揉んで?
ショッピングモールでの買い物を終えて、羽黒さんの運転する車で早苗の現在の住まいまで送り届けてもらった。ぼくは目の前の建物を、ぼーっと見上げる。いったい、何階建てなんだ?
「悟朗さーん?」
「ああ、すまん」
左手に冬用のコートの入った紙袋、右手に早苗の秋冬のお召し物が詰まった紙袋。右のほうが重たい。すべての荷物をぼくに任せた早苗は、軽々とした足取りでエレベーターホールに進む。その後ろをよろよろと追いかけていくぼく。どうやら十一階建てらしい。村にはこんな高い建物はない。クライデ大陸には……城ぐらいか。城がこのぐらいの高さだったような。しかし、エレベーターはない。
「なんだか、すごいな……」
エレベーターの内部にはカメラが設置されている。ぼくと早苗が、モニターに表示されていた。二十四時間防犯。いや、早苗が一人で暮らしているのだから、このぐらいはしてもらわなければな。変な人間とエレベーターに乗り合わせてしまったらと思うと、足りないぐらいだ。ぼくが直接早苗を守りたいところだが、あいにく難しいので、警備は厳重にしていただきたい。
「この家、全戸に人が住んでいるのか?」
九階でエレベーターを降りる。右に三つ、左に三つ。合計六つの扉があった。空き部屋でないとすれば、最低でも六人は住んでいる。一部屋に一人ずつではないかもしれない。ぼくは、早苗から、将来的に二人で住む話を持ちかけられているから、他の家だって二人以上が暮らしている可能性はある。
どんな人が隣に住んでいるのだろう。……早苗はこの家で、どんな気持ちで生活しているのか。ぼくには、一人暮らしが想像できない。不安にはならないのだろうか。
「んー」
早苗は曖昧に笑って、右の奥の扉にカギを差し込んだ。がちゃりと扉を開ける。それから、玄関で靴を脱ぎ捨て、ぼくがここまで持ってきた紙袋たちを抱きかかえ、とててててと廊下を走り、奥まった部屋の床に紙袋たちを置いた。
「お邪魔します」
先に荷物が家に上がったが、ぼくも上がらせていただこう。早苗が脱ぎ捨てた靴のかかとを揃えて、その隣にぼくのスニーカーを並べた。背丈はまだ抜かせていないが、足のサイズはぼくのほうが大きいんだな。
「ねーえ、悟朗さーん……」
奥まった部屋から早苗の声がする。さっさとこっちに来い、ということらしい。家のドアは、ぴぴっという電子音とともに施錠された。カギのかけ忘れ防止、だろうか。こういうところも防犯対策の一つか。なるほど。これで誰も入ってこられない。ぼくと早苗のふたりきり。
「はいはい」
この世界の一人暮らしの部屋の平均値がわからないので、クライデ大陸にある学校の寮(※移動魔法があるとはいえ、さまざまな家庭の事情を考慮して、学園都市には寮がある)との比較になってしまうが、この寮の二人部屋よりも広い。この広さの部屋の家賃はどの程度になるんだろうか。ぼくはこの世界に来てから、ソーイチローに拾われて、桐生家で暮らしているぶん、こういう家を維持するのにどのぐらいの費用がかかるのか、てんでわからないな。
早苗は奥まった部屋――おそらく、リビングとして使われている部屋の、ソファーに腰かけていた。見るからにふかふかで、ベッドとしても使えそうな大きさのソファー。
「揉んで?」
いやいやいやいや。ちょっと待ってくれよ。
「……」
ぼくは浮かんできた邪念を、振り払う。いくらなんでも、だ。
ここは早苗の部屋で、カギはかかっている。桐生家のぼくの部屋とは違う。扉を誰かがうっかり開けて、ふたりだけの空間を邪魔してくることはあり得ない。
だとしても!
「疲れちゃったの」
ちょっぴり潤んだ瞳が、ぼくを下からのぞき込む。だからといって、大胆すぎやしないですか早苗さん。しかも、買い物から帰ってきたばかりで。こういうのって雰囲気とか、流れとかありますでしょう。その、シャワーを浴びてからとか……ふたりで……?
「ねえ……?」
普段から揉むぐらい、いや、揉む以上のことはしている。今更躊躇うことはない。ないな。女の子にねだられているのだから、応じてやらないのは男としてどうかと思う。ぼくは早苗の彼氏だ。何ら問題はない。むしろ何故こんなに言い訳めいたことを考えているのだろう。意味がわからない。冷静ではないな。落ち着けばわかる。
「わかった」
むにむに。
「!?」
お望み通り、柔らかな双丘を正面から掴んでもみしだいていくと、早苗の顔がかーっと赤くなった。耳まで真っ赤になるのは、珍しい。
「ちょっと! 悟朗さんっ!」
声が裏返っている。そんなに驚くことではない。
「ん?」
「違うの! 肩を揉んでほしいの!」
早苗はぐるっと身体をねじり、ぼくに背中を向けてくる。それならそう言ってもらえれば、時間の許す限り、肩もみいたしますが?
「あー、そう……」
「びっくりしちゃったなー!」
「今日はいつも以上に積極的だなと」
「早苗ってそんなにえっちな子だと思われてる……?」
「うむ」
「んもう!」