71話「自白剤」王弟視点
――王弟・ラファエル視点――
「その前に、僕からの贈り物を受け取っていただけますか?」
僕はゼアンに持たせていた、菓子の入った箱を持って来させた。
箱は桃色で、赤いリボンを結んである。
箱の中には、僕の特製チョコレートが入っている。
「あなたのことを想い、手作りしました。
パティシエのように上手くはできませんでしたが、僕の気持ちです。
召し上がっていただけますか?」
作り笑いを浮かべ、イリナ王女にチョコレートの入った箱を差し出す。
「もちろんですわ!
ラファエル様の手作りのお菓子をいただけるなんて、光栄ですわ〜〜!」
イリナ王女は喜色満面で、箱を受け取りリボンを外した。
「まあ!
美味しそうなチョコレート〜〜!」
昨日、ゼアンに集めさせた材料を使い、ある薬を作った。
薬の匂いと味をごまかすために、チョコレートの中に混ぜた。
僕の手作りだと言えば、味が多少おかしくても、イリナ王女なら食べてくれるだろう。
そのために侍女には席を外させた。
主がおかしな味の物を食べていたら、大概の召使いは止めるからだ。
「見た目が不揃いでお恥ずかしい。
ですが味は保証します。
どうぞ召し上がってください」
僕はニコリと笑い、イリナ王女にチョコレートを勧めた。
「では、遠慮なくいただきますわ〜〜!」
彼女はチョコレートを一つつまむと、口の中に放り込んだ。
イリナ王女がチョコレートを吐き出そうとしたら、その時は、彼女の口を手で押さえてでも飲み込ませるつもりだ。
「これはちょっと……独創的な、味ですわね……」
イリナ王女は眉間に皺を寄せ、顔をしかめた。
チョコレートでも薬の味は誤魔化せなかったようだ。
彼女の口と鼻を塞いで、無理やり飲み込ませなくてはいけないだろうか?
だが僕の心配をよそに、イリナ王女はチョコレートを吐き出すことなく呑み込んだ。
チョコレートを呑み込んだ彼女は、ティーカップを手に取りお茶をガブ飲みした。
「召し上がっていただけて光栄です」
僕は彼女の顔を見て、スッと目を細めた。
「いかがでしたか?
自白剤入りのチョコレートの味は……?」
「えっ? 自白剤……?」
イリナ王女がきょとんとした顔でこちらを見ている。
今さら警戒しても遅いよ。
僕は作り笑いをやめ、冷たい目つきで彼女を睨んだ。
僕に睨まれ、イリナ王女はビクリと肩を震わせていた。
「昨日あなたは、王妃殿下の侍女を買収し、アリーゼ・ルミナリア公爵令嬢をこの部屋に呼び出し、猫になる薬の入ったお茶を飲ませ、彼女を猫の姿にしましたね?」
僕は冷酷な声で、イリナ王女を尋問した。
「はい、そのとおりですわ」
自白剤の出来は完璧のようで、イリナ王女はあっさりと罪を認めた。
「わ、私ったら何を……!」
イリナ王女は自分の口を手で塞いだ。
彼女は動揺しているようで、目を大きく開き、体を震わせていた。
「あなたは猫になったアリーゼ嬢を地下に閉じ込めようとした。
その時、アリーゼ嬢の抵抗に遭い頬に傷を負った。
猫になったアリーゼ嬢が逃げ出したので、この国の兵士を使って探させた。
間違いありませんね?」
僕は、凍てつくような視線でイリナ王女を睨みつけた。
「はい。
ラファエル様がおっしゃる通りですわ……!
私ったら、何で……こんなことを……!」
彼女は真っ青な顔で、瞳に涙を浮かべていた。
イリナ王女はアリーゼ嬢の命を狙った。泣いても許してやるつもりはない。
「イリナ王女、あなたは猫になったアリーゼ嬢が兵士に殺されたと知ったとき、大層喜んでいましたね?
あなたにはアリーゼ嬢を殺害する明白な意思があった?
間違いありませんね?」
殺意の有無は明確にしておかなくてはいけない。
傷害罪と、殺人未遂罪では罪の大きさが大きく違ってくる。
「はい。
私はアリーゼ・ルミナリア公爵令嬢が、邪魔で邪魔で仕方ありませんでした。
彼女は死んでもいいと思っていました。
私にアリーゼ様に対する殺意があったかといえば、イエスと答えますわ」
そう答えたあと、イリナ王女は自分の口を手で覆った。
彼女は青を通り越して紫の顔をしていた。
これで、イリナ王女にアリーゼ嬢を殺害する意思があったことが明確になった。
「イリナ王女、あなたがグレイシア王家の血を引くルミナリア公爵家の令嬢を、殺意を持って傷つけたことは明白です。
そこにいるゼアンが証人です。
言い逃れすることはできませんよ!」
僕は厳しい表情で、彼女を睨めつけた。
「俺は、この耳でイリナ王女が自白するのをはっきり聞きました」
ゼアンがイリナ王女を見据えこう証言した。
「今すぐ、アリーゼ嬢を猫の姿にした薬と、薬のレシピと、解毒剤を出してください。
すんなり渡した方が身のためですよ。
あなたは罪人だ。
こちらは、あなたを拘束し、兵士を使って部屋の中をくまなく捜索してもよいのですから」
僕が脅すと、イリナ王女が「ヒッ……!」と小さく悲鳴を上げた。
「薬がどこにあるか、わからないんです……!
