驚天動地のおばけ屋敷
お祭り騒ぎの中にいると、この銀髪は目立たないようだ。クラスの出し物に関係しているのか、派手な衣装の在校生ともすれ違う。校内のさまざまな掲示物をじっくりと見たいが、おばけ屋敷が先だ。わざわざついてきてもらっている羽黒さんを、業務外で拘束してしまうのもよくない。
「学生時代を思い出します」
「どこの文化祭も、こんな感じですか?」
「そうですね。神佑はおとなしいぐらいです」
この騒がしさで『おとなしい』のか。他の学校にも、行ってみたいな。
「へえ……」
「自分の学校は、廊下を自転車で走っている生徒がいましたねえ。やんちゃ盛りでした。なつかしい」
この、廊下を、自転車で? ……いや、まあ、中学の廊下よりは広い上に、教室の数も多い。とはいえ。
「それは『荒れている』のでは?」
「やっていたのは自分ではないですよ」
「羽黒さんのことを疑ったわけではないです」
羽黒さんはぼくのことを『面白い』と評したが、羽黒さんも『面白い』人だと思った。もっと話がしたいが、早苗のクラスが見えている。
「では、自分はここで」
「早苗にあいさつしなくていいんですか?」
「はい。今後、お嬢に『教室まで送って』と頼まれたら面倒ですからね。自分はあくまで、送迎担当なもので」
早苗のことだ。羽黒さんの想像通りのことが起こってしまう可能性はある。今回は、特別だ。
「ありがとうございました」
「いえいえ。自分も、校内を見られて楽しかったですよ。……では、ごゆっくり」
羽黒さんの背中を見送って、一年B組。早苗は、すぐに見つかった。教室の入り口で、ぼくの到着を待っている。
「早苗!」
とんがり帽子と紫色のローブ。本人曰く、悪い魔法使いをイメージした格好らしい。全員が魔法を使えるクライデ大陸に、これほどまでわかりやすい『魔法使い』はいないが、この世界の『魔法使い』のパブリックイメージはこうなのだろう。
「悟朗さん! 遅いじゃないのー。迷子になっちゃってた?」
同じような姿の女の子たちと話していたが、ぼくが名前を呼ぶと、すぐに気がついた。話し相手は、早苗との会話にたまに登場する仲良しの同級生たちだろう。ぼくの姿を遠巻きに眺めている。
「高校に来るのが初めてだから、いろいろと目移りしてしまってな」
羽黒さんのことは言わないでおこう。このぐらいは隠し事にあたらないはずだ。行き帰りの車内で羽黒さんのほうから、ぼくに同行したとは言わず、文化祭を見て回ったと話すやもしれない。
「早苗よりかわいい子を探してたの?」
「そんな子はいないが……」
「悟朗さんは早苗がいちばんだものねー。よしよし」
仲良しの同級生のうちの一人が、ヒュー、と口笛を吹いた。からかわれるのも久しぶりだ。ぼくが中学に入りたてだった頃は周りから茶化されていたが、自然となくなっていった。早苗のスキンシップの頻度が多すぎて呆れられた、ともいう。
「ここがおばけ屋敷の入り口か」
「おっ。さっそく行っちゃいますか?」
教室の引き戸を開けようとするぼくに、早苗は手持ちのライトを渡そうとする。……ん?
「早苗も行くのでは?」
「悟朗さん、一人じゃ怖いの?」
おばけ屋敷は怖い場所。羽黒さんとのやりとりを、ぼくは思い出す。これもまた修行のひとつだ。
「怖くないさ」
ぼくは早苗からライトを受け取った。一人でも行ける。ドラゴンのいる異世界から、ぼくはこの世界に一人で来たのだから。子どもが作ったおばけ屋敷程度にはひるまない。
「じゃあ、早苗は出口で待ってるね?」
「ああ」
「悪い魔法使いは、人の心を試すらしいよ?」
「?」
気になるセリフだ。ぼくの知る『魔法使い』とは、また違うのか?
