第15話 ダンジョン守りの冒険②
あまり気乗りしていない沖田さんと斎藤さんを引き連れて噴水の中心部へと進むと一瞬で世界が変わり、そこは一面真っ白なだだっ広い空間だった。天井や床、壁はタイル張りになっているので近年話題のリミナルスペースのような雰囲気を感じてしまい不気味さを覚えた。
「ここは...気持ち悪い空間ですね」
「はい…え、核石があんなに」
周囲をぐるりと見渡すとそこら中に大小さまざまな核石が転がっていた。佐藤さんは百万円以上獲得できるかもしれない、とあの時言っていたがまさかこんなことになっているとは思いもしなかっただろう。無機質で不気味な空間に金になる石が落ちているので小躍りしてしまいそうになるのをどうにか抑える。
「核石がこんなに落ちているってことは誰かがこの空間にいたモンスターを倒しまくったってことなんですかね?」
「ですかね...あれ、でもそれじゃあなんで持って帰ってないんでしょうか」
奇妙な空間に奇妙な落とし物。すでに疑問は尽きないがこの場にいてもなにも変化がないことにも違和感を感じる。この場所に誘引していたってことはなにかしらアクションがあってもいいはずなのに、のんきにおしゃべりして辺りを見回す時間もある。
「でも、何もいないですね...どうすればいいんでしょうか」
「そうですねぇ。ドリス、何かあるんじゃなかったのか?」
「…アッチ」
ドリスに確認をとると何もない壁を指さしていた。今回はご丁寧に声まで出してそっちに行けということをアピールしている。
「あっち、って言われても何もないけど。またすり抜けられるということか?」
「…その、ドリス君はなんて?」
「なんかあちらの方の壁を指さしているんですけど...今回もまともな指示はないですね。コミュニケーションは不得意なのか抽象的なことしか喋らなくて」
「そうですか。でもドリス君がそう言っているのなら進むしかないようですね。私たちすでにその子に助けられているので今回も従いましょう」
二人は素直にドリスの指示に従うことをすでに決めているようで俺が進んでいく方へと無言でついてきた。壁に近づいて見てもやはり無機質な壁に変わりはない。バグ道の類と同じということだろうか。
そのままもう一歩足を踏み出すと体がその壁をすり抜ける。本当にこっちに進むのであっていたようだ。
「——は?」
「え...」
「どういう、こと...」
視界が開けるとそこは天空闘技場のような場所で、上空には体に羽を生やした子供、いわゆる天使が飛び回っていた。そして視界の端には大勢の冒険者の格好をした人たちが正座で座っており、一心不乱に何かを祈っているようだった。
「…天使?」
「そのようにしか見えません...あとあの人たちが行方不明者ってことでしょうか?」
「おそらくは...ひとまず彼らを助けましょうか」
こちらには見向きもしない天使たちを横目に正座している人々の方へ向かう。俺たちが現れた場所には背を向けているような形だったので恐る恐る正面へと回ると、皆うつろな目で手を合わせていた。
「ひっ...皆さん! どうしたんですか?!」
異様な光景に一瞬息が詰まったが大声で彼らへと叫ぶ。しかしこちらの声に気が付いていないのか俺たちには一切見向きもしていない。
「どうしましょうか?! 戻って応援呼んできますか?!」
「いやでも、戻り方なんてわかんなくないですか?!」
俺たちはドリスに言われるままここへたどり着いてしまったため帰り道が分からない。なにかアクションを起こせば自動的に帰り道が出現するのかと思っているがどうなんだろうか。
「ドリス、どうしたらいい」
「——あら? な~んであなたたちは祈っていないのかしらぁ?」
ドリスに尋ねた途端意識の外から美しい声が。思わずびっくりしてそちらに振り向くと、美しい長髪の女神、のようなモノがいた。天使たちと同じく翼を生やしており目を疑うほどの美貌を持っている。
「な——?!」
距離を取ろう思ったがその瞬間、体がガクッと膝を着く。訳の分からないうちに跪いてしまったようで、目線を横に移すと他の二人も同じポーズをとっている。
「ここにきているのに、なんで正気を保っているのかしら」
「だれだ...」
「あら、しかも喋ることができるなんて。でも質問しているのは私よ?」
僅かにのぞかせた怒気に同調するように空気と空間が一気に重くなる。気づけば先ほどまでこちらに見向きもしていなかった天使たちも一斉に動きを止めこちらの事を凝視している。
今まで感じたことすらない天使や女神のようなモンスターからの重圧に心臓が早く脈打ち、呼吸が早まり汗が止まらなくなる。
「アンタ...モンスター?」
「はぁ? 私の事をモンスターですって…?」
沖田さんの一言に苛立ちが募ったようでまた更に俺たちにかかる重圧が重くなる。もう息も絶え絶え、という場面で隣のドリスが大きく息を吸い込むようにして体をのけぞらした。
「なにを…?」
「-------------!!!!!!」
