第2話 ダンジョン守りの想定外
ダンジョンの中の事なら何でも知っている。それがこの仕事に対する俺の唯一の誇れることでアイデンティティだった。ダンジョン内の裏道やバグ道を数多く発見して、全てのモンスターの出現場所と行動の規則性、倒し方のすべてを網羅している。
でも、今目の前でA級冒険者が戦っている騎士は初めて見るものだった。先ほどダンジョン内で感じた僅かな違和感がいよいよ現実味を帯びてきたことによって心臓がより早く脈打つ。
俺が両者の戦いの間に割って入るようになったおかげか一瞬の静寂が訪れA級冒険者は赤黒い騎士から距離をとるように後退する。よほど消耗しているのか肩で息をしているようだ。
「…助かりました。こんな最下層でも意外に早く来ていただけるものなんですね」
「いえ、むしろお待たせしてしまって申し訳ありません。ところであのモンスターは?」
「ダンジョン守りさんですら知らないのですか...? 私も初めて見る個体です。本来この層には別のモンスターがいるはずでは?」
ですら、ということはこの人も知らないモンスターなんだろう。ダンジョン守りとA級冒険者の両方が知らないモンスターがこの『15ダンジョン』に現れるのは異常すぎるが、正直に言えば望んでいた展開でもあった。俺がこの異常を完璧に対処できるようであれば今の職場を失わなくて済むはずだから。
確かにあまり気にしていなかったが、思い返してみれば三十層を降りたあたりから普段よりもモンスターの湧きが少ないような気がした。まぁ、だからこそ素早くこの場までこれたのでラッキーだったんだが。
「はい、この『15ダンジョン』最下層にあの騎士のようなモンスターが現れるなんてことは記憶していません。逆にお聞きして申し訳ないのですがいつからいたとかってわかったりします...?」
「いつから、というか壁を抜けるようにして唐突に現れました。当然のような歩き方で、ヌッと現れたというか」
「壁を? すり抜けて? モンスターがまるでバグ道を通っているかのような...」
のんきに話しているうちにも騎士の方はゆったりとした足取りでこちらに距離を詰めてきている。まるでこちらを品定めでもしているかのような動きに気持ちの悪さを覚えてしまう。
三年このダンジョンに関わり続けてきたが、このような事態は初めてだった。『15ダンジョン』は初心者ウェルカムな危険性の低いダンジョンだったはずだ。下層まで下りれば確かに手ごわいモンスターも多く発生するが、今みたいにA級の冒険者が押し負けるようなモンスターはこれまで現れたためしがない。少なくともマニュアル外の事が起こり始めているのは確定だった。
「…申し訳ないのですが、このままアレを野放しにしているわけにもいきません。他の冒険者さんたちに被害が出てしまってはいけないので。討伐しておきたいので手伝っていただいてもよろしいでしょうか?」
逃げる手ももちろんある。しかしそれでは事態が収束しない。アイツのせいで最悪このダンジョンが閉鎖されてしまい、俺が別の仕事場に異動してしまう可能性もある。それだけは避けなければならない、とひどく個人的な理由で冒険者さんに共闘のお願いを申し出てしまった。
「…はい、それはいいのですが。ダンジョン守りさんの方は大丈夫ですか?」
「おそ、らく。このダンジョンの事なら誰よりも詳しいので。とりあえず二手に分かれましょう。A級さんはあのモンスターを囲うようにあちらの方へ走り出してください」
「…分かりました。お互い気をつけましょう」
A級さんの心配をよそに気丈にふるまう。心配はもっともだが俺はこの最下層のフロアの仕組みももちろん隅々まで知っている。さらに言えば騎士型モンスターは数こそ多くないがこのダンジョン内に発生することもある。どのモンスターも動きは似通ったものになるためそれに当てはまりさえすれば、目の前のモンスターもそれ通りに動いてくれるはずなのだ。
俺とA級さんが走り出すと、モンスターは一瞬面食らったようだったが思った通りA級さんの方へと向かい走り出した。やはり他の騎士型モンスターと一緒だ。奴らの生態としてまずはパーティ内の一番強いと思われる者の方へと向かう。騎士の誉れか何なのかは知らないが正々堂々戦うのが好きらしい。そのため強力ではあるが動きはモンスターの中では分かりやすい方だ。
「A級さん! そのあたりで構えてください!」
「——?! 分かりました!」
ちょうど騎士を中心として俺と向かい合うような位置まで走ってもらったあたりで構えてもらう。騎士が今走っている道の直線状にトラップがあることを俺は知っている。あとは俺がトラップを作動させればいいので、足元にある突き出た小岩を踏み抜いた。
次の瞬間、騎士は上方向へと面白いくらいに飛び上がった。騎士の足元の地面が急に飛び出し打ち上げられたのだ。派手な音をたてて騎士が天井にめり込む。
予想以上に思い通りに騎士が動いてくれて少し拍子抜けしてしまった。
「今のは?!」
「後で言います! 次来ます!」
少しの間を開けて天井にめり込んだ騎士が右肩を下にして落下してくる。騎士型モンスターは例外なく右に重心が寄っているためそちらの方から落下するのは予想できた。
思った通りで、チャンス! と思い急いで落下地点の方へ走り、騎士の真下で鉄パイプを突き立てる。するとこれも面白いくらいに予想通り、ただの鉄パイプが騎士の右肩を貫通する。そして鉄パイプを手放しすぐさまA級さんのもとまで退避する。やはり騎士型モンスターにはヒット&アウェイ戦法が非常に有効だ。
「やはり他の騎士型と同じ弱点のようです」
「…どういうことですか?」