本当です……!
薬は侍女が用意したものを使いました……!
だから、解毒剤があるかどうかもわからないんです……!」
イリナ王女の目からボロボロと涙が溢れていた。
自白剤を飲ませた上での証言だ。
彼女の言葉に嘘はないだろう。
どこの誰が作ったかもわからない、解毒剤があるかどうかもわからない、そんな危険な薬をアリーゼ嬢に飲ませたなんて……!
その薬を飲んで、アリーゼ嬢が死んでいたらどうするつもりだったんだ……!
イリナ王女に対して、怒りがふつふつと湧いてきた!
裁判にかけず、今すぐ殺してやりたい!
多分、僕はいま人を殺すんじゃないかというほど怖い顔をしている。
だが、今はそれよりも解毒剤を手に入れるのが先だ。
「ゼアン、王女付きの侍女を拘束し、ここに連れてこい!
王女がアリーゼ嬢に無体を働いたことを自白した今、侍女は共犯者だ!
抵抗するなら暴力を振るっても構わない!
引きずっててでも連れてこい!!
自白剤を飲ませ、薬の在り処を吐かせてやる!!」
イリナ王女の証言により、侍女達が共謀していたことが判明した。
侍女達は罪人だ。多少手荒なことをしてもかまわない。
「承知いたしました」
ゼアンが俊敏な動きで、部屋を出て行った。
しばらくして、ゼアンがイリナ王女付きの侍女を二人連れてきた。
二人の侍女は、ロープで体を縛られている。
「私達はサルガル王国の第一王女、イリナ様付きの侍女よ! こんなことしてただで済むと思っているの!?」
「イリナ王女、助けてください!」
侍女達がギャーギャーと喚いている。
「観念しろ!
イリナ王女が全ての罪を自白した!
お前達が王女に力を貸したことも明らかになっている!
お前達はすでに罪人だ!
今までのような特別待遇が受けられると思うな!!」
イリナ王女が罪を認めたことを知ると、侍女達は顔を真っ青にし、大人しくなった。
「侍女達に自白剤入りのチョコレートを食べさせろ!」
「承知いたしました!」
ゼアンは彼女達の鼻をつまみ、口に自白剤入りのチョコレートを放り込んだ。
ゼアンは、侍女がチョコレートを吐き出さないように、チョコレートを呑み込むまで、彼女たちの口を手で押さえていた。
彼女達がチョコレートを呑み込んだのを確認し、ゼアンは手を離した。
「猫になる薬をイリナ王女に渡したのはどっちだ?
薬と、薬のレシピと、薬の解毒剤はどこにある?」
侍女たちをひざまずかせ、そう尋問した。
「猫になる薬を用意したのは私でございます」
一人の侍女が口を開いた。
「そうか、では今その薬はどこにある?
誰が何の目的で作った?
薬について知っていることを洗いざらい話せ」
まさかとは思うが、サルガル王国を上げて、人を動物に変える薬を作っていたんじゃないよな?
「いとこがサルガル王国の魔導師団に所属しております。
彼は少し風変わりなところがあり、無類の猫好きで、猫になって彼らと一緒に暮らしたいと話しておりました」
どうやら国を上げて作っていた訳ではないようだ。
「君はどうやって薬を手に入れた?」
「ある日、いとこの研究室にお弁当を届けに行くと、彼の姿はなく、代わりに一匹の猫がいました。
猫になる薬が完成したのだと思い、薬と薬のレシピを持ち出しました」
その研究員は、猫になる薬を自分の体で試したのか?
「君が薬を持ち出した目的はなんだ?」
猫になったいとこを助けよう……とか、そういう考えではなさそうだが。
「イリナ王女に薬の情報を教えたら、ご褒美を貰えると思ったんです。
イリナ王女は、そういう面白そうな薬が大好きでしたから。
王女が間違って使用しないように、薬は私が保管していました」
侍女が薬を盗み出した目的は、私利私欲だったようだ。
「それで、薬と薬のレシピは今どこにある?
解毒剤もあるのか?」
解毒剤があるなら、侍女のいとこは人間に戻っているだろう。
「猫になる薬と、薬のレシピは私の部屋にあります。
解毒剤については何も知りません」
自白剤を飲ませた上での証言なので、嘘はついていない。
侍女は、他人が開発した解毒剤もない薬を盗み出し、アリーゼ嬢に飲ませた。
侍女の罪は重い!
死罪でも足りないくらいだ!
僕は、侍女を無理やり立たせ、彼女の部屋に連れて行った。
そして猫になる薬と、薬のレシピを手に入れた。
二人の侍女は、地下牢に放り込んで、余罪を追求することにした。
イリナ王女は、腐っても他国の王族なので、貴族牢に幽閉するに留めた。
解毒剤が手に入らなかったのは残念だが、猫になる薬とそのレシピが手に入った。
猫になった薬と、薬のレシピがあれば、その成分をもとに解毒剤を作ることができる。
少し時間がかかるかもしれないが、アリーゼ嬢を人間に戻すことができる。
アリーゼ嬢を人間に戻す手がかりを得られて、僕は少しほっとしていた。
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