第16話 ダンジョン守りの冒険③
つい今しがた翼を折られて撃ち落された女神は、俺たちが少し会話している間にもう立ち上がっていた。相変わらず片翼を負傷して飛び上がれはしないようだがその眼は闘志に燃え続けていた。
「なぜ祈りを...いえ、あの子のせいか」
「チッ、俺の矢を受けてもまだ生きていやがったか。こいつら頑丈だけが取り柄だな」
弓を構えている冒険者は女神や天使について何かしらの情報を有しているらしい語り口だった。もしかすると俺が知らないだけでこいつらは別のダンジョンには現れるのかもしれない。
「もしかして、こいつらのこと知ってるんですか?」
「あ~、いやそこまで詳しいわけじゃないが。女神とか天使っつうよりかは悪魔みたいな存在だ。見た目こそ美しいがこっちを一方的に誘い出してああやって祈ることを強制させるんだ。その祈りが何に届いているかまでは知らねえが...それこそ海外のダンジョンでも俺らみたいに誘い出されて一年後廃人となって排出された奴らもいるみてぇだ」
「…悪意の塊すぎるだろ」
ゴクリ、と思わず喉が鳴る。俺たちはあの噴水広場でドリスがいたから助かったものの、もし三人だけだったならこの人たちと同じような状況になっていたのだろう。早い所こいつらを倒し切って外に出なければ。
「黙って聞いてれば私たちの事を悪く言って...そんなに神に祈るのが嫌なのかしら? それとも別の神を信奉してるなんて馬鹿なことは言わないわよね」
そう女神が苛立ちをにじませながら言葉を発した瞬間、俺たちの目の前から瞬時にその姿が消えた。
「えっ」
「…ミギ」
驚くと同時にドリスも言葉を発し、とっさの判断で俺の右側を剣で防御する。
ガキンッ、と女神の手刀と剣が交わった。手刀のように見えたその手には光り輝くオーラが纏われており、剣と打ち合ったにもかかわらず若干の火花を散らしていた。
「くっ…」
女神は攻撃を防がれたことで苦々しい顔をしつつも瞬時に俺から距離を取り、睨み続けてきた。確殺の一撃が防がれたことがよほど堪えたらしい。
「どうやらその女神はお前にご執心のようらしいな。こっちはこっちで何とかするから構わずやれ!」
弓使いさんのありがたいお言葉に甘えることにし、一旦他の天使と冒険者の事は意識の外へと追いやることにする。
隣のドリスも天使には目もくれず、女神の方を指さし続けていた。
「…ドリスちゃん、あなたあそこにいるんじゃなかったのかしら? なんでこんなところまで出張っているのかしら」
「やっぱりアンタ、ドリスの事しっているのか」
「それに、人間。あなたもなぜその子の事を使えているのかしら。実に厄介、厄介よ。まとめて死になさい」
奇襲するのはもうすでにあきらめたのか正面から猛スピードで攻撃を仕掛けてくる。先ほどまでの高貴さはどこへやら、これではダンジョン内で向かってくるモンスターたちと変わらない。
女神の攻撃一撃一撃は天使たちの重さと比にならないくらいに強力ではあるが、剣の持ち前の頑丈さと俺の体の頑丈さを合わせれば防げないほどではない。折を見てこちらも反撃はするがモンスターにはない知性の高さですんでの所で躱されるか防がれてしまう。
やはり先程の天使と同様、どうにも決定力にかけている。俺はこの剣を振るしか能がないので知性の高い相手ともなると今までのスタイルが通用しなくなってきている。
「はぁ、はぁ...」
「硬いわね。気に食わない、えぇ気に食わないわ」
「そ、そりゃお互い様だ。こっちも気に食わねぇよ」
「…あなた、私に付きなさいな」
「は?」
急に突拍子もないことを言われてしまい、素でリアクションをとってしまった。もしかして降参してあの女神にくだらないか誘われてるってこと?
「なにも驚くことじゃないわ、そのドリスちゃんとあなたがいれば私たちの信徒を増やすこともこれまで以上に楽になるし、迷宮進行も楽になるわ。あなた、もしかしなくても最近はやりのダンジョン守り、とかいうやつでしょ?」
「アンタたちが何したいのかはしらねえけど、まずなんで俺の職業を?」
「そりゃだって、そこら辺にいる冒険者? とかいう人間みたいなごちゃごちゃした装備していなくて、持っているものはそのドリスちゃんのみ。でも単なる観光客にはない迷宮慣れしているかのような足取り。それに最近は人間たちはそんなダンジョン守り、なる制度を作ったそうじゃない。なら当たってると思うのだけれど、違う?」
こいつ、ダンジョンの外の世界を知っているのか?
