花火大会に行こう、夜空に咲く大輪の華
早苗はスキップしながら、花火大会の会場に向かう。去年と同じく、特等席がふたつ用意されているらしい。夏芽の村の、村長の姪だから。
同じ目的で会場に向かっている人たちは、混雑の中で花火を見るのだろう。会場の熱気に包まれつつ、美しいものを見る。特等席から眺める花火は、他とは違う優越感はあった。だが、人々に囲まれながら、同じ物を見て感動を分かち合う経験もしてみたいものだ。花火はふたりだけのものではなく、みんなのもの。
「なあ、早苗」
「なーに?」
「今年は、一般席から花火を見てみないか?」
ぼくの提案に、早苗の歩みは止まる。何度も結び直しをさせられた髪が、生ぬるい風で揺れた。
女の子の髪を結ぶのは、難しい。ぼくは手先が器用なほうだが、早苗が納得するまで時間がかかった。今の状態も、早苗としては満点ではないらしい。満点になるまで試行錯誤していたら花火が打ち上がってしまうので、九〇点で勘弁していただいた。
「んー。今から行っても、座れるところはないと思う。みんな席取りしてるし」
「立ったままでも花火は見られるだろう。ぼくは、花火を普通に見てみたいんだ」
「ふーん……」
早苗はぼくの右肩に寄りかかって「いいけど、終わったら悟朗さんがおんぶして運んでね? 早苗の家まで」と甘えてくる。まあ、別に、そのぐらいは大したことではない。家に着くまで、早苗と密着できて嬉しい。できるだけ長くくっついていたいと、早苗も思っていてくれたらいいな。
「ああ。いいよ」
「よっし。じゃあ、花火が始まるまで、屋台巡りしよー!」
おー! と拳を突き上げる早苗。去年は、焼きそばやイカ焼きなどがすでに用意されていた。飲み物も炭酸からラムネやオレンジジュースまでなんでも並んでいて、早苗が冗談でビールを飲もうとし、花火大会の運営委員会の会長にやんわりと止められていた。
どれも、周りの大人たちが「早苗ちゃんたちに」と準備してくれていたものだ。ぼくはご厚意に甘えて、完食している。開けていない飲み物は持ち帰った。
「屋台か。いいな」
露店が道を挟んで左右に並んでいる。人々で賑わっているが、ショッピングモールとはまた違った雰囲気だ。提灯の灯りが、おいでおいでと誘ってくる。
「おやおや。悟朗さんの故郷に、屋台はあるのかい?」
「屋台、のようなものが、市場の近くにあったな。母上の買い物に付き合い、バターチェリーの串を買っていただいていた」
「ほほう。なんだか美味しそうなお名前」
「この世界で言うところの……そうだな……リンゴのようなフルーツを、角切りにして、串に刺したものだ」
バターチェリーはこの世界にない。植物図鑑に載っていなかった。クライデ大陸に帰らなければ、あの味は味わえない。独特の、まとわりつくようなこってりとした甘さ。しゃりしゃりしているのに、とろりとした食感。
ひょっとすると、この世界には美味しいものが多すぎるぶん、ぼくの舌も肥えてしまっていて、昔のようにバターチェリーを『美味しい』とは感じられないかもしれないな。この世界に来てから一年とちょっと。だいぶ味の記憶が上書きされている。クライデ大陸に様々な料理はあれど、この世界に持ち込んで、この世界の人々に『美味しい』と評価していただけるような料理が、……思い当たらない。
「リンゴなら、そうねー。リンゴアメなんてどーお?」
「リンゴ……あの大きなリンゴを、アメに?」
「のんのん。かわいいサイズのリンゴちゃんがあるの。説明するより、見たほうが早いね。行こ行こ!」
早苗はぼくの手首をつかんで、引っ張った。その手を、ぼくは逆の手で握る。やわらかであたたかく、小さな手。
「うん。行こう」
一瞬の戸惑いはあったが、一瞬だけ。早苗は、ニコッと微笑んで、ぼくと手をつないでくれた。




