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夜長の読書

 ぼくは今、桐生(きりゅう)家の長男・一哉(かずや)の部屋から二冊の本をお借りしている。早苗(さなえ)の助言を受け、ぼくは(この世界での)母上にお伺いを立てて、許可をいただいた。


 興味があるのは本棚だけで、他の場所を漁るつもりは毛頭(もうとう)ない。母上に「タンスや机の引き出しは開けないであげてね」と注意されるまで、考えとして浮かんですらいなかった。ぼくだって(形式上は)家族とはいえ、ぼくの部屋に無断で入られたら怒る。見られて困ってしまうようなものは置いていないが、それでもだ。母上なら、仕方ないか、とは思えるが、早苗が相手だったら「止めないから、先に言ってからにしてくれないか」と文句を言うだろう。心を許している相手でも、プライベートは大事だ。


「むずかしそー」

「そうでもないぞ。教科書より専門的な知識が詳しく書いてあって、興味深い」


 後ろからのぞきこむ早苗は難しく感じたようだが、このぐらいの内容なら高校で習っていそうだ。一冊目は、この世界にある機械類が動く仕組みを学べる本。身近な自動車から、売店に置かれているレジ、ハンディスキャナー、家にある冷蔵庫やら洗濯機やらまで、様々な機械類の構造が解説されている。クライデ大陸にあるもので代用できれば、同じような機械が作れそうだ。


 これまでのクライデ大陸は魔法に()()していた。誰しもが魔法を使える世界だから、魔法のないこの世界のような技術は発展していない。どちらの文明が発達しているかといえば、この世界の圧勝だろう。知識を身につけて持ち帰るだけでも修行の意義はある。


「悟朗さんは、発明家になりたいのね?」


 ぼくが熱心に読んでいるからか、早苗は変な誤解をした。早苗がこのぼくの部屋を訪れているのに、かまってあげなかったのが原因か。


「ぼくがなりたいのはミカドだが……」

「こっちの本は、っと」


 早苗はもう一冊の本の表紙を見て「ああ、これね」とつぶやいた。こちらは早苗の知っている本らしい。


「早苗の母上から、この夏芽(かが)の村の話をちらっと聞いてな」


 夏芽の村の歴史が書き残されている本だ。これを読めば、あの洞窟(どうくつ)にまつわる『竜の伝承』も知れるのではないか。夏芽家の墓参りの時の、早苗の母上の話も気になった。早苗が次の村長候補らしいな。


 クライデ大陸の王族は、男性しかドラゴンの姿になれない。いや、これは逆か。王族は、クライデ大陸を統一したドラゴンの血を継いでいるため、本来はドラゴンの姿だ。だが、女性は人間の姿にしかなれず、例外はない。ドラゴンになれないぼくのお姉様たちには、ミカドの座に就く権利がなく、ぼくの父上と母上は、男児が生まれるのを待ち望んだ。


 だからこそ、ぼくはミカドにならねばならない。家族の期待に応えて、クライデ大陸に戻る。


「気になっているのなら、早苗が教えてあげよっか?」


 この世界では、女性でも村の長になれるというのは、ぼくにとって新鮮だ。早苗は人望が厚いから、村長にぴったりだろう。


「ぜひ」

「今日は早苗が先生だね。いつもは悟朗さんが教えてくれることが多いし、はりきっちゃうぞ」


 早苗は表紙をめくる。一ページ目に、さっそくドラゴンのイラストがあった。流行りのデフォルメされた『キャワイイドラゴン』ではない。


「これは」

「どうしたの?」

「いや、そんなはずは……」


 本の発行年を見る。ここ一、二年で発行されたものではなかった。だとしても、おかしい。


「なになに? 先生に言ってみ?」

「ぼくの親戚に似ている」

「竜神様が?」


 ぼくの父上の父、ぼくから見た祖父の弟の子の、子どもだから、はとこかな。自信がないので、親戚と言っておこう。


「他にこのドラゴンが描かれているページは?」

「挿絵は入ってないなー」

「このイラストだけだと、確定はできないが、似ている」


 ビメ。この三つの首は、ビメではないか?


「その子も修行で?」

「ああ。ただ、彼はぼくより年下だから、……いや、そうか。関係ないか」


 十二歳の春――学校の卒業と同時に、修行に出されるが、修行先は()()()()だ。ぼくがこの時代の夏芽の村に来られたのは単に運がよかっただけであり、彼がぼくよりも前にこの夏芽の村に到着していたとしてもおかしくない。


「竜神様が、クライデ大陸のドラゴンかー」

「この竜神様は、どこに?」

「どこって、あー……」


 早苗は困ったように笑っている。本に視線を落とせば、この竜神様がいらっしゃったのは夏芽の村が村として成立した年、とある。すでに『いない』可能性のほうが高いか。どこ、と聞くのはおかしな質問だった。まだ『生きている』ことを前提にしてしまっている。


「すまん。知り合いなだけにな」

「まあまあ、そうだよね。村の人たちにとっての竜神様だから、早苗もびっくりしちゃった」

「彼が、洞窟で祀られているのか?」


 ぼくの問いかけに、早苗は少しだけ目をそらした。なんとなく、次の言葉を察してしまう。このぼくには、言いにくいのだろう。


「……うん、まあ、そんな感じ。だから、洞窟の奥の扉は、異世界とつながっていない、と思うの」


 それでも早苗は言ってくれた。ぼくの帰還への一縷の望みを砕くものではあったが、同時に、早苗が話してこなかった村の話を聞けたことによる安堵の気持ちもあった。聞かなければ、知れなかっただろう。隠し通されるよりもマシだ。


「ありがとう」

「へ?」

「ソーイチローにも伝えなきゃな。まだ夏芽の村の『竜の伝承』を調べているかもしれないから。また別の手段を考えないと」

「悟朗さん……」


 早苗はぼくを心配そうに見つめている。ぼくはあえて言葉にして、早苗を安心させよう。


「ぼくは落ち込んでいないよ。このぐらいで諦めない」


 彼のぶんは、ぼくが背負う。ぼくは生き残り、帰るために、次を考えなければならない。


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