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帰ってきた養父

 ソーイチローの帰国に、ソーイチローの妻である母上もさぞや喜ばれることだろう、と思いきや、母上の対応は淡泊なものだった。


 ぼくの本当の父上と母上は仲睦まじい。お互いの欠点を補うように、協力し合っている。


 たとえば、父上は大雑把な性格で、数をなんとなくの感覚で捉えている。結果として、多すぎてしまったり、少なすぎてしまったりとまちまち。これを母上はカバーするように、不足分をすっと差し出して、つじつまを合わせる。


「やれやれ……」


 どの家でも『夫婦とはかくあるもの。支え合うもの』と想像していたが、どうやら思い込みだったようだ。ソーイチローは、妻に負けている。いくら多忙な研究者とはいえ、顔を見せにくる程度しか帰宅しないのは、よくない。


「おつかれ、ソーイチロー」

「おお。少し、ふくよかになったかの?」


 そう言うソーイチローはやつれているように見えた。妻もこの忙しさを理解してあげられるような度量があればいいのだが、常日頃お世話になっているのは母上だから、ぼくは残念ながら母上側に立たせてもらいたい。正月ぐらいは帰ってきたらどうだ。この世界の年末年始は、家族で過ごすものだろう。


「悟朗さんったら食いしんぼうだからー。ほっぺたもちもちよ」

「つねるな」

「あらま。ふたりっきりのときは怒らないのよ?」


 よそはよそ、うちはうち。家には家の事情がある。ぼくと早苗(さなえ)は、いくつになっても仲良しでありたいものだ。


「ははは。……清美(きよみ)のお小言、身構えてはいたが、想定以上に時間を食われてしまったなあ。若い頃のわしと清美も、おしどり夫婦と言われたものじゃが」


 空港に向かう時間を考慮すると、長居はできない。うんざりした表情で、昔のことを思い出しながら、帽子を脱ぐソーイチロー。


「むむ。お義父(とう)さん、生え際がまた後退してる?」

「ひょえ。本当かい早苗ちゃん!」

「悟朗さんと早苗の結婚式の頃には、つるっぱげになっちゃってるかもだわん」

「そうなったら、わしは新郎の父兼照明役になるかの」

「やだもー!」


 こんな和やかなやりとりをしている場合ではない。このままでは、早苗がずっと喋り続けてしまう。ぼくは「ソーイチロー。手紙、読んだよ」と話の方向性を本題へと向けた。


 あの手紙の詳細を知りたい。ぼくは今日という日を指折り数えて待っていた。ソーイチローの帰宅というイベントがこれほどまでに楽しみになる日がくるとはな。早苗とふたりきりで過ごせる時間よりも優先してしまいそうになって、早苗がかわいらしい頬をぷくぷくと膨らませていた日もあった。


「そうじゃそうじゃ。()()()()、おぬしの願いは叶うやもしれぬ」


 ぼくがソーイチローをソーイチローと呼ぶように、ソーイチローはぼくをアザゼルと呼ぶ。悟朗はあくまで桐生(きりゅう)家の五男としての名前。この世界で生きていくための偽名だ。


 ぼくの本来の名前はアザゼル。クライデ大陸では、原則として、王族の男児には悪魔の名前を付ける。ソーイチローにとってのぼくは、息子ではない。友人であり、異世界の知識を授けてくれる師だ。同時に、ソーイチローの研究対象でもある。


「クライデ大陸に、帰れる」

()()()()()()、という話ではあるがの」


 長年『竜の伝承』を追い求めていたソーイチローにとって、ぼくはまさに『伝承』の証明だ。ドラゴンは、いる。


「ヒントがいっさいない状況だ。かもしれないのレベルの話でも、ぼくは嬉しい」

「そうかそうか」


 この世界に修行しにきたはいいが、行き場がなく、虫の声に心を乱されていたぼくは、ドラゴンを探し続けて何十年のソーイチローと出会った。これこそ運命の出会いであり、ソーイチローを逃したらぼくの命はないとまで思って(ここに居続けたら虫に襲われて死ぬと思い込んでいたから)ぼくはソーイチローにクライデ大陸の話をしている。


 早苗との違いは、直接ドラゴンの姿を見せていないことだ。ソーイチローはドラゴンの姿を見せずとも、ぼくの話だけで「点と点がつながった!」と跳ね上がって大興奮し、その場で倒れた(のちほど母上から聞いたのだが、ソーイチローは興奮しすぎると高血圧で倒れてしまうらしい)。


 もしドラゴンの姿を見せたら昇天してしまうかもしれない。それは困る。ぼくは人殺しにはなりたくない。父親殺しならなおさらごめんだ。


「ねーえ、お義父さん」

「なんじゃ、早苗ちゃん」

「悟朗さんと早苗ちゃんにお土産はなーいの?」


 早苗があまったるい声を出して、話をそらしてくる。ぼくはこれから大事な話を聞こうとしているのに、これでは進まない。時間だけが過ぎてしまう。


「そうじゃな。ならば、洞窟(どうくつ)に行こうか」

「!」

「洞窟って、あの」

「異世界につながっとるっていう、洞窟じゃな。早苗ちゃんも来よう。あそこでお土産を渡す」


 やっぱりあの洞窟か。怪しいとは思っていたが。何かがあるのだな。ソーイチローの研究者としての嗅覚は、信頼できる。


「早苗は行きたくない」


 ぼくとソーイチローは立ち上がった。早苗は座ったままだ。


「今日はもう帰る」


 いつもはギリギリまでこの部屋に居座る早苗が、唇をかみしめて帰宅宣言をした。明日は雪が降るのではなかろうか。まだ冬には早い。


「早苗?」

「なーに?」

「なんだか、いつもと違うな。普段の早苗なら、我先にと立ち上がって、道案内してくれそうなのに」


 ぼくはぼくの中で湧き上がった疑問を、早苗に投げつけた。早苗はぼくに帰ってほしくないだろうが、別れの瞬間が来れば、わかってくれるだろう。……きっと、そうだ。早苗はぼくのことが大好きだから、わがままは言わない。ぼくの使命も、話している。


「なるほどの」


 何が『なるほど』なのか。ソーイチローはしたり顔をしている。


夏芽(かが)の村の『竜の伝承』は、再調査じゃな」

「あの洞窟の奥が、クライデ大陸と?」

「落ち着けアザゼル。つながっている異世界が、クライデ大陸とは限らぬ。わしはおぬしを失いたくないからの。行った先で何かあったらと思うとぞっとする。確定するまで調べてから、おぬしにまた手紙を送ろう。――これでよいか、早苗ちゃん?」


 夏芽早苗は、こくりとうなずいた。

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