基本ダンジョンのモンスターたちは外の世界を感知する術はないはずだ。というか知ったところでどうこうする知性もないはずだ。それなのにこの女神はまるで外の世界を見ているかのような口ぶりをしている。
…どこまで知ってやがるコイツ。
「…違わねえ、合ってるさ。でもならなおさらその誘いに乗ると思うか? 俺はあいにくお前たちより外の世界の方が何百倍も好きでね。願わくばダンジョンなんてもんんは消えてもらいたいと思ってる」
「まぁ、残念。でも気が合うわね、人間。私も迷宮なんてものは消えてもらいたいのよ」
「——なに?」
これ以上は押し問答になるのかと思ったのか女神は急加速した。こっちの聞きたいことは山ほどあるのに、もう会話をする気はどうやらないらしい。
「ぐっ...重すぎっ!」
相変わらず重たすぎる手刀の一撃を跳ねのけはするけれど追撃はかなわない。
「…ミギアシ、ミギウデ、コシ、ヒダリカタ、クビ」
「え、何急に…?」
どうにもこうにもいかず、どうしようかと思っていると次の攻撃が来る合間にドリスが急にしゃべり始めた。今までにない長文だったので驚いたが、ここにきて久しぶりとも思える攻撃個所の指定だ。しかも連続して言ってくるってことはその通りに攻撃しろって話か。
「おっけー、どこまでできるかわかんねぇけどやってやるよ」
「さっきからどこに向かって話しているのかしら——!」
女神は先ほどまでとは打って変わり、急に目の前から消え即座に俺の前に再出現する。
まずっ、と思ったのも束の間、女神は何かに足を取られたかのように右足を前にしてずっこけるかのような体制になった。まるでバナナの皮でも踏んだかのような挙動だった。
違う、バナナの皮じゃない。さっき撃ち落された時に舞った女神自身の羽根だ。誰も落ちている羽根に見向きもしていなかったが、まさかのここでそれが効いてきた。もし仮に勝利の女神がいるのだとしたら、この瞬間は俺に微笑んでいるのだろうか。
「そこっ!」
「ギッ、ッガァアァ!」
迷わずその右足に切ってかかったが、女神の体が頑丈なのか切断するには至っておらず傷が浅い。しかし、それでも初めて俺から傷を負ったのにびっくりしたのか咄嗟に右手で足を庇おうとした。
それを見逃す俺ではない。どんだけ『15ダンジョン』でモンスターどもを討伐してきたと思っているんだ。
「次っ!」
「ぐうっ!」
続く攻撃にまさかの恐れをなしたように、今度はわずかに左足が下がり先ほどよりもやや右腰部分が見える形に。
即座に剣を左手のみで持ち、少し回り込むようにして腰を狙う。すでに及び腰となっている女神はわずかに反応が遅れ、俺の攻撃を許してしまう。しかし、利き手じゃない左手での攻撃に加え、女神の頑丈さも合わさりこれも致命傷には至っていない。だが、すでに重症を負った女神は血を流しながら俺から距離をとった。
ドリスの言う通りに攻撃を加えていくと面白いくらいコンボが決まる。もしかしてこいつは攻撃できる箇所を指定してるんじゃなくて、攻撃する箇所を引き寄せているのでは?
一瞬そんな考えもよぎるが、そんなことは後回し。まずは目の前の女神を確実に倒し切らないといけない。
「チィッ、お前たち——っ!!」
「よう、女神さん。こっちはこっちで楽しくやってるぜぇ。そっちはそっちで楽しんでくれや!」
「…うわ、すげえ」
女神に合わせ、天使たちの方を向くとすでにもう天使たちはあと数匹。遠距離攻撃ができる弓使いさんがいるのがでかいのだろう、沖田さんと斎藤さんも落ちてきている天使たちを問題なく対処していた。あの様子では天使たちが女神に加勢することなんてできないだろう。というか弓使いさんがそれを許すはずもない。
「てなわけで、残念ながら俺と一騎打ちするしかないみたいだな。もうさっき交渉決裂しちゃったからどっちかが殺されるまでやるしかないよな」
「ギッ...くそ生意気。これだから人間は」
「やっと、モンスターっぽく喋ったじゃん。やっぱ女神キャラ似合わねぇよ」
言葉を交わすのはそれまでにしておいてすぐに女神に向かって突撃する。痛手を負って真っすぐ立てていない女神なんて、普通のモンスターと変わりない。
女神に近づき剣を振り上げると、傷を負っているはずの右腕で防御しようとしてそちらを振り上げる。しかし僅かにこちらの攻撃の方が早い。
左腕でガードすればいいんじゃないかとも思ったが、左腕は傷を負った腰を抑えるため体に巻き付けるようにして患部を抑えていた。
「おらっ!」
だからこそ、反応が一瞬遅れ俺の剣の方がわずかに早く左肩に袈裟切りの形で振り下ろす。
「~~~~~~~!!!!」
女神が声にならない声をあげて絶叫する。大量の血を吹き上げたがやはり頑丈なので肩口から両断するには至らなかった。だが機動力は大幅に落ちた。あとは首を斬るだけだ。
「あ、がぁ…! はぁ...ま、待ちなさい!」
「いや、待たないね」
女神の命乞いは聞くに堪えないので、地面を這いずる女神の首を狙い一刀。もう声すら上げず、今度こそ綺麗に首を切り離すことに成功した。




