第13話 ダンジョン守りの休日
佐藤さん、神田さんから事の顛末を事情聴取された翌日は休日だったこともあり惰眠を貪り朝の十時半に目が覚めた。学生時代はもっと昼間まで寝るなんて当たり前だった気がするが、これが年を取るということなのかどれだけ遅く寝ても午前中には目が覚めてしまう。
昨日はあの後すぐに帰宅ということになった。もしかするともっと詳しい話をするために検査所まで足を運んでもらうことになるかもしれない、と最後に言われたがあの場で語った以上の事が特にないためできれば呼ばないでほしい。遠いし。
「にしても、三十万か...」
獲得した核石を鑑定してもらうと大体三十万円前後の買取価格となるそう。今まで俺もダンジョン守りとして核石の買取を行ってきたが、見てきた買取価格は多くても五万前後。『15ダンジョン』はモンスターが弱く、あまり大きな核石を採取することができないので三十万という金額にあまり現実味が湧かなかった。上級冒険者ともなれば三十万程度は当たり前かもしれないが、しがない一般社会人には大金だった。
「いきなりボーナスかぁ、しかも即受け取れるんだもんなぁ。…役所行くか」
核石の買取金は給料みたいに月末に振り込まれるわけではなく役所に行けば受け取ることができる。まぁ冒険者みたいな月給制じゃない人がたくさんいるから当たり前と言われれば当たり前か。
「あ、そういえば、ドリスって呼んだらうちにもくんのかな」
朝一の一服中に単純に疑問に思いあの剣の名前を呟く。しかし直後に名前なんて口にしなければよかった、と後悔することになる。
サクッ、と音がして目の前の床に剣が突き刺さったのだ。
「え...は?」
「…」
それと同時に俺の真横にドリス本人が現れた。急すぎる登場に満足なリアクションが取れなかったが、目の前の光景の認識が強まっていくにつれて汗が噴き出す。
「え、あの、剣...刺さってるんですけど?!」
「…」
「いや黙ってねぇでなんとかいえよ! うわぁ、え、マジ…?」
剣に近寄って床を見ると、きれいに突き刺さっている。名前出した瞬間に地面に突き刺さって登場とかどんなトラップだよ。まじで呪いのアイテムじゃねぇかこれ。名前言っちゃいけないあの人かよ。
「え、どうしよ...敷金がぁぁぁ。いや、敷金の範囲でどうにかなんのかこれ? 訴えられるんじゃないか?」
慌てながらも急いで突き刺さっている剣を引き抜く。勇者の聖剣みたいだなぁ、とかふざけたことを一瞬思ったがそれどころではない。床にはきれいに剣の幅分だけ穴が開いている。ドリス自慢の剣の刃はきれいに床に突き刺さっていたので見方によっては穴なんてないように見えるが、それどころではない。退去の時に絶対にばれてしまう。
「…お前、まじいい加減にしてくれ。もっとこう、剣を寝かせて現れるとか昨日みたいに俺の手に収まって登場とかできたじゃん? なんで一番やってほしくない登場すんの?」
「…」
「喋ってくれよ、頼むから…俺が呼んだ手前怒るに怒り切れねぇよ」
まぁ、こいつのおかげで手に入った核石の臨時収入があるから何とか矛を収めようか…。喋んない相手に説教しても虚しくなるだけだし。
とりあえず怒っても仕方がないので顔を洗うことにする。剣は床に寝かせておこう。床の傷は...こんなトラブルにも詳しそうな佐藤さんあたりに今度聞いてみよう。まだ管理会社に話すのは怖いし。なによりあの人また近いうちにどうせ俺に電話かけてくんだろ。
顔を洗いさっぱりしてリビングに戻り、床の傷を見るとどう見ても穴が開いている。ばれないとかそういう問題じゃない。澄んだ頭で現状を受け入れ、大きなため息を一つ。そしてドリスの目の前に行き、しゃがんで目線を合わせる。フードすぎて顔わかんないけど。
「…あのさ、今度からまじで俺の手に収まる形で出てくるか地面に寝る形で出てきてくれ。頼むから」
「…ん」
「あ、返事...喋れるじゃねえか。…で、まぁ床の傷は一旦今はいいとして、俺これから出かけるけどお前どうすんの。呼んだ手前悪いけど」
別に用事があってこいつを呼び出したわけではないので扱いに困ってしまう。多分帰ってくれと言ったって独りでに帰るわけじゃなさそうだし、かといって子供くらいの背丈の子を家に一人置いておくのも気が引ける。
じゃあ、連れ出すのかと言われたら難しい。でかい剣もって街中歩いてる大人なんてやばいだろ。いまじゃ冒険者も一般的になり、街中ではそれなりに武器や装備を身に着けている人も見かけるが、片手に大剣だけ持ってる奴なんて見たことないぞ。
「お前、喋んねぇし聞いてもなぁ。まぁ、家に一人でいられても困るしこういう時のために鞘も買いに行くか...でも店までどうやって持ってくか...あ」