その瞬間空気を揺らすほどの大爆音をドリスが発した。どこからそんな声が、と思うのと同時にその声によって体が弛緩し、瞬時に耳をふさぐ。
上空に浮かんでいるモンスターたちも同じくその音は耐え難かったようで耳を塞いでないないとしても、ひどく不快そうな顔をしていた。
「はぁっ、はぁっ」
ドリスの大爆音で心臓がより高鳴り、呼吸が早まる。しかし、そのおかげか先ほどまで感じていたあのモンスターが発生させた重圧が消え去った。
「い、いまのは…?」
「おそらく、ドリスが」
沖田さんと斎藤さんも同じく耳を抑えつつ立ち上がっているが、ドリスが見えていないので俺よりもさらに困惑している。
「チッ…へぇ、ドリスちゃん、今はそっちなんだ」
「?! お前、ドリスの何を?」
「——私の質問に答えていないお前たちに何を言う必要があるのかしら? 行きなさい、お前たち」
上空から冷たい目で見降ろしながら女神モンスターは天使たちをこちらに突撃させる。咄嗟に三人とも臨戦態勢を取り、武器を構えた。
「ぐっ…こいつら、重すぎだろ」
そのどれもが子供の大きさとは思えないほど重量があり、皆剣で防御をとることで精いっぱいだった。幸い天使たちは武器を持っていないので助かったが、こちらの武器に群がり明らかに奪おうとしている。
三人の中でも短剣装備の斎藤さんは受けきることは困難だと察したのか、その素早い身のこなしで何とか迫ってくる天使たちを避けている。しかし、数が数なだけにいつまでそれが維持できるかは分からない。
「ドリスっ! どうしたらいい?!」
「…ゼンブ」
「全部って何?! 適当に切ってもいいってこと?!」
「…ン」
ドリスに言われるまま、俺は天使を何とか振りほどき適当に剣を振り回して切った。すると今回は、指定箇所じゃないにもかかわらず天使に攻撃が通りその体が霧散していく。
「これなら…!」
「チィッ…本当に厄介ね。全員アレに向かいなさい!」
俺が天使の一体を屠ったのを見て女神が俺にすべて向かうように指示を出す。だが、天使たちは物量はあってもそこまで知能が高くないのかやみくもにこちらに突っ込んでくるだけだった。
素早くはあるが動きは単調。問題なく突撃を避けてその一体一体を切り捨てていく。途中からは二人も合流してくれて、俺がうち漏らしたに攻撃を与えてく。
「沖田さん! 一匹そっちに!」
「分かっています!」
「あぁもう! 数が多い!」
俺の剣で簡単に切り捨てることができるとは言え、大量の天使たちが俺たちを取り囲んでいる。一撃で一掃できるような魔法や技術があればしたいのだが、残念ながらこの場にいるのは物理攻撃型の冒険者のみ。
しかも体にまともに突撃を受けてしまえば重症では済まない怪我を負ってしまうだろう。そのせいで防御を捨てた突撃ができないでいる。
このままじゃ消耗戦になるぞ、と思っていると急に天使たちが引いていった。数は減らしたが、まだ五十体ほどいる天使たちは女神のもとまで下がっていった。
「はぁ、はぁ...なんだ?」
「忌まわしい、忌まわしい...本当に忌まわしいわそれ」
改めて女神が口を開いた。憎々しげにこちらを見ているその瞳には並々ならぬ憎悪があるように思える。ドリスの事も知っていたし、この剣の事もやはり知っているのだろうか。というか『15ダンジョン』の異変など、知らないことが多すぎるので分かるのなら教えてほしい。
「…目障りよ。帰りなさい」
突然女神が口にした瞬間、俺たちの目の前に輝くゲートのようなものが現れた。ここから帰れってことなのか。
「…あの人たちもか?」
「何を言っているのかしら。返すわけないじゃない、私たちの信徒よ?」
「…じゃあ無理だ。俺たちはあの人達を連れ戻すように言われてるからな」
実際そんなことまでは言われていないが、見逃されたからそのまま目の前の人を見殺しにできるかと言われたらそんなことはない。地上へ戻り冒険者を引き連れて再びこの場に来ることができるかと言われたら、そんな保証もない。
「咲間さん...いいんですか?」
「はい。皆さんをこのまま見殺しにするわけにはいきません」
「そう、ですか…では私たちも気張りましょう。ね、斎藤さん」
「はい、どこまでできるかはわかりませんが、やれるだけやりましょう」
なかば俺の口げんかに強引に巻き込む形になってしまった二人もまだヘタってはいないようで、女神を見据えて武器を構える。
「——うれしいねぇ、こんなとこまで助けに来てくれるなんて」
「え?」
息を整え、女神の方を三人で見据えていると意識外からの声が。それと同時に女神の翼に一本の矢が刺さった。
「…は? ギャッ」
それと同時にボンッ、とその矢が小爆発を起こし女神が地面へと墜落する。何が起こったか分からず呆気に取られているとさっきまでお祈りをしていた冒険者の一人が立ち上がった。
「あ、あなたは…?」
「いやぁ、面目ない。さっきの大声で正気に戻されたよ。俺だけしか起きれなかったみたいだが、是非戦いに加わらせていただこう。細かい話は帰ってからだな」
弓矢を持ったガタイのいい冒険者が一人、催眠から目覚めて戦いに加わってくれることとなった。




