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80話「蓄積された怒り」





「側室は王室を欺き、幼馴染の男爵令息と通じていた……!

 それだけならまだ良かったわ……!

 私はその時、まだ王室も陛下を信じていたから……!」


彼女は鋭い目つきで床を見つめ、唇を噛みしめていました。


「側室の実家であるムーレ子爵家は取り潰し、子爵夫妻は死罪。

 ベナットは病死とし、どこかの家に養子に出される……。

 それが、罪人に当然くだされるべき罰だとそう思っていたわ……!」


王妃殿下は顔を歪め奥歯を噛みしめていました。


彼女がドレスを強く握ったので、スカートに皺ができていました。


「だけどそうはならなかった……!」


王妃殿下は、苦しそうに言葉を紡ぎました。


「あなたたちも知っているでしょう?

 べナットはそのまま王子として育てられた。

 王家の血を引くルミナリア公爵家のアリーゼとべナットを婚約させ、

 アリーゼとベナットの子供を王太孫とする。

 王子の母親の実家が取り潰されたのでは、

 世間体が悪いからと言ってムーレ子爵家はお咎めなし……!」


彼女は眉間に皺を寄せ、額に青筋を浮かべ、唇を歪めながらそう話しました。


そこには、普段の穏やかな王妃殿下の面影はありません。


「私は側室が托卵した子供を育てるために、この国に嫁いできたわけではないのよ……!!」


王妃殿下がローテーブルを叩くと、紅茶のカップがガシャリと音を立て揺れました。


きっと、今まで溜まっていた感情が爆発したのでしょう。


王妃殿下は、淑女の鏡と称されるほど身だしなみやマナーが完璧でした。


洗練された大人の女性で、貴族令嬢の目標でしたから。


そんな彼女がテーブルを思い切り叩く姿など、昨日までの私なら、想像すらできませんでした。


淑女の鏡である王妃殿下が、ここまで感情を顕にするなど……。


彼女は、よほど激しい怒りを内に秘めていたのですね。


「私はあの時、側室の実家のムーレ子爵家は取り潰したかったけど、ベナットを殺す気はなかったのよ。

 後世に遺恨を残さないためには、べナットを殺害するのが一番だった。

 でも親が不貞を働こうとも、生まれてきた子には罪はないわ。

 べナットはまだ二歳だったし、養子に出されても、王族として過ごしたことは覚えていないでしょう。

 だから私はべナットを病死したことにして、異国の貴族か裕福な商人の家に、養子として出そうと思っていたのよ」


王妃殿下は、いくらか穏やかさを取り戻していました。


側室が不貞を働いた末に生まれた子など、受け入れ難かったと思います。


それでも彼女は、幼いべナット様の命を奪おうとはしなかった。


彼を養子に出すことで、生かそうとしていた。


王妃殿下のおっしゃるように、べナット様は、他国に養子に出すのが一番良かったのかもしれません。


べナット様を王族の血を引く私と結婚させ、その子供を王太孫にするなど歪です。


「側室の托卵が判明したとき、陛下はべナットの行く末をラファエルに委ねた。

 あなたは当時十歳で、重大な判断をできる年ではなかった」


私は隣に座る王弟殿下の顔を見ました。


彼は表情を顔に出さず、ただ王妃殿下を見つめていました。 


べナット様を生かす選択をしたのは、当時十歳だった王弟殿下です。


心中穏やかではないでしょう。


「陛下はあなたに二択を迫ったので

はなくて?

 あなたにナイフを渡して、べナットを殺すか? 生かすか? 

 どちらかに決めろとそう迫ったのではなくて?」


王妃殿下は目を細め、冷たい目つきでそう尋ねました。


「生かすか、殺すかの二択を迫られたら、優しいあなたはベナットを殺せない。

 当時のあなたは、幼いべナットをとても可愛がっていたものね。

 陛下は本当にずるい人。

 べナットを養子に出すという第三の選択をラファエルに教えないまま、ラファエルに重大な選択を迫ったのだから。

 そうすることで、自分の要求を通し、責任からも、罪悪感からも逃げてしまったのだから……」


王妃殿下は、冷たい目をしていました。


それが王弟殿下に向けたられたものなのか、ここにはいない陛下に向けられたものなのか、私にはわかりません。


王弟殿下は暗い表情で、王妃殿下の話を聞いていました。


本当は、このような苦しみを王弟殿下が背負うことはないのです。


国王陛下が背負うべき責任なのです。


陛下が王弟殿下に判断を委ねたことで、王弟殿下は罪悪感を背負い、長年苦しむことになりました。


国王陛下が正しい判断をくださなかったことで、王妃殿下が絶望し、彼女の心は壊れてしまった。


側室の托卵が明らかになったとき、陛下が正しい判断を下していれば、二人がこれほどまでに苦しむことはなかったのです。


「話が逸れてしまったわね。

 ベナットが王子として生かされると知った時、私はこの国に嫁いできた目的を思い出したの」


王妃殿下はそこで言葉を区切り、目を伏せました。


「私の目的はサルガル王家の血を引く子を、グレイシア王家の世継ぎにすること……!」


そう言って顔を上げた王妃殿下は、吹っ切れた顔をしていました。


「私はべナットを失脚させるために、彼を愚かで怠け者のバカ王子に育てると決めたわ。

 でもその必要はなかった。

 べナットは何もしなくても、私の望み通りに育ってくれた。

 所詮は子爵令嬢と男爵令息の子、王家の器ではなかったのよ」


王妃殿下は口元に手を当て、冷たく笑いました。


「べナットはアリーゼを邪険に扱っていた。

 自分が誰に生かされているかも知らず、命の恩人を粗末に扱うなんて愚かよね。

 王家の血が一滴も流れていないのに、王族気取りで公爵令嬢を見下すべナットの姿は滑稽だったわ」

 

王妃殿下は、見下すような目つきでそう言いました。


「べナットがそんな態度だから、二人の婚約はすぐに破棄されると思っていたわ。

 だけど、アリーゼとの婚約が破棄されたら、ベナットは死ぬしかない。

 アリーゼとの婚約は、べナットの命綱だった。

 それがわかっているから、国王は二人の婚約を破棄しなかった」


ベナット様がダメな人間に育っても、国王陛下は彼を見捨てようとしませんでした。


陛下は、ベナット様が自分の子ではないとわかっているのに……それでも彼を庇おうとした。


実の息子ではないべナット様に、どうしてそんなに、愛情を注げるのでしょう?


二年間、我が子として育てた情があるからでしょうか?


これは私の推測ですが、陛下はきっと亡き側妃様を深く愛していたのだと思います。


だから側妃様の息子であるべナット様のことも、愛している。


裏切られ、托卵され、それでもその人を忘れられない……。


国王陛下にそれほど愛された側妃様とは、一体どのような方だったのでしょうか……?


もしかしたら側妃様は、レニ・ミュルベ男爵令嬢のように、王族や高位貴族にはいないタイプの、天真爛漫な女性だったのかもしれません。




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