69話「隠し部屋と秘密の薬」王弟視点
――王弟・ラファエル視点――
その時、ゼアンが血相を変えて部屋に入ってきた。
彼にはアリーゼ嬢が見つかったことを伝えていなかった。
僕はアリーゼ嬢が猫になったことは伏せ、彼女を保護したことを伝えた。
ゼアンに、ルミナリア公爵にもそのことを伝えるように指示した。
ルミナリア公爵は、アリーゼ嬢を大切にしているから、失踪したと知って、さぞ心配しているだろう。
ゼアンは、ロザリンにも伝えたそうにしていたが、今の段階ではメイドにまで教えることはできなかった。
イリナ王女には、アリーゼ嬢が失踪したままだと思わせておいた方が都合がよい。
それと同時に、アリーゼ嬢が元の姿に戻ったとき、不名誉な噂が流れない為には、大規模な捜索は避けたい。
ルミナリア公爵は娘を溺愛している。彼女の身に何かあったとすれば、どのような行動をとるか予想がつかない。
そのような事態を避けるために、ルミナリア公爵にだけは、アリーゼ嬢を保護したことを秘密裏に伝えておいた。
それからゼアンに、薬の材料を集め、秘密裏に持ってくるように伝えた。
イリナ王女との対決に必要なものだ。
ゼアンは薬を何に使うのか訝しんでいたが、一時間ほどで全ての材料を集め、部屋に持ってきてくれた。
彼は口ではいろいろ言うが、優秀なので助かる。
僕はアリーゼ嬢に先に休むように伝え、隠し部屋に入った。
隠し部屋は、秘密の研究室になっている。
そこで、ある薬を調合しお菓子に混ぜ込んだ。
この薬があれば、あの非常識極まりない猛毒のようなイリナ王女を、痛い目に遭わせることができる。
上手く行けば、アリーゼ嬢を人間の姿に戻す解毒剤を手に入れることが可能だ。
薬が完成したのは夜中だった。
一刻も早く、この薬をイリナ王女に飲ませたい。
しかしこんな夜更けに、他国の王女を訪ねるわけにはいかない。
変な噂など流されたら、災難だからな。
イリナ王女を問い詰めたい気持ちを抑え、僕は隠し部屋を出た。
ベッドには猫の姿になったアリーゼ嬢がいて、眠そうな仕草をしながら、僕を待っていてくれた。
愛しい人が自分のベッドにいる……それだけで、幸福な気持ちになれた。
こんな状況だが、嬉しさが込み上げてきた。
アリーゼ嬢は、僕と一緒のベッドで眠ることに抵抗があるようで、ベッドの周りをうろうろとし始めた。
僕は小さな子供をあやすように、ネズミの話をして、彼女にベッドで眠るように言った。
彼女もネズミが怖いのか、僕のベッドで眠ることに納得してくれた。
猫の姿とはいえ、アリーゼ嬢と同じ布団で寝ていると考えると、少し緊張した。
僕は、今日あった出来事を彼女に話した。
アリーゼ嬢を守れなかったことを謝罪すると、彼女は気にしないでというかのように、僕の額を舐めた。
彼女の大胆な行動に心臓がドクンと音を立てた。
相手は猫……! と自分に言い聞かせて僕は瞳を閉じた。
隣からアリーゼ嬢の甘い香水の香りがして、なかなか眠ることができなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝目が覚めると、猫の姿のアリーゼ嬢がすやすやと寝息を立てていた。
昨日のことは夢ではなかったのだな……とまだはっきりしない頭で思う。
体を小さく丸めて眠りにつく彼女は、とても愛らしかった。
僕は身支度を終えると、メイドに朝食の用意を持ってくるように頼んだ。
食事には味付けをしないように指示を出した。
代わりにドレッシングや、ソースを持ってくるように言いつけた。
猫用の料理を頼んだようには思われないだろう。
朝食の載ったワゴンを部屋の外で受け取り、侍女を下がらせた。
テーブルに食事をセッティングした。
その後研究室に入り、昨夜作った薬を混ぜ込んだ菓子を箱に詰め、リボンを結んだ。
初めて作った菓子を贈る相手がイリナ王女だと思うと気が滅入る……。
いっそのこと、この菓子に毒薬でも混ぜてやろうか?
そんな黒い気持ちがふつふつ湧き上がってくる。
部屋に戻ると、アリーゼ嬢がベッドで背伸びをしていた。
前足を伸ばしている姿がキュートだった。
アリーゼ嬢の可愛さに、キュン死するところだった……!
彼女は本当に猫になっても可愛いらしい。
猫の姿のアリーゼ嬢を、もう少し観察していたい気もする。
猫になったアリーゼ嬢となら、誰に気がねすることなく、一日中一緒にいられる。
しかし、人間の姿のアリーゼ嬢に愛を囁きたいし、彼女の小鳥のさえずりような美しい声も聞きたい。
やはり、一日も早くアリーゼ嬢を元の姿に戻さなくては……!
そのためには、イリナ王女に会って解毒剤を手に入れる必要がある。
そのために、昨日この薬入りの菓子を作ったんだ。
アリーゼ嬢は、菓子の入った箱に興味があるようだ。
この箱に入っている菓子は、危険だから触れては駄目だよ。
僕は菓子の箱を、アリーゼ嬢の手の届かないところに置いた。
◇◇◇◇◇
アリーゼ嬢を抱っこして、ソファーに連れて行った。
朝食を見せると、アリーゼ嬢はローテーブルの上に飛び乗った。
彼女は、お皿に口をつけミルクをペロペロと飲んでいた。
昨日も思ったのだが、猫になった彼女が食事をする仕草が可愛すぎる!
ずっと眺めていられる!
綺麗にご飯を食べる彼女を見て、猫になっても上品なのは変わらないのだなと感心した。
◇◇◇◇◇
アリーゼ嬢と一日部屋で過ごしたいという欲望を抑え、彼女にこの部屋でおとなしくしているように伝え、僕は部屋を出た。
僕の扉の前には護衛を二人付けている。
彼らには僕が戻るまで絶対に扉を開けないように指示をした。
部屋の中にいるのは猫だ。扉を開けた隙に飛び出してしまう可能性がある。
アリーゼが部屋から出なければ、危ない目に遭うことはないだろう。
彼女は、昨日兵士に追いかけられ怖い思いをしている。
不用意に外に出ることはないだろう。
しかし、念には念を入れておきたい。
◇◇◇◇◇
僕が目的の部屋に着くと、ゼアンは既に来ていた。
人払いをし、ゼアンに今日の作戦を説明した。
僕の部屋で作戦会議をしてもいいのだが、部屋にはアリーゼ嬢がいる。
物騒な話をしたら、彼女を怖がらせてしまう。
と言うのは建前で、猫の姿になった無防備なアリーゼ嬢を、他の男には見たくなかった。
だが、大切な話を廊下などでするわけにはいかない。
そんなわけで、ゼアンとは別室で待ち合わせたのだ。
僕はゼアンに昨日起きたことと、今日の作戦を伝えた。
ゼアンは始め、人が猫になるなど信じられない……と言いたげな顔をしていた。
しかし、昨日僕の部屋に猫がいたことを思い出してからは、急に僕の話を信じた。
「王弟殿下が猫を見る時の目は、アリーゼ嬢を見つめる時と同じでした。
人が猫になることもあるんですね」
彼はそう言って一人で納得していた。
僕はどんな目で、猫になったアリーゼ嬢を見ていたのだろうか?
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