第21話 ダンジョン守りの評価
「…んぁ、今何時…」
俺は若干の気だるさとなぜだかわからない筋肉痛を抱えながら目を覚ました。
『渋谷ダンジョン』事件から一夜明けて俺は正午前にようやく目を覚ました。昨日は家についてから疲れていたため何もする気が起きず、コンビニ弁当を貪り泥のように眠りについた。
ミィエヌエは人間の食事には飽きたのかその時は何も要求してこず唯一、冷蔵庫にあった牛乳だけ飲んでいた。
「あら、ようやく起きたのね。寝相も変わらず静かに眠っていたから死んだのかと思っていたわ」
「‥‥‥寝起きに嫌味いうのはやめてくれ。昔からこれでも寝相はいいんだよ」
机の上にマスコットのように座っているミィエヌエに言葉を返しつつ俺はようやく体を起こした。
昨日眠りについたのは九時頃だったから十二時間以上寝ていたことになる。そのせいなのか目が覚めているにもかかわらず眠たさが消えていない。
昨日活躍してくれたドリスは床が傷つく参事を恐れて部屋の隅に寝かせるようにしておいている。そのそばには無言でドリス本人が直立しているのでぱっと見幽霊にしか見えない。喋るマスコットと幽霊がいる部屋ってなんだよ...。
「おはようドリス」
「…」
「ねぇちょっと、私には挨拶はないわけ?」
「うるせぇな...はよ」
何が悲しくて朝から親みたいな小言を言われなければならないのか。
「っつう...なんで筋肉痛なんか。しかも全身...」
「それはあなた、昨日私の力再現したからに決まっているでしょう。でも筋肉痛だけで済んでいるんだから感謝しなさい」
「…薄々そうかなって思ってたけどやっぱそうなのかよ。連れて帰るんじゃなかったわ」
ミィエヌエの弁ではあんな力を人間が使おうもんなら、よくて四肢欠損、最悪は爆散するのだとか。それを核石というリソースを使ってあげたからたかが筋肉痛ですんでいるのだとか。大量の高純度核石を犠牲にしても体に異変があるのだからよほど法外な力なのだろう。
その力を特に予備動作すらなく何の気なしに使ったミィエヌエ本人はやはり相当強力なモンスターだったのだろう。今の姿となってはそんな風には一切見えないけれど。
「——では、続いてのニュースです。昨日夕方、冒険者たちの活躍により『東部第六迷宮』通称『渋谷ダンジョン』の解体が行われました」
「お、もうニュースになってんのか」
何の気なしにつけたテレビでは昨日の『渋谷ダンジョン』での出来事が放送されていた。何があったのかをニュースキャスターが読み、取材映像が流れる。
その中によく見知った顔が映っていた。
「いや、俺じゃん!」
「うるさいわね...」
まさかの地上波デビューである。しかも俺の見出し欄にはさも俺がダンジョン消滅の最大功労者であるかのようなことが書かれている。まるで俺を祭り上げているかのような放送の仕方だ。
焦ってSNSを開くとトレンドは『渋谷ダンジョン』のことでほとんど埋まっており、それだけでどれだけ注目されているのかがわかる。さらには俺のことも話題となっており謎の冒険者Aとされてお祭りのような状況になっていた。
「う...会社に何て説明したらいいんだこれ。最悪俺解雇か…? てかなんでこいつら俺の格好だけで冒険者じゃなくてダンジョン守りだって考察してんだよ、もっとその考察力別に使えよ」
「なに、そのなにかの端末みたいなものでも私の事が騒ぎ立てられているのかしら? もっと信仰が集まっちゃうわ」
「ばか、逆だ逆。お前はもっと頭使え」
注いでやった牛乳を飲みながらミィエヌエは変な勘違いをしていた。テレビ見てもそんなこと一言も言ってねえだろ。
とりあえず、起き抜けの頭でなんのかんの考えることは難しいため外に飯を食いに行くことにする。幸い休みは今日を含めまだ三日あるのだから、ご飯食べれば何かいい考えが浮かぶだろう。
そんな甘い気持ちのままドリスとミィエヌエを抱えて外へ出た。
* * *
咲間が弓使いさんと呼んだ男の名前は源田堂次郎。日本に数えるほどしかいないS級冒険者だった。
名実ともに強者だった彼は先の『渋谷ダンジョン』事件の被害者となってしまい、迷宮解体の立役者になったにもかかわらずひどく落ち込んでいた。あの場にいた被害者の中で立ち上がれたのはわずか彼一人だけ。ほぼ即死トラップとも呼んでいいあの女神の被害に遭いつつも戦ったのだから誇ってもいいはずなのだ。
そんな源田含む被害者たち数名と迷宮庁はあれから翌々日、会議を行っていた。もちろん議題は『渋谷ダンジョン』のこと、ではなく咲間本人の事についてだ。
「…いいか、あの女神は俺でさえも一瞬で誘い込んで無力化したんだぞ。それをあの男はいともたやすく切り伏せた。たったの一人でだ。さらにはダンジョンの外に現れたデカブツさえも黙らせたんだ。それをただの一端のダンジョン守りにとどめておいていいのか?」
