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ぶどうの甘さ

 クライデ大陸は、食文化の面で後れを取っている。クライデ大陸で生まれ、そして死んでいく者たちは、まずい料理しか知らずに、生涯を終える。幸か不幸か、この世界と比較しようがないから、まずさをまずさと認識できないまま、亡くなるのかもしれない。この世界に来られるのは、選ばれた者だけだ。


 特に果物がすばらしい。甘くてジューシーで、さわやかで、しつこさはない。いくらでも食べられる。


「ちょっと待ってねー」


 今日は早苗が葡萄(ぶどう)を持ってきた。みずみずしい一房には、大きな宝石のような紫色の粒が輝いている。


 早苗は台所から皿を二つ持ってきて、紫色の粒の皮を剥く。皮を剥いたら、宝石の色が変わる。紫色の中身はキレイな黄緑色だ。一つの皿に皮を、もう一つの皿に黄緑色の粒を集めていく。


「食べていい?」

「まーだ」


 細い指が皮を丁寧に剥いていき、ぼくはその様子を見ていることしかできない。早く味わいたいのに、早苗に止められてしまった。全部を剥き終えるまでおあずけらしい。


「ぼくも手伝おうか」

「んー。そんなに手間じゃないジャマイカ?」


 あと半分か。


「どこの葡萄?」

「早苗の親戚のお友だちが果樹園をやっていてね、って前に話したっけか」

「夏にスイカをくれたところ?」

「そことはまた別だねー」


 夏芽(かが)家は顔が広い。村の長として長くやってきた実績がある。こうしてぼくがおこぼれにあずかれるぶん、悪く言うつもりは一切ない。


「あのスイカもおいしかった」

「わかるー。種までおいしい、がウリなんだってよ? ウリ科だけに」


 ぷふふ、と早苗は自分のボケに笑っている。スイカの種の話をしながら、葡萄の種をフォークで取り除いていく。


 この小さな種を植えれば、芽が出て、ツルが伸び、葉を広げ、花を咲かせて、大きな実がなる。生命とは不思議なものだ。


 ぼくが帰るときには、たくさんの種を持って行きたい。土壌や気候などの違いはあるが、試行錯誤していけば、クライデ大陸でもおいしい食材が収穫できるだろう。この世界でも、本来ならば食べずに捨ててしまう種を食べられるように改良するなど、おいしさのために努力しているのだから。成果物だけを持ち帰ろうたって、そうは問屋が卸さない、というもの。


 クライデ大陸には魔法がある。この世界との大きな違いだ。農業に魔法を取り入れており、日照時間と水分量をコントロールすることで、クライデ大陸で多くの家庭が主食としている麦は、一年中安定した収穫量を保っている。この世界でたとえるのなら、ビニールハウスが近いか。農業のノウハウを、魔法で代用できそうな部分は代用していくと、生産量の増加につながりそうだな。おいしい食べ物の流通量が増えれば、民の幸福度は上がる。統治者がもっとも優先すべき事柄は、すべての民の幸福だ。


「はい、おまちどーさま。あーんして」


 ようやくすべての作業工程を終えたようだ。早苗は一粒をスプーンにのせて、ぼくの目の前に差し出す。口を開くと、舌の上に置いてくれた。


「むぐ」

「おいし?」

「うむ」

「悟朗さんって、おいしいものを食べていると、いい顔をするよねー」


 食事中の表情を自分で見たことはない。早苗が言うのなら『いい顔』をしているのだろう。


「あーん」

「早苗は食べないのか?」

「早苗のぶんは家にたくさんあるからいいもん。これは全部悟朗さんのぶん」



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