75話「解毒剤」
「猫の姿でも飲めるように、解毒剤は液体にしたんだ。
ロザリン、皿を用意してくれる?
アリーゼ嬢に解毒剤を飲ませたい」
殿下に命じられたロザリンが、スープ用の皿を用意しました。
ロザリンがテーブルの上に皿を置くと、殿下が皿に解毒剤を注ぎました。
「アリーゼ嬢、安全は僕が保証するから、怖がらないで飲んで」
殿下は私を安心させるように、優しい声でそう言いました。
私はテーブルの上に飛び乗りました。
青々とした液体が、皿の中で波打っています。
いざ飲むとなるとなかなか勇気のいる色です。
私が液体に口をつけようとした時……。
「お待ちください!
人間の姿に戻ったとき、お嬢様は服はどうなるのでしょうか?
服を着ていなかったら困りますよね?」
ロザリンに言われてハッとしました。
忘れていました!
猫の姿になる時、私が着ていた服は床に落ちていました!
きっと、人間の姿に戻ったら私は何も身につけていません……!
あのまま薬を飲んでいたら、大変なことになるところでした!
ロザリン、気がついてくれてありがとう!
私は心の中でロザリンに手を合わせました。
「そうだね。
わかった。
ならゼアンには席を外させるよ」
王弟殿下が真顔でおっしゃいました。
えっと、出来れば殿下にも外にいてほしいのですが……。
「殿下、相手は公爵家のご令嬢です。
殿下はルミナリア公爵令嬢の恋人でも、婚約者でも、伴侶でもございません。
殿下も外に出るのが筋かと存じます」
ゼアンさんはジト目で殿下に進言しました。
「僕は解毒剤の開発者として、何かあったとき対応したいから、ここに残るよ」
殿下はここに残るおつもりのようです。
彼にここにいられると困ります。
解毒剤が飲めません。
「そんなことしたら、ルミナリア公爵に殺されますよ!
男は退席しますよ!
ロザリン嬢、あとは任せましたよ!」
ゼアンさんはそう言って、王弟殿下を外へ連れ出してくれました。
ロザリンが服のことに気づいてくれてよかった。
殿下の前で醜態を晒すところでした。
王弟殿下のことはお慕いしております。
で、でもそれと……う、生まれたままの姿を見られるのは別の話です……!
お二人が外に出たのを確認し、ロザリンが内側から鍵をかけました。
「お嬢様、これで安心して薬が飲めますね」
解毒剤から酸っぱい匂いがします。
美味しくなさそうです。
ですが殿下が三日もかけて開発してくださった薬です。
飲まないと元の姿には戻れません。ありがたく頂戴しましょう!
私は恐る恐る、薬に口を付けました。
苦くて酸っぱくて変な味がしました……。
良薬は口に苦しといいます。
私は何とか薬を飲み干しました。
気持ち悪いです……。
頭がぐらぐらして、目が回ります。
ふらふらしていたら床に落ちていました。
しかしそこは猫、ふらふらしていても、ちゃんと着地していました。
「お嬢様、体が……!!」
ロザリンに言われ、私の体が光を放っていることに気が付きました。
体中が熱いです……!
体を四方から引っ張られ、無理やり伸ばされてるような、不思議な感覚に襲われました。
あまりの苦しさに、床に伏せ、目をつぶりました。
しばらく、そのような気持ちの悪い感覚が続きました。
どのくらい経ったでしょう……?
めまいが治まったので目を開けると、視点の高さが変わっていました。
ロザリンが目を見開いて、口元を手で押さえ、こちらを見ています。
彼女は目に涙を浮かべていました。
「ロザリン、私、いま……どんな姿をしているかしら?」
声を出した後、ちゃんと喋れていることに驚きました。
「お嬢様、安心してください!
きちんと人間の姿に戻れています!」
彼女はそう言って、私にシーツをかけてくれました。
「ロザリン、心配かけてごめんなさい」
「お嬢様、何をおっしゃるのですか!
こうなったのはお嬢様のせいではありません!」
ロザリンは涙声でそう言いました。
「さぁ、お召し替えをいたしましょう。
王弟殿下もゼアン様も、人間の姿に戻ったお嬢様を見たいはずです。
お二人を安心させてあげましょう」
ロザリンはそう言って、クローゼットに向かいました。
「お嬢様が人間の姿に戻った時のために、屋敷からドレスなど身の回りの物を持ってきております」
私はロザリンの心遣いに感謝しました。
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