源田が語る先は迷宮庁上層部。この場にお馴染みの神田と佐藤の姿はなく彼らでさえあまり顔を合わせることはない重役ばかりが揃っていた。
それだけ上級冒険者はあらゆる場所に顔が利く。日本のダンジョン事情を統括している迷宮庁ともなればなおの事だった。
「しかし彼は冒険者になることをさほど望んでいない。それを無理やり、今の職場を辞させてまで冒険者にならせると言ったらこちらが何を言われるかは分かったものじゃない」
「あんだけ動けるくせに、冒険者になりたくないだ? 今までどこで眠ってたんだあいつは。というかダンジョンに入ってきてたってことは冒険者免許は少なくとも持ってるはずだろ。あの強さを俺が一切知らないなんてことあるのか?」
「彼は元はD級の、元冒険者だ。芽が出なかったから冒険者をとうの昔に諦めたとも語っている」
咲間は知らないが、彼が語ったことは細かいところまでも上層部まで筒抜けとなっている。急激に力をつけた者として利用価値が非常に高いと見られておりその行動の一挙手一投足はほぼ見張られているに等しい。
昨日も検査所を去った後、お抱えの斥候冒険者が後をつけていた。なにが彼の機嫌を損ねてしまう要因となるか分からないため見つからない限りはその事実が咲間に伝わることはない。
咲間が元D級冒険者だということを聞き源田含めたその場の冒険者は皆目を剥いた。自分よりも階級の低かった冒険者が自分たち全員をきれいな状態で地上へと生還させた事実と、その強さがありながらも冒険者にならないことに。
冒険者は強くなればなるほど、危険は伴うが生活が豊かになっていく。ダンジョンから得ることができる核石はある一定の強さを抜ければ指数関数的に増える。そのため高位冒険者になればなるほど収入は青天井だ。だからこそ、冒険者は人気の職業になっている。
「なぜだ? あそこまで無法な強さがあれば冒険者になって困ることなんてないはずだろう? ただ催眠を受けていた俺たちよりは少なくとも強いはずだ。何をためらうことがある」
「…聞いた話によると今働いているダンジョンに家が近いからだそうだ」
「……は?」
冒険者がその道をあきらめる大きな理由は力がないから。金と命を天秤にかけた時、どう考えても割に合わないと感じた時に大体の冒険者はあきらめる。
さらには装備や回復にかかる金は馬鹿にならない。ダンジョンに潜るための物資を揃えるためにどんどん赤字になっていくなんてよく聞く話だ。物資なんていくらあっても足りないのが普通だから冒険者始めたてであればあるほど挫折しやすい。
中にはそんなことを気にせずに命知らずにダンジョンに挑み続けるやつもいるが、大体死ぬか再起不能になる。
だから大体の冒険者はダンジョン攻略をお小遣い稼ぎくらいにしか思っていない。安全と金のどちらをも満足に得られるのは才能を持った一握りの上級冒険者のみなのが今の世界の常識なのだ。
その世界に突如として現れた特異点が咲間康太。
本人が語ったようにぽっとででありながら、明確な強者としてダンジョン発生後のこの十年を塗り替えようとしている。しかし、本人にその意思がまるでない。家が職場に近いという理由で。
「そんなバカな話があるか!!」
そう源田は吠えた。思わず拳を叩きつけた机にへこみができてしまうほどにはやり場のない怒りに燃えていた。まるで自分が今まで文字通り血を吐くほどの努力を重ねてきた足跡を踏みにじられるような気がしたのだ。
もちろん源田自身強いやつが全員冒険者になれ、それが力を持つ者の責任だ、なんてことは思っていない。それぞれにはそれぞれの考えがあることは重々承知だからだ。
しかし今回だけはその信念を曲げざるを得ない。なぜならその個人の考えがどう考えてもレベルというか志が低すぎるような気がしたからだ。
「源田、お前の気持ちは分かる。だがその気持ちのみで動いたことによる失敗が数々あったのも事実だ。とりあえずは納まれ」
過去起きた大災害『西部第一迷宮』での出来事もその失敗の一つ。
ダンジョン出現という未曽有の危機に対して、まるで徴兵のように強力な冒険者を集めたその後に大災害は起こった。そのせいで失わなくてもいいはずだった多数の強力な冒険者を失ってしまい日本の迷宮庁が及び腰になる原因ともなった。
源田のように咲間を冒険者専門にしたい気持ちはありつつもその決断ができない理由が迷宮庁にはあった。
「…じゃあ俺が話をつけてくる」
会議の最後、ようやく納まったかと思った源田は吐き捨てるように言い残してからその場を後にした。迷宮庁上層部の静止の声を耳にも入れず、源田は『15ダンジョン』で働いているという咲間の元へと向かった。
そんな話があったなんて咲間本人は全く考えることもなく、純粋に四連休を満喫していた。




