83話「薄紫色のドレスと王妃殿下の想い人」
「私の負けね。
全ての罪を白状したわ。
これから私はどうなるのかしら?」
そう言って王妃殿下は顔を上げました。
彼女はどこか吹っ切れた顔をしていました。
王妃殿下は、己の犯した罪を、誰かに聞いて欲しかったのかもしれません。
この国に嫁いできてからの辛い胸のうちを、誰かに話して、楽になりたかったのかもしれません。
「あなたは、レニ・ミュルベ元男爵令嬢とその家族と使用人を殺害した。
その上、男爵家に火を放ち犯罪の証拠を隠蔽した。
そして、イリナ王女の犯罪を見逃した。
殺人罪、放火罪、共犯罪の疑いがあります。
裁判が終わるまで、貴族牢に入ってもらいます」
王弟殿下は王妃殿下を見つめ、凛とした表情でそう言いました。
王弟殿下は、表情には出していませんがおそらく今とても苦しんでいると思います。
義理の姉であり、母親のような存在である王妃殿下を断罪し、牢に入れなくてはいけないのですから。
彼の心情を思うと、私も胸がギュッと締め付けられるような思いがします。
私にとって、王妃殿下は第二の母親のような存在でした。
王妃殿下の話を聞いてからは、並行世界の自分のような気がしています。
ベナット様が廃嫡されることなく、あのまま私と結婚していたら……。
レニ・ミュルベ元男爵令嬢を側室に迎え、べナット様が彼女だけを愛し続けたら……。
私は王宮で、仕事に終われ、子供を産むようにと周囲に圧力をかけられ、ベナット様に嫌味を言われ、先に懐妊したと側室のレニ様にマウント取られる……。
想像しただけで、胃が痛くなります。
そのような重度のストレスに長い間晒され続けたら、どこかの段階で壊れてしまったかもしれません。
王宮とは一人では生きていけない、孤独な場所ですから。
だから、傍で支えてくれる存在が必要なのです。
王妃殿下を支えるのは、夫である国王陛下の努めでした。
陛下は、べナット様の生死を王弟殿下に決めさせ、責任から逃げるような方です。
陛下が、王妃殿下の孤独やストレスを受け止め、彼女に寄り添っていたとは思えません。
私は、隣に座っている王弟殿下の顔を見ました。
彼も苦しいことや辛いことを、表情や言葉に出すことが少ないです。
今だって、とても辛いはずなのにお一人で耐えている。
いつか、彼が壊れてしまわないか心配になります。
「そう分かったわ。
貴族牢に入るわ。
でも……その前に一つお願いを聞いてもらえるかしら?」
王妃殿下が、王弟殿下に尋ねました。
「何ですか?
逃してくれと言われても無理ですよ」
王弟殿下が、厳しい表情で答えました。
「そんなお願いではないわ。
貴族牢に行く前に着替えをさせてほしいの。
心配なら見張りをつけてもいいわ」
王妃殿下が、王宮から逃げるのは難しいと思います。
着替えぐらいなら、させてもいい気がします。
「分かりました。
見張りの侍女をつけます。
なるべく早く支度をしてください」
王弟殿下が要求を受け入れました。
「ありがとう」
王妃殿下が優雅に微笑みました。
今から牢屋に入れられる人の顔とは、とても思えませんでした。
王妃殿下が別室で着替えている間、王弟殿下は拳を膝の上で硬く握りしめ、一言も話しませんでした。
私は、彼になんと声をかけていいか分からず、見守ることしかできませんでした。
しばらくして、王妃殿下が侍女と共に着替え用の部屋から出てきました。
彼女は漆黒のドレスではなく、清楚なデザインのラベンダー色のドレスを身に着けていました。
王妃殿下が黒以外のドレスを纏っているのを、初めて見ました。
彼女のドレスを見た、王弟殿下は目を見張っていました。
「ラファエルは驚いているようね?
あなたが驚くのも無理はないわね。
私がこの色のドレスを着るのは、十六年振りだものね。
城にいる大半のものは、
私が黒以外の服を着てるところを、見たことがないでしょうね」
王妃殿下は口角を上げ、クスリと笑いました。
私が初めて登城したのは五歳のときでした。
その頃既に、王妃殿下は黒いドレスを纏っていました。
私は、王妃殿下は黒が好きなので、他の色の服は身に着けないのだと思っていました。
ですが、その認識は間違っていたようです。
私は、改めて王妃殿下の部屋を見回しました。
ラベンダー色の、カーテン、絨毯、ソファー。
薄紫色の置物や小物が多く配置された部屋。
家具の取っ手などにもラベンダー色が使われていました。
王妃殿下が薄紫色のドレスを纏っているのを見て、私はあることを思い出しました。
国王陛下の瞳の色です。
陛下の瞳の色は、ラベンダー色でした。
王妃殿下は、最後にラベンダー色の服を着たのは十六年前だとおっしゃっていました。
十六年前といえば、ベナット様が側室が托卵でできた子だと判明した頃です。
黒は上品で大人な魅力を引き出す色でもあります。同時に喪服をイメージさせる色です。
王妃殿下が十六年前からずっと、喪服をイメージした黒いドレスを纏っていたとしたら……?
彼女の心は、べナット様を王子として育てると決めたあの時に、死んでいたのかもしれません。
それからの彼女はきっと、サルガル王国の血をグレイシア王国の世継ぎに混ぜることを目的に生きるだけの、亡霊だったのでしょう。
王妃殿下は、十六年前まで国王陛下の瞳の色のラベンダー色のドレスを纏っていた。
陛下は、何色の服を纏っていたでしょうか?
当時のことはわかりませんが、私が知っている陛下は、いつも緑色の服を纏っていました。
王妃殿下の髪と瞳の色は金色。
国王陛下は、誰の色を纏っているのでしょうか?
会議室でべナット様の母親の瞳の色が「翡翠色」だと、陛下がおっしゃっていました。
王宮には、緑色のカーテンや絨毯が多く使われています。
会議室のカーテンと絨毯も緑色でした。
王妃殿下は側室の瞳の色の服を纏った夫とともに、側室の瞳の色のカーテンや絨毯やソファーが数多くある王宮で、ずっと暮らしてきたのですね。
私が同じことをされたら、耐えられる自信がありません。
それでも王妃殿下は、陛下のことが嫌いになれなかった。
彼女は、普段は漆黒のドレスを纏いながら、陛下の瞳の色のラベンダー色のドレスをクローゼットの奥に隠していた……。
胸がギュッと掴まれたように苦しくなりました。
王妃殿下の生き方に共感はできません。
彼女の犯した罪を許すことはできません。
ですが、彼女の生き方が悲しすぎて……胸が痛くなりました。
◇◇◇◇◇
王妃殿下は、貴族牢に連れて行かれる時も、王妃の威厳を放ちながら、優雅に歩いていました。
彼女とすれ違った人々は、彼女が罪人には見えなかったことでしょう。
こうして……多くの人の心に深い傷を残し、全ての事件の幕は閉じたのです。
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