運動会の歓声
今日は運動会だ。ぼくは早苗の通っている神佑高校の運動会を見に行けなかったが、早苗はこちらの学校の運動会を見に来る。卒業生として。
「ぼくと早苗はもはや家族のようなものなのだから、どうにかして早苗の活躍を見に行けないものか」
先生方へのあいさつ巡りを終えて、早苗はぼくにお弁当を渡しに来た。ずっしりと重たい包みには、ぼくの好きなものが詰まっている。
周りの同級生はぼくと早苗の仲を知っているので、遠巻きに見るばかりだ。注意してくる者はいない。茶化したりからかったりしてくる者は、たまにいる。ぼくと早苗の関係がうらやましいのだろう。早苗はかわいいからな。
「んー。高校の体育祭に来る保護者って、あんまりいないんじゃないかなー?」
「そうなのか」
「たぶん?」
「そういうものか」
早苗はぼくの(この世界での)母上と並んで、保護者席を陣取っている。在学時から人気者だった早苗は、ぼくが参加する競技以外の時間で、母上を交えて、他の保護者たちとの思い出話に花を咲かせていた。中学校と高校で大した年の差もないのに、高校ではこういう光景は見られないものなのか。この世界の文化は難しいな。クライデ大陸にはそもそも運動会なる行事がない。
クライデ大陸の学校は、生活に必要な知識を学ぶ場所だ。魔法を含む日常生活に必要な技術、卒業後の就労先探し。この世界と異なり、六年間の教育期間を修了すれば、即、社会に出なくてはならない。例外は、さらに治癒魔法を学ぶ医者志望と、学校で教える側となる教師志望だ。カリキュラムは将来設計を前提に組まれており、行事の入る隙間はない。
「文化祭だよ、文化祭。文化祭なら、悟朗さんが来ても問題なっしんぐ」
「文化祭?」
「各クラスの教室で、クラスのみんなで協力して出し物をしたり、いろんな部活動――吹奏楽部とか、軽音楽部とかが、体育館でミニコンサートを開いたり、講堂で演劇部の舞台を見られたり、コーラス部の合唱を聴けたり」
「おお!」
中学校にはない行事だ。話を聞いているだけで胸が高鳴る。行きたい。……ぼくはクライデ大陸に帰らねばならないのに、こういう楽しげなイベントを耳にすると、帰りを後ろにずらそうとしてしまうな。
「早苗のクラスは、おばけ屋敷の予定!」
「というと?」
「悟朗さん、おばけ屋敷を知らないかー」
「うむ」
「なら、当日のお楽しみってことで。悟朗さんはなーんでも下調べしてから行こうとするけど、今回はダメだからね?」
「ほう?」
早苗に行動を読まれた上で、封じられた。おばけ、というと、この世界にある怪談話に登場するあの『おばけ』だろうか。屋敷……教室の広さで、屋敷とは……? 高校の教室は、中学校より広大?
「何も知らないままで行ったほうが、楽しめることだってあるよ。知ってしまったら、知ってしまう前には戻れないし。最初の最初って、一度きりだもの」
早苗のこの言葉は、ぼくのこれまでのスタンスとは対照的だ。ぼくは、この世界で一度きりの経験になるかもしれないからと、準備してから出かけるようにしていた。これはこれで、間違っていないと思っている。実際に、去年より今年のほうが、菊をより楽しめたから。
「早苗がそう言うのなら、まっさらな状態で『おばけ屋敷』に臨むとしよう」
けれども、早苗の言葉にも一理ある。この世界でのありとあらゆる事態に対して、書物で事前の知識をつけてから、挑めたことのほうが少ない。ぼくにとって、この世界は異世界だ。使用されている言語以外、まったく違う。何もかもが新鮮で、刺激的で、学びに満ちている。修行の場所として、最適だ。
振り返ってみれば、去年だって菊を楽しめなかったわけではない。何も知らないからこその、発見もある。
「悟朗さんはほんっとにお利口さんだねー。早苗がよしよししてあげよ」
「そうだとも。……よしよしは、この、人の多い場所ではやめてほしい」
「えー、なんでー?」
「髪が乱れるからだ」
「すぐに直せるじゃーん?」
「あとで!」
なんとなく、その。バッジの件のあった後輩や、その友人などに見られるときまずさがある。一年生の席に視線を向けたら、次の種目のために移動を始めていた。
「ふっふーん。そーゆーことね」
早苗も気付いたようだ。ぼくの頭を狙っていた手を、止める。下級生たちは、早苗を知らない。早苗が卒業してから、入学している。
「?」
「あとでたっぷり甘やかしてあげる」
「う、うむ」




