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虫の音に惑わされる

 この世界の虫は、小さい。今のところ、人間ほどの大きさの昆虫は見かけていない。だからか、クライデ大陸にあった『虫の声が聞こえたらその場から即座に移動すること』という教訓がない。


 一匹を追い払ったら、大群でやり返されるのがあちらの世界での因果応報。何もせずに移動魔法(この世界で言うところの『テレポート』だ。思い描いた場所へ瞬時に移動できる初級の魔法。ただし、屋内へは移動できない)を使うのがセオリー。


「見て見てー!」

「見ない!」


 早苗(さなえ)はセミを素手で捕まえて平気な顔をしている。ぼくには無理だ。


 いつだったか、この世界には巣から幼虫をかっ(さら)ってしょうゆや()()()()などで味付けする料理があるのだと聞いた。ハチたちが集めた蜜だけでなく幼虫までも奪い取る発想に驚かされる。稲穂を襲うイナゴの大群も、捕まえて、甘く煮付けてしまう。この世界の人間には、食べられないものはないのかもしれない。


「えー」


 夏芽(かが)の村の周りには、多くの虫が生息している。このような環境で育っているのだから、虫を恐れてはいられない。


 この世界に来たばかりのぼくは、周りを取り囲むような虫たちの大合唱に気が休まらなかった。逃げようにも、魔法は何故だか使えない。生まれて十二年間、ぼくの生活にはいつでも魔法があった。移動魔法は、生活必需品だ。日々の生活に欠かせない魔法を封じられて、ぼくは混乱した。これもまた修行の一つなのだと思う。不便さの中、いかにして生き延びるか。


 ソーイチローに見つけてもらえて助かった。ミカドの座に最も近い者に、天は味方する。


「虫は苦手なんだと言っているだろう」

「何もしてこないのに」


 早苗がセミを解放してやると、ジジジジジ、となきながら飛んで行った。できるかぎり遠くに逃げてほしい。


「ふう……」

「悟朗さんって、今でもお義父(とう)さんに手をつないでもらっているの?」


 夜行性の虫は、夜になると活動を開始する。虫払いの魔法を使い忘れた小さな村が、虫たちの侵攻によって一夜で滅ぼされたこともあった。


 ぼくがあまりにも虫を怖がるので、ソーイチローは蚊帳を吊って、隣で寝てくれていた。このとき、途中で離れられてしまうのを恐れたぼくは、ソーイチローの手を握っている。


 ソーイチローは研究者だ。この世界で『竜の伝承』を調査している。ペンだこだらけの大きな手は、ぼくを守ってくれていた。


「いいや。虫除けの道具を開発した。いつまでもソーイチローを煩わせるわけにもいかない」


 魔法が使えない世界と判明してから、ぼくはこの世界の、()()()()()()()()を学び始めた。中学校に通っているので、基礎は教師から学べる。応用は独学だ。


 移動魔法のあるクライデ大陸に、車はない。各々が自由に動き回れるのだから、移動手段は移動魔法さえあればいい。だから、虫払いの魔法に代わり、虫除けの道具を作った。この部屋には蚊も入ってこない。ヤツらは生き血を啜る生物の敵。


「そうなんだあ。早苗がいっしょに寝てあげてもよかったのになー?」


 これだけの深い仲ではあるが、早苗のご両親は泊まりを認めていない。虫とは別の意味で落ち着けないから、ぼくにとってはいいことなのだけど。


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