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夕暮れの運動場

 想定外の出来事があって、帰宅が遅れてしまった。早苗は、テーブルに頬杖をついて座っている。ぶうたれた顔だ。


「おかえりー」


 不機嫌な声色。ぼくは、いの一番に言おうとした言葉を、言いよどむ。早苗に隠し事をする気はさらさらないが、話してしまっていいものか。


 しかし、早苗に相談すべき事項だ。言おう。


「告白されたんだ」

「ほう!」


 早苗の瞳がきらりと煌めいた。これもまた予想外の反応だ。


「一年生の、女の子から」


 小一時間前の出来事を振り返ろう。


 ぼくの班は、今週が掃除当番なので、教室の掃除をした。ぼくはゴミ箱をゴミ捨て場に持っていき、用務員さんと談笑して、教室に戻る。用務員さんのお孫さんの誕生日が近く、何をプレゼントしたら喜ぶかを悩んでいらした。お孫さんがどういう子か、ぼくにはわからないから、ぼくは「ご本人に何が欲しいかを聞いてもいいのではないか」とアドバイスした。


 その後、図書室に寄って、農業に関する本を読んだ。最近の放課後は、必ず図書室に寄っている。書物に残されている技術は、最新のものとは異なるやもしれぬが、写真や図での説明がわかりやすい。つい読みふけってしまう。


 とはいえ、早苗がぼくの部屋を訪れる前に部屋の掃除をしておきたい。教室という、学友との共有スペースの掃除はしたのに、自分の部屋の掃除ができないのは、なんとも理不尽に思う。本を元の位置に戻し、間に合うように学校を出た、つもりだった。


「桐生センパイ!」


 運動場の端で、呼び止められる。聞き覚えのない声だ。しかしこの学校で桐生の姓を持つ者はぼくしかいない。


「なんだ?」


 振り向いたら、女の子がふたりいた。ぷるぷると震えているお下げの女の子と、その女の子の背中を支えるようにして立っている女の子。ふたりとも、うちの学校の制服を着ている。そりゃそうか。


「一年生?」


 ぼくは女の子の胸元のバッジを見た。一年生だ。


 うちの学校は、早苗も知っているように、学年とクラスのバッジを毎年付け替える。だから、ぼくはその子が一年C組だと、瞬時にわかった。たまにバッジを付けたまま冬服をクリーニングに出してしまう慌て者もいるな。


「ハイッ!」

「一年生が、ぼくに何の……?」


 ぼくは部活動や委員会には所属していない。いつかクライデ大陸に帰るのだから、こちらで責任のある立場に就けない。中途半端にして投げ出すなんて、ぼくのポリシーに反する。


 一年生との関わり合いは、……特に思い浮かばない。お下げの子も、支えの子も、初対面だ。交流はない。


「私と、付き合ってください!」

「……?」

「えっと、桐生センパイは、私がその、バッジを付け忘れてきちゃったときに、貸してくれたじゃ、ないですか」


 そうだったっけか。と首を傾げていたら、手のひらの上にバッジを乗せて、見せてきた。今ついているのと違う、もう一個。


「ああ」


 バッジを見て、ようやく思い出す。


 冬服から夏服への移行期間、生活指導の先生が女の子を叱りつけていた。見かねたぼくがバッジを貸している。朝の校門で、鳥が飛び立つほどに怒鳴っていらっしゃったから。


 ぼくは去年、一年C組。この世界での思い出の品になるからと、バッジをカバンに入れて持ち歩いていた。女の子からは感謝されて、先生は「まあいいだろう」と引き下がってくれている。


 このときの女の子か。


「まだ、お返しできていなかったので、お返ししたかったのと、その、……」

「がんばれ! 言え!」

「私、桐生センパイのこと、好きになったみたいで」

「あともう一押し!」

「返事は、今すぐでなくていいです! よろしくお願いします! それじゃ!」


 ここまで言って、後ろの女の子の手を引っ張り、ダッシュで逃げ出した。ぼくはバッジを返してもらえていない。


「いいじゃーん! いいじゃんじゃんじゃーん!」

「どこが?」

「青春! 青春じゃんかー!」


 最後まで聞いてから、早苗のテンションが上がっている。付き合うって、恋人になってほしいということではないのか。てっきり、早苗は「その場で断りなさいよ!」とぼくを責めるかと。


「断るべきだったか?」

「んー。勇気を出して告白してきた後輩ちゃんが、可哀想じゃない? 泣かれちゃうかもよー?」

「しかし、ぼくには」

「早苗には『正妻の余裕』があるのでー」


 強気だ。表情にも言葉にも自信があらわれている。


 ぼくには早苗がいて、早苗を愛しているから、どのみちお断りではある。浮気はしない。早苗に後ろめたいことはしたくない。より帰りにくくもなる。自分で自分の首を絞めるようなものだ。


「早苗は悟朗さんが他の子から見ても魅力的なんだってわかって、嬉しいなー?」


 いつになく力強く抱きしめられた。絶対に離さないぞ、ということらしい。


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