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いわし雲の手紙

 ぼくは運がいい。改めて、そう思う。おそらく、クライデ大陸の王族がこの世界で修行する制度が始まって、初となる『帰還』に成功した存在になる。父上も母上も、お姉様たちも、お喜びになるに違いない。


 ぼくがミカドとなるのは、ぼくがこの世――ここで『この世』と表現してしまうと、若干語弊があるから、変えよう。この世界とクライデ大陸は、人間の形は同じでも、環境が異なる。異世界だ。


 王族の長男として生まれたぼくに課せられた使命は、クライデ大陸の支配者・ミカドとなること。生後間もなく、誰に教えられたわけでもないのに魔法を使いこなしていたぼくは、学校では『神童』ともてはやされていた。周囲からの愛情と、熱心な教育を受けて成長したぼくが、クライデ大陸の栄華を永久のものとする。


 伯父は悪政を敷いていた前のミカドを、武力によって退位させた。次にミカドとなるぼくは、ミカドとなる修行を積んでから王座に就く。クライデ大陸の(ふる)い貴族たちは、ぼくに味方するだろう。彼奴(あやつ)らは伝統を重んじる。歴史ある修行を乗り越えたこのぼくに、非難される要素はない。


「悟朗さん、いつもより嬉しそうじゃなーい?」

「わかるか?」

「そりゃそーよ。早苗、妬いちゃうかも?」

「ぼくはいつだって、早苗がここに来てくれることを、嬉しいと思っているよ」

「ほんとにー?」


 ちらちらとぼくの机を気にしている。ぼくは、早苗に隠し事はしない。ただ、今回の件は早苗にとっての吉報とは言いがたい。しかし、本人がこれほど気にしているのなら、さっさと話してしまったほうがいいだろう。


「ソーイチロー、いや、父上から手紙が届いた」

「早苗には『ソーイチロー』って言っていいよ?」

「……うむ。気をつける」


 舞い上がりすぎていた。ぼくは桐生(きりゅう)家の『養子』の立場だ。外ではソーイチローのことを絶対に『父上』と呼ぶよう、心がけている。相手が早苗でよかった。


「うわー! かっこいい!」

「そうだろう。クライデ大陸のドラゴンに似ている」


 早苗の興味は、便せんに同封されていた写真へと移る。ソーイチローは『竜の伝承』の研究をしていて、地球上のありとあらゆる場所にある『竜』に関する美術品や建造物、書物を探し回っている最中だ。本や巻物に書き残されているものだけでなく、言い伝えや伝聞情報を確かめるべく、現地に飛んで話を聞き、書き留めている。


 写真は、ドラゴンの彫刻だ。黒光りしているが、材料はなんだろう。いつの時代に、誰が作ったものだろうか。


「まー、悟朗さんのほうがかっこいいけどね?」

「うむ」

「また見せてほしーなー……?」

「機会があればな」


 早苗にはぼくの本当の姿を見せたことがある。例の洞窟(どうくつ)の奥まで連れて行き、誰も後をつけていないと確認してから、変身した。この世界では魔法は使えないが、ドラゴンの姿にはなれるようだ。人間の姿に戻れなくなってしまったら不便なので、急いで人間の姿に戻ったが、早苗は怖がるどころかむしろドラゴンの身体をべたべた触ってきた。ドラゴンの姿を見せれば、早苗はぼくを嫌ってくれるのではないかと期待していたが、逆効果。


 早苗はぼくがどんな姿であっても、ぼくを愛してくれる。これは喜ぶべきことであると同時に、困ってしまう。


 ぼくはこれ以上、この世界に思い出を作るべきではない。もう、すでに、帰りにくくなってしまっている。早苗がぼくを愛してくれているように、ぼくも早苗を愛しているから。


 だから、本当は、


「で、お義父(とう)さんからの手紙にはなーんて書いてあったのさ」

「クライデ大陸に帰るためのヒント、を持って、今度の日曜日にこちらに帰ってくるそうだ。一時帰国で、また別の土地に飛ぶそうだが」


 早苗が悲しんでいる姿を見たくない。ぼくの帰還を妨げるいちばんの原因は、早苗だ。ぼくは使命を選ぶべきなのに、どうしても、早苗のことを考えてしまう。

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