「他のダンジョンではどうかは知りませんけど、このダンジョンの騎士モンスターは右肩が弱点で面白いくらいそこの装甲が柔いんです。だからただの鉄パイプでも今回みたいな状況だと非常に有効です。…とはいっても他の冒険者さんたちはこんな回りくどい方法じゃなくて正攻法で簡単に討伐できるらしいんですけどね」
「そんな裏技のようなことが…」
「いえ、裏技というほどでもないですよ。他のダンジョンで有効かは知らないんでこのダンジョン限定です」
落ちてきた騎士はもうすでに立ち上がり、右肩に刺さった鉄パイプを抜き取り投げ捨てる。俺の大事な鉄パイプに血がべっとりついているのが非常に心残りだがそんなことも言っていられない。
弱点さえついてしまえば、モンスターは大幅に弱体化する。A級さんが苦戦していたモンスターではあったが、こうなってしまえば十分に対処可能だろう。ここから先はお任せする形となる。
「起き上がってきましたが、もう普通の騎士型よりも少し強いくらいになっているはずです。お任せしてもいいでしょうか」
「は、はい。それは大丈夫ですが...なにか他に有効打になりそうな情報とかは」
「そうですね、ああなれば理性を失いかけるんで動きがより単調なものになります。普通に戦っていただいていいと思うんですが楽なのはやはり右半身を重点的に狙うことですね」
「分かりました。では——」
そう言うが早いかA級さんと騎士の両方が一斉に駆け出す。しかし騎士の方は右肩をかばう形となるため先ほどより目に見えて機動力が落ちている。本来両手で握るはずの剣も左手で握ってしまっている。こうなれば攻撃のすべてをA級さんは見切ることができるだろう。
やはりA級さんは騎士のすべての剣戟を見切っているようで、上手に躱すか剣で打ち払っている。そのカウンターのような形でA級さんは騎士の右半身に重点的にダメージを与えていく。こうなってしまえばもうあとは時間の問題だ。
動きが洗練されているなぁとか、やっぱA級冒険者はすごいなぁ、とかどうでもいいことを考えているうちにも、もう決着はつくようでついに騎士モンスターが右膝を折った。そこで騎士の胴へのA級さんの一閃が決まる。
モンスターは力なく倒れ伏し、地面へと溶けいるようにして消滅していった。やはり、消滅方法も他のモンスターと変わりない。異常な強さと出現方法だけが気がかりだが...。
「お疲れさまでした~。いやぁご協力いただいてありがとうございます」
「いえ...ところでアレが天井に投げ飛ばされたのはどういう?」
「あ~あれはですね、この三十五層固有のトラップでして。あちらにあるあの尖った小岩を踏み抜くことであの場に踏み込んだ者を跳ね上げるものなんです。この三十五層まで訪れる冒険者はあまりいないので日の目を浴びることは少ないですが...あ、注意事項にも書いてありますよ」
「え、あぁそうなんですね。すみません、あまり見ていなくて」
「いえいえ、誰かが小岩を踏み抜かないといけない仕様上二人以上の冒険者の方たちへの注意事項となっている節もありますので。…では、自分は戻りますけど三ケ島さん...でしたよね。どうされますか?」
「私の方も今日は戻ろうと思います」
三ケ島さんと共に上へと戻る前に、騎士が落としたであろう核石を回収するためにそちらの方へと意識を向ける。普通の騎士型が落とすものよりは大きいだろうな、と考えていたがそれとは別のものが落ちていることに気が付いた。
「…剣だ」
「剣ですね」
先ほどの騎士が持っていたものだろうと思われる西洋風の剣がその場に落ちていた。あたりを見渡してもそれ以外は落ちていなく、核石すらも見当たらない。
モンスターは倒されると例外なく最低でも核石は落とすためそれがないのは訳が分からなかった。
「これしか、ないですね。三ケ島さんが討伐したことですし、持ち帰りますか?」
基本的に核石やその他の有用な素材は国が買い取る方針となっている。核石は謂わば生体エネルギーの結晶体のようなもののため発電やコンピュータ産業への市場価値が高い。質にもよるが米粒大でも五百円ほどに換金される。ほとんどの冒険者はこの核石を換金して生計を立てているのだ。また、その他の素材も武器や防具、その他さまざまな物に流用されるため換金対象物となる。
また、基本的にモンスターは装備品と一緒に消滅するが今回のように稀に身に着けていた武器や防具を落とすこともある。その場合は冒険者は任意で換金するか身に着けるかを選択することができる。
「いえ、私には今のこの剣がありますので。ダンジョン守りさんが引き取っていただいていいですよ」
「あ、そうなんですね。では一度持ち帰らさせてもらいます」
先ほど騎士が持っていた時よりも少し錆びたような色になっているのが気になってしまった。大体俺の鳩尾辺りまでの大きさなので百二十cm~百三十cmくらいの大きさか。触った感触的にはもちろん鉄っぽいので重そうで持ち帰るの大変だなとか思っていたのだが、持ってみると意外と軽い。鉄パイプと同じくらいか少し軽いくらいだ。
「あれ、意外と軽いですよこの剣。自衛用に使うのも悪くないかもしれません」
「…それならよかったです。帰り道のご案内お任せしてもよろしいでしょうか?」
「ええもちろん。ここから帰る時はまた別の早く帰れる道があるのでご案内しますね」
鉄パイプも回収し、上司への報告をどうしようかと少し憂鬱になりながら歩を進める。まぁ、いい拾い物もしたし結果オーライかな。
しかしこの時はまだ上司と本部からの鬼のような連絡にも、着実に起きている『15ダンジョン』の異変にも気が付いていないのであった。




