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第1話 ダンジョン守りの一日

 ダンジョン守りの朝は早い。

 朝六時きっかりに目覚め、カーテンを開き日光を摂取。シャワーを浴び、歯を磨き身だしなみを整える。朝食はプロテイン一杯。朝食べてしまうと必ず日中に腹が痛くなってしまうからだ。そこから作業着に着替えて忘れ物がないか確認して家を出る。

 仕事場までは自転車で十分ほど。途中、通勤の道に一軒だけあるコンビニでペットボトルコーヒーを一本買う。そして朝七時十分には俺の職場である『東部第十五迷宮』通称、『15ダンジョン』へと到着する。


 俺の定位置はダンジョン入り口に建てられた掘っ立て小屋の中。エアコン、便所、キッチン、冷蔵庫、イスと机。さらにはベッドまで完備してある完璧な第二の住居。ダンジョン守りはその業務の都合上、ダンジョンが解放されている朝八時から夜二十時まではそこにいないといけない。そのため、細かな違いはあれど日本中全国の管理されているダンジョンにはこうした設備が備わっているらしい。


 定刻の七時半少し前、部屋に設置してあるパソコンを起動させダンジョン内に設置してある監視カメラを確認する。


「全台異常なし。魔素濃度も異常なし。——こちら東部第十五迷宮、本日異常なしのためダンジョンを開放します」


 今の時点で異常が見られなかったため、本部の方へと連絡を入れダンジョンの解放準備を整える。

 洞窟のようになっている『15ダンジョン』へと冒険者よりも一足先に足を踏み入れ異常がないか確認しつつ、第二階層手前まで足を進める。実際にこの目で確認してみても異常がないため、掘っ立て小屋まで引き返す。


 ここまでが、咲間康太(さくまこうた)二十五歳、独身のダンジョン守りの朝の日課である。家から近く非常に好条件な立地の職場に恵まれた、ただの一般社会人の生活だ。


*   *   *


「はーい、おはようございます。会員証拝見させていただきます」

「おはようございます、咲間さん。いやぁ毎度毎度朝からすみませんねぇ」

「いえいえ、これも仕事なのでお構いなく。皆さんも朝からすごいですね」


 日本中のダンジョンは朝八時から運営される。それに合わせて冒険者の人達は活動を開始する。今日みたいに運営開始と同時に受付を行うこともよくあるのだ。ここ『15ダンジョン』は立地的には都内から電車とバスを乗り継ぎ1時間半ほどの山の方にありあまり交通の便はよくない。しかし、初心者から中級者までが活動しやすい難易度に定評があり一日を通して数多くの冒険者たちが訪れる。

 かつてここは特に何もないのどかな町ではあったらしいのだがダンジョンが現れたおかげか訪れる人が増え、今では民宿やお土産屋、飲食店がダンジョンから少し離れた場所に軒を連ねている。

 この町での生活を安全に続けてもらうためにもダンジョン守りの仕事は重要になってくる。とはいえ、冒険者たちが中にいるモンスターを狩ってくれている限りはそんな危険なことが外に及ぶことはまずない。


「あれ、今日は四人ですか? 五人パーティーでしたよね?」

「いやぁ、お恥ずかしながら一人風邪をひいちゃいまして。メンバー揃わないと何か問題ありましたっけ...?」

「あぁ、そうなんですね。仲間内で合意が取れているなら何も問題ないですよ。最近風邪流行ってますもんね、お気をつけてください」


 そんな世間話をしつつ冒険者たちをダンジョンへと見送る。基本的な業務は一日を通してこれの繰り返し。人が来ればその都度対応して注意事項などを説明する。まずないが何かダンジョン内に異常が発生している場合は冒険者たちに説明して、お帰り願う。

 たまに初心者冒険者が来ればどこが安全でどこが危険かを教えつつ、少し内部までついていく。人も来ず暇なときは日報を書くかテレビを見るかネットサーフィンをして時間をつぶす。なんて楽な仕事。天職とはまさにこのことな気がする。


