もうちょっと、先の話
中学校は来週に合唱コンクールがある。ぼくのクラスは、まあまあ、……金賞は狙えなくとも、最下位にはならないだろう。合唱コンクールは、体育館で行われ、外部の人たちは入れないので、卒業生であっても早苗には聴かせられない。去年よりもやる気が出ないのは、聴衆に早苗がいないからだろう。去年の早苗は三年生だったから、一年生にして人生初の合唱コンクールのぼくは、張り切っていた。今年は朝の練習も放課後の練習もない。
「悟朗さんって、ヒゲは生えてくるんだねー? 腕はつるすべなのに」
早苗はぼくのあごを凝視している。ドラゴンのヒゲに『純度の高い魔力が含まれている』として、市場では高値で取引されているらしいが、クライデ大陸のドラゴンはみんな王族だ。王族のヒゲを引き抜いて売り払うような不届き者はいない。要は、市場に出回っている『ドラゴンのヒゲ』は、モンスターの一部を『ヒゲ』に見立てているだけだ。
「もう生えてきたのか」
「立派なおヒゲにしちゃう?」
「あったほうがいいのなら、残しておく」
やがて秋が過ぎて、冬になって、季節は巡り、三年目の春が訪れる。ぼくはまだ、クライデ大陸には帰れない。もしかしたら、父上も母上も、お姉様たちも、ぼくのことを忘れてしまっているかもしれない。忘れられていたら、寂しいな。
「んー。悟朗さんの顔には、似合わないかも」
「なら、剃る」
こうしてぼくが元気に暮らしていることだけでも、どうにか向こうに伝えられたらいいのに。言葉だけでも、あの世界に飛ばせたら。
「早苗が剃ってあげようか?」
「いや、いい」
ぼくは今、異世界転移装置の開発を考えている。この世界の人間が、地球から宇宙に飛び立つように、ぼくはクライデ大陸への航行を目指したい。魔法がなくとも、やり遂げる。ぼくにしかできないことを、どんなに時間をかけてでも、挑戦していかねばならない。
「なんでー?」
「ぼく以外で練習してからにしよう」
「早苗は器用だよ。うっかり悟朗さんの顔を傷つけちゃうなんてことはありませーん」
「本当に?」
「前からやってみたかったんだよねー」
「……やめておこう」
「えー」
いずれぼくはミカドになる。これだけは、変わらない。今すぐではなく、ちょっとだけ先の未来になるだけだ。
【終】




