揺らぐコスモス
桐生家の庭の一角に、花壇がある。母上の趣味で、秋はコスモスが植えられているのだが、今週の頭から次々と花開き、満開となった。
コスモスの花は、菊の派手さやヒガンバナの刺々しさがなく、目に優しい。まるで母上そのものだ。慈しみの愛。母上は、実子ではないぼくに対しても優しく接してくれる。
「悟朗くんは、お花、好き?」
「夏芽の村に来てから、好きになりました」
クライデ大陸に花を愛でる文化はない。花を置くなど、自殺行為に等しい。虫が寄ってきてしまうではないか。
ぼくが異世界から修行に来ていることはナイショなので、こういう返答になってしまう。間違ってはいない。
「そう……よかった」
穏やかに微笑む母上を見ていて、早苗の母上の言葉を思い出した。ぼくがこの母上を邪険に扱うなど、あってはならないことだ。
「父上とは、どちらで知り合ったのですか?」
早苗はまだ到着せず、四男の志郎は朝早くから「部活動の朝練があって」と言って出かけている。ぼくは花壇の前に座って、母上と交流することにした。
まずはソーイチローとのなれそめから聞こう。ソーイチローはフィールドワークに忙しく、ろくに帰ってこないのが不仲の原因。できれば、仲を取り持ちたい。元は『おしどり夫婦』だったというから、出会いの話は、話題として悪くはないだろう。
「総一郎さんも、この村の生まれよ。小さな頃から『竜の伝承』に興味を持っていてね。だから、わたしたちに近付いてきたのだと思う」
コスモスたちにじょうろで水をあげつつ、母上は語り始めた。昔を思い出しながら、淡々と。
「わたし『たち』というと?」
「朋美姉さんと、わたし。夏芽朋美と、清美」
「……夏芽って」
「朋美姉さんは、外から正宗さんを連れてきた。朋美姉さんは夏芽のまま」
つまり、母上から見た早苗は、姉の娘――姪っ子にあたる。早苗は『村長の姪』だから、夏芽の村の村長は母上の兄か。
「この村の『竜の伝承』について、母上はお詳しいのですか?」
「悟朗くんも、気になる?」
「はい。先日、一哉さんのお部屋からお借りした本に、三つ首のドラゴンが描かれていたのもあって、より、気になっています」
「総一郎さんと、気が合うわけだ」
じょうろの水がなくなった。コスモスの根元が、しっとりと、チョコレートのような色に変わっている。
「……実は、ぼくがこの村に迷い込む前にいた場所にも、ドラゴンの伝説がありまして」
ここまでなら話してもいいだろう。伝説ではなく、ぼく自身もそうだが、母上にまでドラゴンの姿を見せる気はない。早苗との秘密だ。
「わたしはもう夏芽家の人間ではないから、これ以上は話せないわ。桐生家になる前に、総一郎さんにも言ったの。あなたは夏芽家の人間ではないので、教えられない、と」
「あの扉の向こうに、夏芽家の人間しか知らない財宝があるのですか?」
財宝、と聞いて、母上の動きが止まった。表情が固い。
「誰から聞いたの?」
「早苗の母上です」
要は、朋美姉さんだ。ああ、と母上は薄く笑った。
「わたしは、関わりたくないから、夏芽家を出ることにした。朋美姉さんは、全部自分のものにしたいのかもね。姉さんは昔から、欲張りさんだったから……」
いったい何があるのかは、ぼくは夏芽家の人間ではないから、教えてもらえないのだろう。……早苗は、どこまで知っているのだろうか。
扉の、向こう側。財宝。伝承。竜神様。――ビメに酷似した、ドラゴンのイラスト。
「まさか、な」
ぼくは考え得る限り最悪の妄想をしてから、すぐに振り払った。
いくら魔法が使えないからとはいえ、ドラゴンの体長は二〇メートルほどで人間より大きい。力が強く、暴れられたら対処できないだろう。大昔のこの地にやってきたビメが、夏芽家が率いる当時の民に負けて、洞窟の奥深くに押し込められた、なんてことは、ないと思う。




