通学路にひとひらの秋
ぼくの通っている学校の周りに、イチョウたちが植えられていた。毎朝見上げているのだが、秋の日差しによって、緑色の葉が徐々に黄色く変わっていくのが観測できる。
イチョウの実には“独特のにおい”があると、本で知った。世界は広い。ぼくが見に行ける範囲は狭くても、本が見える世界を広げてくれる。
学校の周りのこのイチョウたちは実を付けない。不思議に思って、植栽を任されている用務員さんに訊ねたところ、オス株とメス株という違いがあるのだとか。この“独特のにおい”だけでなく、落下した実によって通学路が染め上げられてしまうから、学校のような公共機関の周りにはオス株が植えられているようだ。
この質問をした次の日に、用務員さんから銀杏をいただいた。この小さな種が、見上げるほどの大きさに成長する。
いただいた銀杏を早苗に自慢したら「ちょっと待っててねー」という言葉とともに、台所まで銀杏が持って行かれて、フライパンで炒られてしまった。調理してほしかったのではない。……ほくほくとしていておいしかった。
「!」
後輩から告白された日の、翌朝。登校中。ぼくの前を、猫背の女子生徒が、うつむきがちに歩いている。
スクールバッグに不格好なドラゴンのぬいぐるみを付けているが、女の子たちの間では流行っているのだろうか。クライデ大陸のドラゴンは、よりスタイリッシュでクールな姿をしている。デザイナーに見せてやりたい。
「おはよう」
ぼくはこの猫背を追い越して、声をかける。去年までは毎朝早苗と喋りながら登校していた。他の生徒と会話するのは、教室に入ってから。
「! ……ウッス」
人違いではない。告白してきたお下げの後輩、を支えていた女の子だ。逃げ出すお下げに手を引かれて去っていく後ろ姿が猫背で、見覚えがあったから、声をかけた。
「昨日、いっしょにいた子は?」
胸元のバッジを見る。お下げと同じ、一年C組。名前を聞いていないから『いっしょにいた子』という呼び方になってしまう。
「熱を出したっす」
「昨日は元気そうだったのに」
「はあ」
ため息をつかれた。あれだけ走っていたのに、熱を出すなんて……風邪を引いてしまったのだろうか。
「あのバッジには、ぼくの一年間の思い出が詰まっている」
今日は登校してから、一年C組に行こうと思っていた。告白を受けるまで、貸したことすら忘れていたが、バッジを返してもらえるのなら返してほしい。
しかし、本人が欠席となると、困ったな。
「そんなに大事なモンを貸したんすか、センパイ」
呆れられている。ぼくは、ぼくの行為が間違っていたとは思わない。誰にでもミスはある。登校前に確認を怠ったお下げに落ち度はあるが、わざわざ『校門』という目立つ場所で説教しなくてもよかろう。
「ああ。民の悲しむ顔は見たくないからな」
「民とは」
いけない。このような言葉遣いを慎むようにと、早苗から注意されていたのに。まだ慣れていない。意識して言い換えないと、つい出てきてしまう。
この世界でのぼくは、ごく普通の中学二年生だ。王族ではない。
「……お大事に、と伝えておいてくれ」
「ウッス。センパイが心配していた、と伝えておくっす」