「一名様、入るよー!」
早苗が引き戸を開けて、教室内に呼びかける。戸を開けてすぐに、黒いカーテンがかかっていた。外からは教室内が見えないようになっているのか。明かりを防ぐ役割もありそうだ。
「冷えるな」
ぼくはカーテンのすき間から教室に入った。この時期に冷房がついているようで、薄手の長そでだと、肌寒さがある。こうなるなら上着を持ってくればよかった。
入り口で貸し出されたライトを点灯させると、パーティションに貼られた『コッチ』の文字と、矢印が読める。文字は赤い。血文字のように、端っこが垂れている。こういう細かなところで、不気味さを演出しているらしい。
「オイデ……オイデ……」
か細い声が聞こえる。これは事前に録音したものを再生しているのか、それとも、裏側に人がいるのか。
無視して通り過ぎると、背後でバタン! と机が倒される音がした。その後、ガタガタ、と引き戸を開ける音も。廊下の光が、おばけ屋敷を一瞬だけ明るくした。
身体がびくりと反応する。急に大きな音を出されたら、誰だってびっくりするだろう。怖がっているのではない。ジャンプスケアだ。
「貴方の名前を、教えて?」
道行く先の壁に貼り付けられた鏡から、名前を訊ねられる。さて、どうしたものか。
「ふむ」
この世界の『呪い』において、名前には重大な意味がある。と、本で学んだ。クライデ大陸だと簡単に魔法で名前を割り出せてしまうから、こちらの『呪い』ほど、強力なものではない。まあ、今はこの世界のルールに従って、秘匿すべきだ。このような場でうっかり教えてはならない。
「ふむ、さん?」
ふむさんではない。かといって、本当の名前であるアザゼルは、ソーイチローや早苗以外には喋れない。桐生悟朗は桐生家の五男としての名前だ。偽名である。基本的には桐生悟朗を名乗っているので、ここでも悟朗でいいか。
「悟朗だ」
「悟朗さん。この手を、握って」
鏡の下から、手が出てくる。きっと、このクラスの誰かだ。これは素直に乗っかってあげるべきか。出口への道は、閉ざされている。手を握り返してやると、ドライアイスで発生させている白いもやが、足元を包み込んだ。
「あはーははっはっはっはは! ひっかかったナー!」
「!?」
だから急に大きな音を出すな。手を強く引っ張られたことよりも、いきなり笑われたことで、心臓が口から出てしまいそうになった。手を離すと、声はやんだ。手のひらに白粉が残る。
「……はあ」
次で仕掛けは終わりだろうか。終わってほしい。どっと疲れた。早苗といっしょに、校内をあちこちと見たかったのだが、もう帰りたい。おばけ屋敷がこれほど体力を持って行かれるものだとは思わなかった。これもまたいい経験としよう。
『振り向くな』
狭い道の両側の壁に、この『振り向くな』のポスターが無秩序に貼られている。出口からは、廊下の光が少しだけ差し込んでいた。これが最後の仕掛けか。ポスターの指示に従って、振り向かずに進もう。
「悟朗さんっ!」
後ろから早苗の声がした。本物の早苗は、出口でぼくを待っている。この声は早苗に似ているが、早苗ではない。
「ねーねー」
早苗ではない。とてもよく似ているが、違う。声マネが得意なクラスメイトがいるのだろう。こういう特技は、大事にすべきだ。
「なんで無視するのー?」
「……」
「悟朗さーん」
「……」
なんでと言われても、ぼくはその場のルールを守る。呼びかけられると、耳がむずかゆい。止まってしまいたくなる。
「早苗ね、志郎くんと結婚することにしたの」
「なんで!?」
あまりにも衝撃的な発言をされてしまったので、ぼくは振り向いた。ルールを破ってしまえるほどだ。
志郎。桐生家の四男、あの、志郎と、早苗がなんて。ぼくは認めない。
「あれま」
かわいい顔の部分に呪符を貼り付けた早苗が、ついてきていた。こういうモンスターを、キョンシーと言うのだっけ。
「振り向くな、って書いてあるでしょー?」
「だって、早苗が」
早苗がぼくを責める。ぼくは言い訳にまごついた。
「他の人に盗られちゃうのが、怖いかー。そうかそうか」
出口で待っている、と言っていたのに。ウソつきめ。




