第10話 ダンジョン守りの退屈
騎士型モンスター討伐や検査を受けた怒涛の三日間を過ごした夜、ふと気持ちが沈んでいるのを感じた。俺の仕事はやはり変わらず八時になればダンジョンを開場させ、冒険者を『15ダンジョン』へと入れること。何かが変わったわけではないがなぜか心に穴が開いたような気がしている。三年間静かな暮らしをしていた俺にはたった三日間の出来事が色濃く感じられていた。
日々の仕事に忙殺されることも、上司や同期と酒を飲みに行くことがなかったせいか今まで何も感じなかった仕事がひどくつまらないものに思えてきた。
そんな咲間康太沈んだ雰囲気に呼応するように『東部第十五迷宮』はその深度を深めていく。未だ、誰にも気づかれることはなく。
* * *
翌日、相も変わらずいつものように受付業務をこなしていたお昼前、急に事務所備え付けの固定電話が鳴った。普段あまり鳴ることのない電話にビクリと体が震えた。
「はい、こちら『東部第十五迷宮』ダンジョン守りの咲間です」
「あ、神田です」
意外も意外、まさかの神田さんがこちらに電話をかけてきた。以前は佐藤さんが俺の個人携帯に電話してきたため、ここにかけてくるということは何かよほど大切なことなのだろうか。果たしてダンジョン関係か、それとも俺の検査結果についてなにか追加情報か。
「お疲れ様です。どうかされましたか?」
「はい...実は今朝から『15ダンジョン』をこちらの迷宮庁の方で遠隔調査しているのですが奇妙な測定波が観測されまして」
「はぁ...というかダンジョンの遠隔調査なんてできるんですか?」
今までそんな技術があるとは聞いたことがなかった。それができるんならダンジョン守りなんていらないだろうし。
「はい。あまり公には公表していませんが日本の迷宮庁にはダンジョン生産物で作られたそういった道具があります。それと『魔法師』を組み合わせると特定の場所や人を監視できます。でも未だに詳細な調査は実地で行うしかないのですが...それでですね、その測定波によると異様に魔素濃度が薄くなっています」
「魔素濃度が...それはいいことなんじゃ? 魔法を使用するモンスターがわかりやすく弱体化しますし」
魔法師がいるように、もちろんダンジョンには魔法を扱うモンスターも存在する。いかに危険性の低い『15ダンジョン』であろうともそういうモンスターが現れた際は要注意。あいつらは意識外の所から攻撃できるから。
「はい、本来はそうです。しかしその減り方が変なんです。まるで下の階層に魔素が向かうように一階層から順に減っています。念のため篠塚たちを向かわせておりますがもし何かあるようでしたら咲間さんにご対応いただきたく」
「それでしたら…もう入ってしまった冒険者の方たちはどうしましょうか」
「出ていただくしかありません。案内を出していただいていいでしょうか」
そう言われ俺はダンジョンにいる人たちに出てもらうように声をかけに行く。幸い今日入ったのはせいぜい四十人程度で高位冒険者もいないからそこまで深い場所には潜っていないはずだ。
ダンジョンに潜りつつ冒険者に声をかけ各階層をつないでいる道に、外に出るように促す注意書きを貼っていく。こういうもしもの時のためにアナログではあるが張り紙を用意しておいてよかった。でもやっぱりダンジョン内全域にアナウンスできるような設備があれば便利なんだけどな…。
地道に声をかけ続け、意外と早く全員に引き返させることに。まだ全員浅い階層にいたので助かった。途中からは顔見知りの冒険者の方も捜索に加わってくれた。その後地上に戻った冒険者の退場手続きを改めて窓口で行い入場者と数が同じことを確認していると、篠塚さんと森さんと河原さん、そしてさらにおなじみとなった三ケ島さんもやってきた。
「——お、もう冒険者出させたのか?」
「はい、皆さんも協力していただいて」
「へえ、随分とこのダンジョンにくる冒険者はお行儀がいいんだな」
いきなり現れた高位冒険者たちに元々いた冒険者たちは度肝を抜かれていた。確かに並の冒険者からしたらA級以上の冒険者って有名人みたいなもんだもんな。俺も元々知っていたら驚いていただろう。
「おはようございます、それで、咲間さん。中の状況は分かったりは…?」
「いえまだこの目で見ていないので何とも。すこし監視映像を見たのですが特段変わった様子はなく…」
三ケ島さんにそう聞かれたがあまりに情報がないため何も答えることができない。やはりこればかりは潜って実際見るしかない。
この場で議論をしていても仕方がないということでさっそく中へと潜っていく。途中モンスターを倒しつつもやはり慣れた道順なのですぐに十層まで到着した。
「…寒い」
以前までと明らかに違う点が一つ。絶対に寒くなっているなこのダンジョン。数日前なんとなくそう思ったのとはわけが違う。もう気のせいでは済ませられないくらい寒くなっている。
そう思っていると三ケ島さんも疑問を口にした。