 しかし、ここ最近俺のこの素晴らしい仕事に事件が起きている。勤務地異動の案内が来ているのだ。

 強制ではないためまだ焦ることはないがやんわりと、別の場所の警備はどうかと上司から案内が来てしまっている。所謂ジョブローテーションというやつだろうか。この場所に来た当初の三年前、ダンジョン守りなんて危険な仕事すぐにでも別の場所に異動させてくれと思っていたが慣れてしまえば快適も快適。今は誰にもこの場所を譲らないという気持ちが非常に大きくなっている。

 一週間前上司からメールが来た時には今までのどの業務よりも心臓がはねた記憶がある。今ではそれが不安に変わり早くどうにかしなければとこのところずっと悶々とした日々を過ごしている。


「…あの、すみません」

「は、はい! ただいま!」


 憂鬱な気持ちのままパソコンに向かっていると窓口の方に誰かが来ていることに気が付かなかった。思わずびくりと肩がはねてしまい、今来た冒険者の方へと向いた。


「すみません、気付くのが遅れてしまい」

「…いえ…入場の許可をいただきたく」


 窓口には甲冑のような装備を身にまとった背の高い冒険者がいた。今まで出会ったどの冒険者にもここまでガチガチの装備に身を包んだ人はいなかったためおそらくこの『15ダンジョン』に来るのは初めての人なのだろう。顔が見えないためどんな人かがわからないのが怖いがおそらく声的に男なのか。


「はい、入場手続きですね。では会員証のご提示をお願いします」

「はい…」

「ありがとうございます。三ケ島明(みかじまあきら)さん。あ、A級の方なんですね。珍しいですね~。あまりここにはA級以上の方は来ないんですよ」

「…そうなんですか」


 う~む、返答のトーンが暗い。あまり喋りかけてほしくなかったのだろうか。申し訳ない。でもごめんなさいね、ちゃんとコミュニケーションが取れるかの確認も必要なんでね。


「はい、入場手続き完了です。貴重品や危険物の持ち込みはできませんが、お荷物の方大丈夫でしょうか?」


 見たところ手荷物は西洋風の刀剣一本のみだけれどこれも一応聞いておかなければならない。ダンジョン内は一般的な通信が取りずらいこともあり、人に危害を加えたとしてもそれを外部の人間が感知することが難しい。そのためあらゆる犯罪の温床になりやすい。だから手持ちの荷物に人に危害を加えるような危険物がないのも確認しなければならない。…まぁ、剣とか弓とか危険なものはいっぱいあるが、それも取り上げてしまうとモンスターに殺されてしまうため流石にそこは許可されているが。

 また、ダンジョンに入る際の会員証はしっかり国指定のダンジョン講習を受けたものにしか発行されない免許なので、それを持っている人は一応危険人物ではないと判断できる。

 ダンジョンが世界中に出現した十年前には、ダンジョン内部でよく人殺しが起こっていたらしい。そういった理由からもこれは管理しないとだめだということになり、ダンジョンは国管理、免許制、ダンジョン守り制度、そういった整備が急ピッチで進められた。


「持ち物はこの剣だけです。…あとは甲冑ですけど」

「でしたら、問題ないように思います。防具脱いだらまた着るのめんどくさいですしね。しかもA級冒険者ということなので、問題ないと思います。お気をつけていってらっしゃいませ」


 冒険者のランク制度にはSS、S、A~Eの七段階ありSSが最高となっている。一部例外を除きこの序列順に強さが決まっていて、そのランクを上げるためにはモンスターの討伐数や持ち帰ったダンジョンの生成物を国に治めた時の貢献度など、様々な要因が必要となる。A級以上の冒険者は面接試験も行われるため日本国内でもレアなランクになる。そのためA級以上の冒険者たちは社会からの信頼度も高い。


