いずれ来る冬の下準備
早苗が乗ってきた車の後部座席に乗せてもらい、ぼくと早苗は夏芽の村から離れる。自然災害の度に補修されて、もはやツギハギだらけになっている道路を通り過ぎて、しばらく道なりに進めば、大型のショッピングモールにたどり着く。早苗とここに来たのは二度目だ。一度目は、夏休み中。
ここにはソーイチローとともに来たこともある。村には服や靴を購入できる店がないので、このショッピングモールまで足を伸ばさなくてはならない。ぼくの衣服や靴を見繕うために、拾われた次の日にこの場所を訪れている。
クライデ大陸からの修行に金品は持ち込めない。持ち込めていたとしても、クライデ大陸の通貨とこの世界の通貨は違う。魔法が使えれば自力でできることもあったが、使えないものをアテにはできない。
ソーイチローは質素な麻の服を身につけているだけだったぼくを、まず、桐生家にあった古着に着替えさせる。サイズのチグハグな服を着たぼくは、ソーイチローが運転するバイクの後ろに乗せられた。
ヘルメットを被せられて「しっかり掴まってなさいね」と言われたぼくは、ソーイチローの腰にぎゅっと掴まって、その言葉を忠実に守っている。クライデ大陸には車がなく、もちろんバイクもない。
バイクの『風との一体感』は、クライデ大陸での飛翔魔法に近い。悪くはない気分だったが、振り落とされないように必死だった。
初めて訪れたときは、圧倒的な広さと人間の多さに驚かされっぱなしだったな。クライデ大陸の市場とはまた違う、活気。どれもが輝きを放っていて、目移りしてしまう。
ソーイチローは、ぼくを急かさなかった。一歩進んでは足を止め、あれはなんだと聞くぼくに、答えてくれる。本当にぼくは恵まれていると思った。
あらかた買い物を済ませてから食べるソフトクリームがおいしかったので、夏休み中に早苗と来たときにも食べている。早苗も「んー! ミルクがしっかり濃厚でおいしいねー!」と気に入ってくれた。
「二時間後に」
車を入り口に停めてから、運転手の羽黒さんは時間を指定した。黒いスーツ姿の、ソーイチローと同世代ぐらいの男性だ。ソーイチローのことは、他の村人たちのように『教授』と呼んでいた。
今から二時間後に、羽黒さんはこの車をこの場所に停めてくれる。……早苗との買い物が二時間で済むだろうか。
「おっけー」
早苗は羽黒さんにそう返しているが、早苗のことだから、ぼくとの買い物を楽しみすぎて時計を見ないだろう。ぼくが管理しておかねばなるまい。今日はショッピングモールでの買い物だけではなく、早苗が暮らしている部屋の訪問もある。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。早苗お嬢様を、よろしくお願いしますね」
「よろしくって。何回も来たことあるでしょー?」
「どこで何を買うのか、だいたいの目星は付いているか?」
「もちのロン! カン! ポン!」
ぼくが「早苗の部屋を見に行きたい」と言ってしまったばかりに、いつもは『早苗を桐生家に送り届けて、桐生家から早苗の部屋に帰らせる』の往復だけだが、今回は羽黒さんに『ぼくを早苗の部屋から桐生家に送り届ける』という余計な手間をかけさせてしまう。もしぼくが車を運転できれば、羽黒さんに迷惑をかけずに済んだのだが、この世界の中学二年生に運転免許証は取得できない。なんにせよ、羽黒さんには頭が上がらない。
「では、のちほど」
羽黒さんはぼくに会釈して、車に乗り込む。車はまるでアスファルトを滑るように、走り出した。
「んー! ……よしっ!」
車の姿が小さくなってから、ぼくの指に自分の指を絡めるようにして、手をつないでくる。こういうつなぎ方は『恋人つなぎ』というつなぎ方なんだとか。
「先に早苗のお洋服を見に行ってもいーい?」
「いいよ」
「悟朗さんのコート、何色がいいかなー?」
「去年を思い出すと、周りは黒か紺だったな」
「早苗のは赤だけどねー」
厚手のジャケット一枚のぼくと、真っ赤なダッフルコートの早苗。今の気温が暑いのか寒いのかわからない、と母上に笑われて、早苗は「こうすると暖かいから、いいでしょ?」とくっついてきた。
今年度は早苗が高校生になってしまっているから、こういうこともできなくなる。寂しい冬になってしまいそうだ。冬が来る前に、クライデ大陸に帰るべきだろうか。まだ帰り方もわからないが。
冬を越すためにコートを買おうとしている。またコートのいらない季節になるまで、ぼくはこの世界に居座るつもりなのか。
ガラスケースに映り込むぼく自身に問いかける。自問自答に返事はない。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「制限時間があるし、さっさと行こ行こ! 入り口で止まってる場合じゃないってばさ!」