悩んでいても仕方ないため諦めてドリスも連れて外出することを決める。でも刀身どう隠そうか、と思い部屋を見渡すとあるものが目に留まる。
キッチンペーパーだ。一人暮らしで新聞なんて取ってるわけないし一番身近で刀身隠せるものと言ったらこれだろ。ティッシュよりも耐久性あるし。職質受けても何とか包丁で押し通せるだろ。
剣の刀身をキッチンペーパーでくるみガムテープで留める。出来上がると意外といいんじゃないかとすら思えてしまう。
「…何やってんだ朝からホントに」
二十五歳ダンジョン守り独身、剣を拾ったことで外出が難しくなる。…ほんとに悲しい。
* * *
「ありがとうございましたー!!」
電車に乗り、自宅から一番近いショッピングモールへと赴いてスポーツショップで革製の鞘を買った。最近のスポーツショップはすごいな、剣の鞘まで売ってるなんて。しかも種類も豊富だったし。てか道中通報とかされなくてホント助かった。冒険者様様だな。
「でもお前さ、幽霊みたいな感じなのに鞘の着心地とか気にすんのやめてくんね? 店員さんに変な目で見られたぞ」
最初は一番安いプラスチックの鞘でもいいかなと思ってそれを着けてみたのだが隣から「ちがう」の一言が。聞き間違いかと思い鞘をつけ外しするとそのたび隣から「ちがう」コールが。そのせいで何個も鞘をつけ外しすることになってしまい、店員からやばい客を見る目で見られてしまった。
結局ドリスの声に従うまま鞘を選んでいくと最終的に結構上等な革の鞘を買わされる羽目になった。俺こいつのせいで家計圧迫されてるんだけど。
そのままぶつくさドリスに文句を言いながら近くの市役所へと向かう。迷宮課へと向かい冒険者会員証を提示して受付を済ませる。
「咲間康太様...あれ、登録上はA級なのですがこちらは...?」
「あ、つい最近再検査を受けまして。まだA級免許は郵送待ちなんです」
「そうでしたか、申し訳ありません。ではおかけになってお待ちください」
そういえばA級免許っていつ送られてくるんだろうか。冒険者はもう志さないと決めていたのに、新しい免許が送られてくることに少しワクワクしている。しかも今回はA級、つまり高位冒険者だ。そうしないように心がけていてもすこし口がにやけてしまう。
椅子に座りSNSを見ながら時間をつぶす。俺の隣には相変わらず直立しているドリスがいるが、やっぱり他の人には見えていないらしく避けようともせずにその体をすり抜けていく。幽霊が見えるってこんな感じなのかぁ、とか思っていると意外と早くに俺の名前が呼ばれた。
「お待たせいたしました。こちら、冒険者免許とお振込みの確認用紙です。お間違えはないでしょうか?」
「はい、ありがとうございます」
振り込まれていたのは三十三万。久しぶりに口座が潤っているので脳内にドーパミンがあふれているのを感じる。今日はまだ何も食べていないので昼は豪華にしようかな~、とか考えて市役所を後にする。心なしか空がより輝いて見える。
「この金額見たら、正直床の傷なんてどうでもよく思えてきたな...逆にありがとなドリス」
「…」
「はぁ、もうちょっと喋ってくれたら何考えてんのかわかんのになぁ...」
昼飯を豪華にしようと思ったが、結局何を食べたいか思いつかなかったので馴染みの牛丼チェーンに入る。牛丼屋ではあるが、あえてハンバーグ定食を頼み今回は温泉卵とチーズもトッピングすることにする。普段なら躊躇するトッピングだが今日くらいはいいだろう。
出来上がりを待つ間、席でやはりSNSを流し見していると気になるニュースが目に入った。
「『東部第六迷宮』 攻略不可か」
確か渋谷あたりにあったダンジョンだった気がする。一回だけ当時行ったことがあるように思うが、そんな誰も攻略できないほどの難易度ではなかった気がする。
読み進めると、ここ一週間のうちに百名以上の冒険者が帰らぬ人となった、と書いてあった。迷宮庁はダンジョン完全封鎖も視野に入れているとのこと。
「へぇ、そんな凶暴なモンスターが生まれたってことなのか…?」
「…」
大変だなぁ、と他人事のように思いながら画面を見ていると視界の端でドリスが俺のスマホの画面を指さす。
「なに。え、まさか…行けってこと?」
「…」
せっかくいい気持で昼飯食べようとしているのに、気落ちするような動きをしないでほしい。
思い違いであってくれ、と願っていると無情にも俺のスマホに佐藤さんからの着信が入った。
「こんなに早く連絡着かなくていいんですよ、佐藤さん…」
俺の休日はどうやら休日ではないらしい。