「A級の人が入るなら今日の業務はもう安心して過ごせそうだなぁ~」


 お昼前、約八十人ほどの冒険者たちの入場手続きを終わらせてそう独りごちる。今日は初心者であるE級冒険者は来ていないためそこまで警戒して監視を続けなくてもいいか、とどうも気を抜いてしまう。まぁ実のところこの『15ダンジョン』は数あるダンジョンでも比較的安全な方らしく、俺がここに赴任してきてから死者は出ていない。しかも今日はA級の人も入っていったわけだし、何かあればあの人が他の人を助けるだろうという気持ちでもいる。


「…いや、でもなんでA級の人にとってはあんまり収穫のないこのダンジョンにわざわざあの人は入ってきたんだ? もっと都内にあるダンジョンに行った方がよくないか…? まぁ、個人の自由か」


 少しの疑問を抱えつつお昼休みに突入する。

 

 十二時から十四時まではお昼休憩となっており、いったん窓口業務を中断する。冒険者の人達はそれをわかっているためその時間には窓口を訪ねてこない。また、中にいる冒険者も分かっているのでその時間帯は各々安全な場所で休むようにしているはずだ。


*   *   *


 軽くカップ麺を食べ、よし、と意気込んで自分もダンジョンに潜る。異動の話が出てしまった以上、俺がここにしがみつくには三年居た俺でしか対処できない問題が発生しないと簡単に別の場所に飛ばされてしまう。一端の平社員では立場が非常に弱い。ある程度異動に反対できるような何かがいるはずなのだ。だからこの一週間俺は見慣れたダンジョンに潜り続けている。率先して異常を探すために。


 会員証は十八の時に取得したため問題ない。当時自分も冒険者を目指し各地ダンジョンには通っていたが才能がなかったのか何なのか、なかなか芽が出ず今はもう冒険者で食っていくことをあきらめてしまった。ランクはD止まりなので初心者を脱している程度。

 あの時は大変だったけど、夢を持って楽しかったなぁとか思いつつダンジョン内へと足を進める。こと『15ダンジョン』に限って言えばもう三年もかかわり続けているので何がどこにあるかが手に取るようにわかる。言ってしまえば庭だからこそ、なにか異変がないかなと思ってあたりを見まわる。

 手に持つ武器はホームセンターで買った鉄パイプとサバイバルナイフのみ。服装もいつもの作業着なので全くやる気のある風貌ではないけれど、勝手知ったるこのダンジョン内ではそのくらいでいい。ダンジョン生成物で作った正式な装備は高いからね。どこにモンスターが湧きどれくらいの強さかも全て知っているからありあわせのもので対応できる。


 しかしそのくらい気軽だからこそ、午前中に受け付けた甲冑姿のA級冒険者がなぜここに来たのかにより疑問を抱いてしまう。あの装備では絶対に過剰だ。見た感じ高級そうな装備一式だったし。

 

「いやいや、あんまり個人的なことに首を突っ込もうとするのはよくないか。進もう、進もう」


 時々現れるモンスターをちぎっては投げ、ちぎっては投げ、走って第五層あたりまで到着する。このくらいの流れ作業はダンジョン守りの専売特許だろう。そのくらい俺はこのダンジョンのことに詳しい。

 このダンジョンは三十五層まであるため七分の一の深さまで潜った感じだ。普通ならば片道一時間はかかってしまう道のりだが近道や裏道、ひいては壁をすり抜けて四層までワープするバグとしか思えないような道を通って僅か十分でここまでたどり着く。一般公開されている道順だが利用する人はあまり多くない。なぜなら普通の冒険者は第五層まで着くまでに少しでもモンスターを討伐して経験値を積んでおきたいから。もっと下の階層に進む高ランク帯の冒険者なら使用する道だがこのダンジョンに来るのは初心者を少し抜けた人が多い。皆順当に経験値を積んで下層に潜りたいと思っているのだ。

