ヒガンバナの咲く丘
夏芽家の墓は、夏芽の村の小高い丘の上にあった。歴代のミカドたちが眠る墓は、城内にあって、民の出入りを禁じている。移動魔法を弾くような結界が張り巡らされており、ぼくでさえも、よほど血縁の近しい間柄の王族の葬儀でないと入れない。
道中を、眼を突くような刺々しい赤さの花が彩っていた。この花は、ヒガンバナというらしい。
「坊や、気になるかい?」
ぼくが立ち止まり、花をじいっと見ていると、早苗の母上はわざわざ下に戻ってきてくれた。早苗の母上は、ぼくを『坊や』と呼ぶ。悪い気はしない。もしこの世界に居座るのであれば、この方はぼくの義理の母――ということになるのだろう。
「ぼくの故郷には、咲いていない花でして」
早苗と同じ黒髪を、母上は結い上げている。ほっそりとした首筋と薄紅色の唇が、早苗のような『少女』にはない大人の色気を放っていて、ぼくは直視できない。
「へーえ。あたしらにとっちゃ、生まれたときからあるもんだから、珍しいもんでもないや。……坊やは、桐生の風来坊が拾ってきたんだっけか」
香水だろうか。早苗の母上からは、どこか懐かしさのある甘い香りがする。なぜか、クライデ大陸でこの甘い香りを嗅いだことがある、ような気がするのだが、思い出せない。花の香りとあいまって、ぼくの心はかき乱される。
「父上って、風来坊扱いなんですね」
早苗の母上とはなるべく目を合わせないように、その胸の膨らみよりも下の、ちょうどへそが隠れているあたりを見ながら喋ってしまう。真っ白な装束によって隠されているへそ。ぼくや早苗と同じ道を歩いていたにもかかわらず、履き物は一切汚れていなかった。歩き方にコツがあるのかもしれない。
「ここらの『竜の伝承』に飽き足らず、東に西にと飛び回っていやがる。清美をちぃとはねぎらってやったらいいのによお」
清美は、ぼくの(この世界の)母上の名前だ。ソーイチローは、かつて母上とは『おしどり夫婦と呼ばれていた』と豪語していたが、他人の目にはそうは映っていなかったか。
「ぼくも、そう思います。手間のかかる子どもが一人増えてしまっておりますから、いずれ恩返しができればと」
「いい心がけだ。坊や。母を大事にしろよ」
早苗の母上から『母を大事にしろ』と命ぜられるのは、いささか奇妙ではある。この口ぶりからすると、母上と早苗の母上の間にも、長年の交流と積み重ねてきた信頼感がありそうだ。
「早苗の小さな頃って、どんな子でした?」
早苗から「ご先祖さまの墓参りに行く日なんだー。ついてくる?」と誘ってきたので、夏芽家の一員ではないぼくは、早苗と早苗の母上が横に並んで歩いて行くその背中を追いかけるようにして着いてきた。持ってきたタオルで、早苗は墓を念入りに拭いている。ぼくと早苗の母上が話し込んでいるのには気付いていない様子だ。
「夏芽家の次の当主になるべくして、熱心に年寄りたちの話を聞いているような子、だったかな」
「へえ」
唯一の欠点として、早苗は勉強ができない。昨年度はその成績不振っぷりから、神佑高校の合格を危ぶまれていた。とはいえ、人の話を聞いたり、自らの意見を主張したりする、コミュニケーション能力には長けている。小さな頃から大人たちの輪に混ざっていたからか。
「縁起でもないことを言うが、村長が倒れたら、次の村長として推されるのは早苗だろうよ」
「早苗はまだ高校一年生ですが」
ぼくは、早苗の母上ならばわかりきっている事柄を話してしまう。早苗のご両親ではなく、早苗自身が?
「年齢は関係ないさ。夏芽の村の《《財宝》》を受け継ぐのは、早苗に違いない。あたしらにはなーんも言ってくれないが、年寄り連中はもう決めているだろうよ。早苗しかおらん、とな」
「夏芽の村の、財宝?」
何にも聞いていない。早苗はぼくのクライデ大陸に関する話を「うんうん、それでそれで?」と興味津々で聞いてくれる。逆に、早苗から夏芽の村についての説明を聞いた覚えは、ない。ぼくはこの夏芽の村のことを知らなすぎる。
「坊やが気になるのなら、早苗から直接聞くといいよ。この夏芽の村の『竜の伝承』の、話ね」
早苗の母上は帯のすき間からキセルを取り出して、しゃがんで準備し始めた。しゃがまれると顔と胸が視界に入り込むので、ぼくは母上に背を向ける。ところでここって吸っていいのか? ……花が咲いているのにか?
「ぼくは、何も聞いていません」
「世の中、知らなくてもいいことだってたくさんあるからねー」
と言われると、気になってしまうのがぼくだ。早苗はきちんと答えてくれる……のか? 早苗から話してこないのは、ぼくにとって、何か不都合な点があるのだろうか。だとすれば、無理に聞かないほうがいいのか?
「……そうですか」
ふと、ソーイチローが帰ってきたあの日の一幕を思い出す。あのときの早苗の挙動には、不審な点があった。洞窟に行こうとしたぼくとソーイチローに、拒否した早苗。あれは、いったい。




