85話「事件の後始末、それから……」
王弟殿下と、何度も唇を重ねました。
「今日はここまでにしよう。
これ以上は僕の理性が保てない」
何度目かの口付けのあと、彼は自分の唇を手で覆いながらこうおっしゃいました。
「はい……」
彼の頬は紅色に染まり、瞳は潤んでいました。
きっと私も、同じような表情をしていたと思います。
「ラファエル様、約束してください。
決して一人では抱え込まないと。
大きなことを決断するときは、必ず私に相談してください。
ラファエル様がどんな決断をしても、責任の半分は私が負います。
責任も、後悔も、罪悪感も、自責の念も半分こしましょう!」
部屋に戻る前に、彼にそう念を押しました。
「アリーゼ嬢は逞しいね。
君を後悔させるような決断をしないよう、努力するよ。
君も一人で抱え込まないで何でも僕に相談してね」
王弟殿下は明るさを取り戻していました。
私も一人ではここまで強くはなれませんでした。
お父様の愛情に気づき、いつも傍にいてくれるロザリンの存在の大きさに感謝し、マナー教師で出会ったお友達に励まされ、一人ではないと気づけたから強くなれたのです。
きっと彼らがいなかったら、イリナ王女に「マナー教室を辞めて」と言われた時に、ラファエル様のことを諦めて領地に引きこもっていたと思います。
罪悪感で苦しんでいる王弟殿下の支えに、なれなかったと思います。
殿下を支えるといいながら、私もたくさんの人に支えられていたのです。
そのことに気づけたから、前に進めるのです。
「はい、もちろんです」
私は微笑みを浮かべ、そう答えました。
王弟殿下、これから先もずっと二人で一緒に歩んでいきましょう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
日を改めて、王弟殿下と一緒に婚約の許しを願いにお父様の元を訪ねました。
お父様は「殿下との婚約が政略的なものなら反対だ」とおっしゃっておりました。
お父様は私に「政略結婚する必要はない。これ以上家のために犠牲にならなくていい。恋愛をして好きな人と結婚していい」と言ってくれました。
お父様は不器用なだけで、本当はとても家族思いな方でした。
猫から人間に戻ったときにもお父様からの愛情を感じましたが、今回はもっと深く感じることができました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――半年後――
王妃殿下は身分を剥奪され、幽閉されています。
いずれ……彼女の元に毒杯が届くでしょう。
イリナ王女は自国に返され、そこで身分を剥奪されたあと、幽閉されました。
イリナ王女は、グレイシア王国の王族の血を引く公爵令嬢への殺人未遂、誘拐未遂、監禁未遂、危険な薬物の持ち込みなど多くの罪を犯しました。
その償いとして、サルガル王国はグレイシア王国に多額の賠償金を支払うことになりました。
それだけでは足りないので、サルガル王国の戦略的に重要な土地を、我が国に譲渡することになりました。
猫になる薬を作っていた魔道士団員は、行方不明。
猫の中から、その人物を特定することは不可能です。
魔道士団員は、猫になることで既に罰を受けています。
放っておいても問題はないでしょう。
薬の研究資料は、全てグレイシア国が差し押さえる形になりました。
それから、サルガル王国からグレイシア王国に渡る時の通行料が三倍に引き上げられ、一部の商品に対する関税も引き上げられました。
その結果、サルガル王国の国力は三分の一、領土が三分の一となりました。
元王妃付きの侍女と、イリナ様付きの侍女は、グレイシア王国の牢屋に収容されています。
イリナ様が祖国に帰れたのは、国王が賠償金を払い、王弟殿下に身柄だけでも返してほしいと嘆願したからです。
サルガル王国は、イリナ様に払う賠償金はあっても、侍女に払う賠償金はないのでしょう。
元王妃様付きの侍女の証言で、ミュルベ元男爵家の放火と殺人の実行犯の名前がわかりました。
王弟殿下の指揮のもと捜査が行われ、放火の実行犯はあっさりと捕まり、彼らには重い罰がくだされました。
幽閉されているべナット様には……いずれ毒杯が届けられるでしょう。
おそらくべナット様への毒杯は、ラファエル様が自ら届けるでしょう。
今度こそ後悔しないために。十六年前の選択に決着を付けるために。
ラファエル様が自ら引導を渡すおつもりでしょう。
◇◇◇◇
長い間、国王陛下は大半の仕事や重大な決断を、元王妃様に任せきりにしていました。
本来はラファエル様の立王嗣の礼を待って、代理政権を敷く予定でした。
王太弟となったラファエル様が、政治の実権を握り、その一年後に国王陛下に退位していただく手はずでした。
円満な王位の継承が、ラファエル様の望みでした。
ですが、今となってはそれは難しいでしょう。
元王妃様が重罪を犯した遠因は、国王陛下にあります。
何もせず、重大な決断は人に押し付け、何の責任も取らずに来た彼には、円満な退位などもったいないのです。
何より円満な退位など、ラファエル様が許さないでしょう。
国王陛下には、それ相応の責任を取ってもらわなくてはいけません。
国王陛下は、廃位されることが決まりました。
彼は廃王として、生涯幽閉されます。
外部との接触は一切禁止され、行動の自由はなく、監視される生活です。
決断をしたくない、何も決めたくない、一切の責任を取りたくない、そんな彼にはお似合いの生活かもしれません。
国王陛下の廃位を公表するとき、ベナット様の出自も一緒に公表されました。
側室が托卵したことなど、全ての罪が公になったのです。
十六年前に、こうしておけば、元王妃様が心を壊すことはなかったでしょう。
そして、ラファエル様は新国王となられました。
ラファエル様の戴冠式のあと、晩餐会で私とラファエル様の婚約が発表されました。
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