 今日来た冒険者も多くがCかDランクの人達だ。そういえばあのA級の人はこの道を通ったのだろうか、とか考えながらさらに進む。


 さらに十分ほど進んだ所で少し違和感に気付く。地面が斜めになっている気がする。


「んん? こんな斜めだったっけここの床。しかもちょっと寒くないか?」


 そう、以前来た時よりも寒い気もする。

 ダンジョン内の気温が変化することは少ない。発生するモンスターの個体によってはダンジョン内に変化をもたらすものもいるが、これまでこのダンジョンではそのようなモンスターが発生した例はない。戻って報告を行うべきか、それほどの事でもないか、と嫌な汗が背中を伝った。俺の頭の中にあるこのダンジョンの知識にはないことが起きている気がする。

 そんなことを思い、踵を返し足早に上層へと足を進めていく。


「あれ、咲間さんじゃないですか。どうしたんですか、ダンジョンにいるなんて珍しいですね。何かありましたか?」

「いえいえ、ちょっとは体を動かそうかなと思ったくらいですよ」


 途中何組かの冒険者パーティーとすれ違ったが、余計な心配をさせないため曖昧に流しつつ、掘っ立てっ小屋へと到着する。

 モンスターから採取できる結晶、通称『核石(かくせき)』やその他素材などを保管箱へと入れ軽く汚れを落としてパソコンへと向かう。

 そしていざ日報へと記載して報告をしようと思ったその矢先、部屋に設置してあった警報が鳴る。


「?! なんだ?!」


 ビクッと体を震わせて監視映像や冒険者からの救難信号がないかの確認を急いで行う。操作する指が冷たくなるのを感じつつ何が起こっているのかを確認すると、とある階層が警報の発信源であることに気付く。


「——三十五層?! 最下層じゃん! え、誰?!」


 慌てて三十五層の監視映像に切り替える。しかし、そこには普段と何も変わらない映像が映し出されているだけ。どんなに目を凝らそうとも異常が見当たらない。装置の誤作動かな、と一瞬胸をなでおろしたくなるがそうはいかない。異常が起きれば必ずこの目で安全を確認するまでは問題解決にはならないのがダンジョン守り。

 急いで現場へと向かうため、上司へはチャットで簡易的に報告をする。返答を待たずに先ほどと同じようにダンジョンへと潜る。


「ほんとに何もないといいけど。てか、A級の人がいるなら安心か? 他のパーティーが最下層に行ってそれを助けている、とかだと嬉しいんだけどな」


 いらない期待を若干胸に抱きつつ先ほどよりも急いで道を行く。バグのような道も最大限活用しても人の足では一時間弱はかかってしまうような道のりだ。途中現れるモンスターにかまっていられる時間はなく、それぞれの弱点を鉄パイプで正確に殴ったり、ナイフで切ったりつつ進む。

 二十層を超えたあたりからは少しずつモンスターも強くなっているが、このダンジョンの事ならなんでもござれ、現れるゴブリンも巨大蝙蝠も巨大蜘蛛もバンバン討伐して進んでいく。素材をとっている暇もない。 

 裏道を通ることでモンスターに遭遇することは少なくなる。しかし道が狭かったり入り組んでいたりと、大人数のパーティには不人気な道順を走って通り抜けやっとの思いで三十五層にたどり着く。疲れはしたが、そんなことは言っていられない。どこで異常が起こっているのか分からないため、素早くしかし慎重に辺りを見回す。


 しばらく耳を澄ますと遠くのほうで金属音がしていることに気付く。金属音に違和感を覚えつつそちらの方へと急行すると、そこでは朝ダンジョンに入ったA級冒険者が赤黒い甲冑をに身を包んだ正体不明の騎士と戦っている光景が広がっていた。


「——大丈夫ですか?!」


 思わず声を挙げてしまう。その瞬間、しまった、そう感じたがもう遅い。俺の声に気付いた冒険者と騎士の両方が一瞬動きを止め、こちらに意識を向ける。静寂が訪れてしまい、すぐに自分の行いに後悔した。


「あ、やっべ」


 二十五歳のダンジョン守りの一日は長い。

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