長そでと半そでの間に
早苗は鼻歌交じりにショッピングモールを闊歩して、寄り道せずにお目当ての店にたどり着いた。ぼくとしては途中にも入ってみたい店はあったが、時間が惜しい。
「タイムセールだって! ラッキー!」
「ふむ。安くなるのか」
「そそ。値札に書いてある値段からさらに二割引だって! おとくー!」
もし早苗と二人で生活できるようになったら、時計を気にせずにじっくりと買い物できるだろう。そんな未来は来るのか?
「ぼくはここで待っているよ」
造花の飾られたイスに腰掛ける。こういう小休憩が取れるスペースがあるのは、このショッピングモールが広大だからか。体力のないお年寄りへの配慮だろう。別のフロアーには、子どもたちが遊べるアスレチックエリアや、犬を走り回らせるドッグランなどがある。映画館では、教室で話題を耳にした映画を観られるようだ。
魔法はなくとも、この世界は便利で豊か。道行く人たちも、働いている人たちも、みんな笑顔だ。
「おっけー。さくっと見てきちゃうね」
早苗といると、ぼくはどうしても『この世界に残る』選択をしてしまいそうになる。最初は、絶対にあり得ないと思っていた。ぼくは帰らねばならない。……こんなに楽しいのに。すべての誘惑を断ち切り、この生活を捨ててでも、ぼくはミカドにならねばならない。
どうして?
ぼくがミカドにならずとも、他の者にもミカドは務まるだろう。
早苗の彼氏は、ぼくしかいない。
――なんてことを考えてしまうぼくは、親不孝者だな。ぼくは生まれながらにして、ミカドになることを運命づけられているのに、修行先のこの世界で生きていこうだなんて、甘い考えは、丸めて捨てないといけない。いずれ、罰が当たるだろう。
「ねーねー」
「……ん?」
「どっちが似合ってると思う?」
「どちらも?」
「そりゃ、早苗はかわいいから、どっちも似合っちゃうんだけども……悟朗さん、心ここにアラブでしょ」
図星だった。鏡に映ったぼくは、苦笑いを浮かべている。
「悟朗さんは、焦ってるんだよね。帰りたいのに帰れなくて」
「ああ、まあ」
「早苗は欲しい服の値札とお財布の中身とにらめっこで悩んでる! 無駄遣いしすぎーって怒られちゃったからねー」
悩みなんて何もなさそうな早苗にも、悩みはあるようだ。大なり小なり、人というものは、あれこれ悩みながら生きている。大変なのは、ぼくだけではない。
「誰から?」
「お父さんから。神佑高校への進学を勧めて、一人暮らしのお部屋を買ってくれたのはお父さんなのに、かわいい娘の生活費にあれこれ言ってくるって矛盾してると思わなーい?」
早苗の口から濁流のような愚痴が吐き出された。同意を求められている。店に入ってまだ五分も経っていないのに、カゴには大量の服が入っていた。
「ふむ……」
「早苗ってずーっと夏芽の村の中で暮らしてきたから、村の外での一人暮らしって、早苗にとっての『修行』みたいなものかもね。こういう金銭感覚だったり経済観だったり、お掃除やお洗濯やお料理だったり。生活していくって、大変だなー」
クライデ大陸の修行は何も持たされていない。魔法も使えない上に命がけなので、早苗の『修行』より厳しいものだが、生まれ育った土地を離れる点や将来を見据えている点では早苗の『修行』と同一か。とはいえ。
「買い過ぎではないか」
「そーお?」
無駄遣いの現行犯だ。早苗には自覚がないようだから、義理の父上に代わってぼくが言ってやろう。
「平日の日中は、制服しか着ないのにか」
「うーん……たしかに……」
「早苗、本は『読んでくれる人の手に渡らないから』と、買わずにいるだろう? かわいい服だって、タンスに入れられているよりは、着てもらったほうがいい」
「それもそっか! 本当に着たい服だけ選んでくるねー」
神佑高校への進学は、早苗の父上からの勧めだったか。ぼくがこの世界に来たとき、早苗は中学三年生に上がったばかりだったが、進学先はすでに神佑高校に決められていた。しかし、ぼくの兄にあたる桐生家の四男・志郎は、早苗が神佑高校に進学することを知ってから志望校を神佑高校に選んでいる。このぼくも、中学二年生の二学期に『進路希望調査票』という形で、将来の方向性をぼんやりと訊ねられている程度だ。早苗のほうが少数派なのに、少数派を先に見てしまっているから、この世界での一般的な感覚とズレてしまっている。
「ほう」
早苗の背中を目で追いかけていたら、店内掲示のポスターが目にとまった。商品を一万円以上購入すると、レジで『キャワイイドラゴン』キーホルダーがもらえるらしい。数量限定の文字が強調されている。このドラゴンは、ぼくに告白してきた後輩の友人が持っていたものだな。
「あら。悟朗さん、キーホルダー欲しいの?」
カゴの中身が半分になった早苗は、ぼくの視線の先を見ている。どうやらこの服屋のキャンペーンで配布されており、限定のデザインらしい。
「もらえるなら、欲しいかな」
「好きなの?」
「いや、全然。この前、告白してきた後輩の友人が、あのドラゴンをスクールバッグに付けていたから、気になっただけだ」
「流行ってるもんね。まゆみちゃんも持ってたなー」
やはりそうなのか。中学生だけでなく、高校生も持っているとは。クライデ大陸の威厳のあるドラゴンより、こういうデフォルメされた可愛らしい姿のドラゴンのほうが、女の子にはウケがいいのか。わからん。
「まあ、一万は余裕で超えるわ。後輩ちゃんにあげちゃってもいいし」
「早苗にもらったものなら、大事にするよ」
「ふーん? ……また、思い出の品が増えちゃうね?」
ぼくはぼく自身の行動によって、よりクライデ大陸に帰りにくくしてはいないだろうか。早苗の笑みには、含みがあった。