「このダンジョンって、こんなにモンスター強かったでしたっけ?」
「あ、三ケ島もそう思ったか? 俺もなーんか手ごたえが違うような気がしてたんだよな」
俺は前線で戦っているわけではないので分からなかったが武闘派の三ケ島さんと篠塚さんがそう口にしたのでそうなのだろう。
なにかが起こっていることはもはや確実だった。俺も戦う準備しないと、と思っていると俺の真横にいつの間にかあの剣が刺さっていた。
「うぉ、びっくりした。こいつ急に現れるのだけやめてほしい…」
「あ、やっぱり急に現れるんですね、その剣」
「——え? やっぱりってどういうことですか?」
若干慣れた俺と三ケ島さんとは違い森さんは驚いたようで純粋な疑問を投げてきた。森さんと河原さんに軽く説明すると物珍しそうな顔で剣を覗き込んだ。あんまり見られても特別なことはないのですが…。
敵が強くなっていると言っても所詮は今までの『15ダンジョン』と比較してなので皆さほど困ったような戦いはしていなかった。倒したモンスターが落とす核石も多少は大きくなっている気がするが、しかしその程度。他のダンジョンに慣れている冒険者にはさしたる問題にはならないようだった。
その後は異常は見つからず順調にダンジョンを進んでいたのだが問題は三十四層に差し掛かったところで起こった。それはいつものようにショートカットしようとバグ道を使おうと思った時だった。
「——あだっ!」
先頭を進んでいた俺が思い切り壁にぶつかったのだ。頑丈になっていたはずの俺の体でも痛みを感じてしまう。主に勢いよくぶつけた鼻がジンジンしている。
「ど、どうしました?!」
「道間違えたか?!」
「…いえ、バグ道がなくなっています。あれ、なんでだ?」
鼻をさすりながら周囲の壁も触ってみる。しかしどこもすり抜けられる様子はなく見たまんまの壁があるのみ。なんだ、魔素濃度が下がったことによって弊害が出ているのか?
「おかしいです...いつもならここすり抜けられるはずなんですが」
「今までこういったことは?」
「ありえません。俺が知っている範囲にはなっちゃいますが元々あったものがなくなることはなかったです。これは...構造が変わっているのか?」
「じゃあ、正規ルート行くしかねえってことか」
「…はい、そうなります。申し訳ないのですが少し道を戻ります」
別にこの道でなくても三十五層に行くことは可能だが、いつもより少し時間を食ってしまう。三十四層にもなるとそこそこモンスターも強いのであまり長居したくはないが仕方ない。
一人だと少し心細いが今はA級冒険者に囲まれている状況なので不安はあまりない。ただ、ダンジョンそのものの構造が変わっているのは非常に大きい不安要素だ。気温変化に加えてバグ道消失、あの騎士型の事もある。俺がダンジョン守り業務に精を出すようになってから何か変わったとしか思えない気もしてくる。
相変わらずテキパキと道中のモンスターを倒しながら進み、いつもより大幅に時間をかけて三十五層へとたどり着く。
「——ん?」
足を踏み入れた途端、バグ道を通ったかのような感覚に襲われた。耳の奥でジジッとノイズのような音が聞こえた。
「どうした、何かあったか?」
「いえ、今何か...?」
俺以外の四人は何も感じていないらしく不思議そうにこちらを見つめている。確かに別に周囲に変わった様子はないため、ただの思い過ごしだろうか。
「…思い過ごしだったようです」
「では、少し索敵を」
森さんが目を瞑り索敵の魔法を行使し始めた。以前は騎士型のモンスターが現れたためもしもの時のために先手を打っておくようだ。森さんの魔法により剣を鑑定してもらった時のような耳鳴りがする。
しかし数秒の後目を開いた森さんは納得がいかない顔をしていた。
「モンスターの気配がありません…」
「そんなわけあるか?」
「いや、でも魔法で何も感じ取れないし…」
河原さんに突っ込まれて森さんはさらに困ってしまった。皆何かあるはずだとは身構えてていたため索敵でなにも感知されないことに異様な雰囲気を感じ取ってしまう。
目でも確認するために周囲を探索して回るが、森さんの言葉通り不思議なことにモンスターが一切いない。三十五層は最深部ではあるが『15ダンジョン』において最も狭い階層だ。だからこそモンスターがいればすぐに発見できるのだがくまなく探しても痕跡すらない。
「異常と言えば異常ですが...果たしてこれはどう報告しましょうか。モンスターが一匹もいなくなっていますなんて変な話」
「本当に魔素濃度が減っただけなのでは? …いや、でもそれだと他の階層のモンスターが若干強くなっていたり気温変化があるのはどういうことでしょうか」
「まぁ、でも最下層になにもいないってのも味気ないよなぁ。平和っちゃあ平和だが」
会話しつつもあたりを見回していると、俺はそこにあるはずのなかったものを発見してしまった。
「——階段だ」
そこには、さらに深い階層に向かうためのような下り階段が存在していた。




