ一時凌ぎ的に使ってください」
財布を出そうとする手を押さえられてしまったのでありがたく貰うことにする。
帽子を被ったことでミィエヌエからは座り心地が悪くなったと言われたがお構いなし。じゃあ頭に座るなと言い返すと何も言ってこなくなった。
「ネットを見ている限り、今はまだどこのダンジョンのダンジョン守りかはバレていません。『15ダンジョン』に通う方たちのモラルの高さが伺えますね」
「あ、そうなんですか。ありがたい限りです」
「ですね。・・・ところで、ご自宅はどちらでしょうか? このままお送りしますよ」
「え、そんなことまで...」
流石に申し訳ない、とは思ったが車を降りて自分で帰ろうとしたらさっきと同じような状況になりそうだったのでお言葉に甘えることにした。
* * *
「本当に家からダンジョンまで近いんですね...」
車が我が家に到着してから三ヶ島さんが最初に放った言葉はそれだった。道の途中で『15ダンジョン』を見かけていたからこその発言なのだが、そこから車だと僅か二分ほどで到着した。我ながらホント近いな...。
「そうなんですよね...だからダンジョン守り続けたくて。やっぱ職場が近いって最高じゃ無いですか」
「・・・私就職する前に冒険者になっちゃったのでなんとも」
「あ、なるほど...」
社畜になる前にA級冒険者になって生計を立てているとはなんとも羨ましい...! 俺もそうなりたかった!
俺は奥歯を噛み締めつつも車を降りた。
「本当にありがとうございました。あ、よければお茶でも飲んで行かれます?」
そう発言した瞬間、しまったと思った。どこに異性(恩人)を気軽に家に入れようとする奴なんているんだと。普通にセクハラになってしまうだろうが。
「あ、すみません! やっぱなんでも──」
「じゃあお言葉に甘えて。咲間さんも何かお礼しないと気が済まないでしょうし」
俺が謝り切る前にまさかの承諾。それも俺のお返ししないと気が済まないという気持ちまで汲んでくれて...。なんで良い人なんだ!
三ヶ島さんの心遣いに感激しつつ、狭い俺の部屋にお通しする。何気にこの部屋に他人が入るの初だな。
三ヶ島さんに座椅子に座ってもらい麦茶を出した。男の一人暮らしなんで不細工なコップしかないのが申し訳ない。
「すみません、狭い部屋で」
「いえいえそんな...。私の借りてる部屋もそんなに変わらないですよ」
「え、そうなんですか?」
「はい...23区内は家賃が高くて...」
「あぁ...」
嫌にしんみりした気持ちになってしまった。確かに俺も上京して部屋を借りる時不動産屋に提示された物件どこも高かったもんなぁ。だからこんな辺境のような場所に住むことになってるんだけど。
「ところで、咲間さんは本当に冒険者に戻るつもりはないんですか?」
「・・・はい。少なくとも今の勤務地が移動しない限りは考えていません」
「じゃあ、もしそれが変われば...?」
「うーん、どうなんでしょう。確かに今の力があれば冒険者一本に絞った方が稼げる気はします。働くという行為は元々好きじゃないですし...ただどこまでこの強さが通用するかが分からないのが怖いのもあります」
「あぁ...でもとても分かります。もし大きな怪我、そうじゃなくても衰えを感じれば続けられるものじゃないですもんね」
俺の不安は三ヶ島さんも感じているようで深く頷いていた。
世界を見渡せば高齢でも異常なほどの強さを持って冒険者をしている人もいるらしい。しかしそれは皆絶対にそうなる、ということはない。
老いや怪我で稼ぎ口がゼロになるというのは冒険者において一番怖いことだ。なぜなら冒険者は人間社会で身につけるべきスキルを何もつけないまま時間だけが過ぎていく。
引退するまでに莫大な金を稼ぐことができないと、どうにも立ち行かなくなってしまうのだ。
そして俺は冒険者として通用しない、というその挫折を過去一度味わっている。あの時のような状況に絶対にならないかと言われるとそんな保証はどこにもない。
「だから一歩を踏み出せない、というのもあります。というかそっちの方が大きいかもしれません。でも...この数日でいろんなことが起き過ぎて、今はまだ冒険者として稼ぐことができそうな気もしますけど...もし勤務地が変わるとなれば本格的に冒険者を始めるかもしれません」
「えっ!? 急な心変わりですね!?」
「えぇ、まぁ。社会人続けなくていいならそっちの方がいいので...今のうちに稼げるだけ稼いで老後はのんびりしたいです」
「後ろ向きな理由すぎる...でもそれなら、もし冒険者になろうと決心がついたら私に声をかけてください。ぜひパーティを組んで頂けませんか?」
俺の発言に急にテンションが上がったような三ヶ島さんは、これまた急な提案を持ちかけてきた。
「えっ?!」
「だって咲間さん、ドリスちゃんに指示された場所しか攻撃できないんですよね? 致命傷にならない箇所への攻撃でも追撃ができないなら誰かとパーティを組んだ方がいいはずです」
そう三ヶ島さんに言われて薄々感じていたことを再認識した。
もし仮に冒険者になったとしても俺一人ではモンスターを討伐しきることができないのだ。ドリスの指示は絶対なので強敵を前に動けなくなってしまったらそれこそどうにもならない。
でも、パーティなんて安易組めるものじゃないはずなので最初はソロからのスタートになるだろう。そこで怪我を負ってしまえば元も子もない。それが思考の片隅にあった悩みだった。
しかし、その悩みを払拭できる三ヶ島さんのお誘い。これは乗っておいてもいいはず。
「はい、仰る通りです。・・・いつになるかは分かりませんが、三ヶ島さんさえ良ければ是非よろしくお願いします」
「はい。首を長くして待っておきますね」
そんな会話をし、三ヶ島さんは帰って行った。
もしかすると、本格的に冒険者デビューする日も近いのかもしれない。そんなことを部屋で考えていた。




