悟朗さんへ(ヒロイン視点)
ふたつ並んだ影法師。今はまだ、あたしのほうが、ほんの少しだけ背が高い。すぐに追い抜かれちゃうだろうね。
「そのうち、早苗より大きくなるなー?」
「その前に、帰れるといいが」
いつか故郷に帰ってしまう君は、いつもむつかしい顔をしている。
あたしは、おいしいごはんを食べているときみたいな、ニコニコ笑顔のほうがいいと思うけど、難しいかなー?
君は竜の王子様で、――っと、これは秘密なんだった。あたしはみんなに言っちゃってもいいんじゃなーいの? って思うけれども、この世界に竜はいないってことになっているから、言いふらしてはいけないらしい。
きっと、いろんなところにある『竜の伝承』は、過去にも喋っちゃった子がいて、その子のことを記録したものなんだろう。ひょっとすると、その子自身が書いたのかも。
なんで言っちゃあいけないのかって聞いたら、世界の均衡がどうのこうの、と説明されたけど、あたしにはわかんないや。いろんな人に知ってもらって、いろんな人の知恵を借りて、君が故郷に帰る手助けをしてもらえたらいいのになーって、あたしは思う。
頭のいい君のことだから、そうしたいのはやまやまなんだろう。真面目で誠実な君のことだから、誰にも話さないのだろう。……あたし以外には。
でもね。
修行のためにこの世界へやってきた君から、帰らなきゃいけない故郷の話を聞いていると、帰らなくてもいいんじゃあないの? なんて、思っちゃったりして。
あたしは君の気持ちをわかってあげたいけれども、あたしは君ではないから、君の気持ちを全部わかってあげることはできない。君がこれまで歩んできた人生――竜の子として生まれて、育ってきたすべての時間を、あたしは知っているわけじゃあない。君が背負わされているもの、全部を話してちょうだい、とまでは言わない。
わかんないなりに考えてみた結果、あたしは、この世界にいてほしいなって思っている。
君は王様になりたい。君なら、とってもすっごい王様になれそう。とってもすっごい王様って、どういう王様なのかわかんない。たぶん、いろんな人から愛される、いい王様になれるよ。小さい子からも「王様ー!」って慕われて、どんな難事件も「ちちんぷいぷい」と解決しちゃうような、キラキラな王様。
君はそれで幸せなのかな。この世界にいたほうが、幸せなんじゃないかな。……そう思っちゃうことがあるんだ。ごめんね。
あたしは君の(この世界で君を預かっている人たちではない)本当の(血のつながった)家族のことを知らないから、引き留めてしまう。そりゃあそうだ。会ったことも、見たこともない。君からちょろっと昔話を聞いただけ。たぶん、君に似てカッコイイお義父さんと、優しいお義母さんなんだろうな。
君の本当の家族は故郷で、君を待っている。
待ってくれている人たちがいるんだよね。
君があたしに本当のことを話してくれたのは、あたしに君を諦めさせるため、だったらしい。そうはいかないんだな。あたしは君が思っている以上に、君のことが大好きなのだ。……えへへ。
故郷の人たちよりもずっと、君を愛している。
魔法がなんだってんだ。もし奪い合いになったとしても、あたしは負けないぞ。うおー!
――実はね、君が『ソーイチロー』って呼んでる、こっちでのお義父さんに拾われた日に、あたしはお義父さんより先に君を見つけているんだ。神佑高校の学校見学会から、帰ってくるところだった。あたしは早く家に着かないかなーなんて思いながら、窓の外を見ていた、そのとき。
夕焼けに照らされた銀髪が、すんごくキレイだった。
あたしが先に拾っておけばよかったなー。車を止めてもらえなかったんだよね。野生のウサギと見間違えたんでしょ、って。
お義父さんは『竜の伝承』を研究しているから、どっちみち相談していただろうし。もったいないことしたー!