81話「道具の処分」
「私の目的を達成するためには、べナットとアリーゼの婚約が破棄されるのが第一条件。
だけどべナットがアリーゼにどれほど酷い態度を取ろうと、国王は二人の婚約を破棄しない」
陛下は、べナット様を死に追いやることはしないでしょう。
「だから私は考えたの。
二人を確実に婚約破棄させる方法を」
王妃殿下に冷徹な目で見られ、背筋がゾクリとしました。
「まずは手始めに、アリーゼが学園に通っている三年間、王妃教育を詰め込んだわ。
アリーゼに余計なことを教える人間が現れないように、あなたを一人クラスにした。
それだけでは不安だったから、護衛を付けて完全にあなたを隔離した」
私が学園に通っている三年間、王子妃教育が詰め込まれた本当の理由はこれだったのですね。
私が、一人クラスだった本当の理由も、ようやく分かりました。
「陛下は、ベナットとアリーゼをなるべく早く結婚させたがっていた。
私が『二人の結婚を早めるために、アリーゼに王妃教育を詰め込みましょう』と提案したら、賛成することはわかりきっていた」
私の三年間は、彼らの手のひらの中だったようです。
「陛下は、あなたの体調のことも、あなたの学園生活も、そこで育まれる友情も、どうでも良かったみたい。
陛下にとってあなたは、べナットを生かすための道具でしかなかったのよ」
彼女は憐れむような目で私を見ました。
陛下にとって私は道具でしかない……。
薄々感づいてはいましたが、はっきり言われるとショックです。
「でもそれだけでは足りなかった。
確実に婚約破棄させる為に、べナットにハニートラップを仕掛けたわ。
レニと言ったかしら?
彼女はよくやってくれたわ」
王妃殿下が蔑むような表情で、クスリと笑いました。
ベナット様がレニ・ミュルベ元男爵令嬢と恋に落ちたのは、王妃殿下によって偶然ではなく仕組まれたものだったのですね。
「野心家の少女を見つけ、その子にベナットの好みのタイプや、好きな食べ物、好きなお芝居の演目、女の子にして欲しい仕草、女の子に着て欲しい服、全部教えてあげたわ。
べナットは私が仕組んだことだとは知らずに、レニに夢中になったわ。
それが自らの破滅を招くとは知らずにね」
王妃殿下はそう言って目を細め、唇を歪ませ、口角を上げました。
王妃殿下はべナット様が破滅することを、心の底から望んでいたようです。
王妃殿下は二歳のべナット様のことは、生かそうとした。
でもそれは、王族の身分を捨て、別人として生きるならと言う条件付きでした。
王妃殿下は、王族の血を引かないべナット様が、王子として生きることが、許せなかったようです。
「野心家の男爵令嬢は、私の言うことをよく聞いてくれたわ。
王子妃になりたいなら、大勢の前でアリーゼを断罪し、彼女の名誉を貶めなさい。
べナットに卒業パーティで『アリーゼとの婚約を破棄する!』と言わせなさいと教えたら、その通りに動いてくれたわ」
王妃殿下は唇を歪ませ、ククッと笑いました。
王妃殿下の策略にはまり、ベナット様とレニ・ミュルベ元男爵令嬢は、卒業パーティーでの婚約破棄を決行したのですね。
彼らには負の感情しかありませんでしたが、少し同情します。
王妃殿下の手のひらの上で踊らされ、自ら破滅に向かって進んでいたなんて……。
「私も直接見たかったわ。
思い上がった二人が、卒業パーティで破滅するところを。
べナットの婚約者気取りの男爵令嬢と、王族の血を引いてないことも知らず、命綱のアリーゼに婚約破棄を突きつける、愚かで間抜けなべナットの姿をね。
さぞ見ものだったでしょうね」
王妃殿下はそう言って、声を上げて笑いました。
彼女は、私がべナット様の婚約者だったとき、私の話を親身になって聞いてくれました。
ベナット様と婚約破棄された後、会議室でお会いした時も、泣きながら謝罪してくれました。
それが全部演技だったなんて……。
「王妃殿下、お聞きしたいことがあります」
私は、王妃殿下に聞いておきたいことがありました。
「なぁに、アリーゼ?」
「卒業パーティーの翌日、レニ・ミュルベ元男爵令嬢の屋敷が火事になり、彼女も彼女の家族も屋敷に仕えていた使用人も皆焼死しました」
ミュルベ元男爵令嬢が死んだと聞かされた時から、ずっと引っかかっていたのです。
ミュルベ元男爵令嬢とは、卒業パーティーでお会いしただけです。
ですが、私には彼女が罪を悔いて自殺するようなタイプの人間には見えませんでした。
もしかしたら、彼女の両親は、彼女と違って良識のある方だったのかもしれません。
娘がしたことの責任をとって、ミュルベ元男爵令嬢を巻き込んで自殺したという可能性は考えられます。
仮にそうだとしても、使用人まで巻き込み屋敷に火をつけるのは、やりすぎだと思ったのです。
「王妃殿下は、レニ・ミュルベ元男爵令嬢の死に関わっているのですか?」
私は王妃殿下を真っ直ぐに見つめ、問いかけました。
彼女は私の問いに口元を緩めました。
「あなたは、用が済んだ道具はどうする?
危険な道具や、必要なくなった道具はどうする?
処分するでしょう?
それと同じよ。
私はレニという少女が用済みになったから、処分しただけよ」
王妃殿下はそう堂々と言い切りました。
罪の意識を感じているようには見えませんでした。
亡き王太后殿下にとっても、王妃殿下にとっても、下位貴族というのは、王家のために動く道具でしかないようです。
「レニ・ミュルべは多くを知りすぎていた。
だから殺したのよ」
「彼女のご家族や使用人を巻き込んでですか?」
「レニが家族や使用人に、私のことを話していた可能性があるわ。
日記などに、私との関係を書き示した可能性も捨てきれない。
だから屋敷に火をつけて、証拠を全部燃やしたの。
ついでに、秘密を知っている可能性のある彼女の家族や使用人も殺したのよ」
情報漏洩を防ぐためにそこまでするなんて……。
ミュルベ元男爵令嬢のことはよく知りませんが、彼女に少し同情します。
利用されて、用が済んだら屋敷に火をつけられて、家族や使用人ごと殺されるなんてあんまりです。
「つまらないことを話して、時間を取られてしまったわね」
王妃殿下にとって、ミュルベ元男爵令嬢の死は「つまらないこと」だったようです。
温度のない声でそう話す王妃殿下を見て、私は背筋がゾクリとしました。
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