67話「甘い匂いのする箱」
窓から太陽の光が差し込み、私は目を覚ましました。
見慣れないベッド、見慣れない部屋、異様に高い天井……もふもふした尻尾……。
そうでした……。
昨日、私はイリナ王女に猫になる薬を飲まされたのです。
宮殿内の森を逃げ回っていたところを、王弟殿下に保護されたのです。
殿下に本を使って正体を伝えることができました。
昨日は、殿下と一緒の布団で添い寝を……!
非常時とはいえ、結婚前の男女が一つのベッドに寝るなど淑女にはあるまじき行為……!
冷静になると、とてつもなく恥ずかしいです!
眠気と寒さで、どうかしていたとしか思えません……!
ベッドの中を見ると、殿下の姿はありませんでした。
ホッとしたような、とても残念なような不思議な気持ちに襲われました。
体がカチコチしていたので前足を前に出して、伸びるポーズをしました。
世間的に猫のポーズと言われている姿勢を、実際に猫になってやってみるというのも不思議な感覚です。
でも、とっても気持ちいいです!
猫は液体だと言われていますが、実際とても体が柔らかいようです。
「おはよう、アリーゼ嬢」
私が伸びをしていると、王弟殿下が隠し部屋から出て来ました。
彼は、もう身支度を終えているようです。
私は寝坊してしまったようです。
「猫になった君が、猫のポーズをしているところを見られるなんて……! 至福だ!!」
殿下はそう言ってふわりと笑いました。
彼の頬はほんのりと色付いていました。
私は伸びをしてるところを、殿下に見られ、気恥ずかしい気持ちになりました。
猫の姿になってから油断し過ぎです!
もっと行動には気を付けなくては……!
殿下の手には、甘い匂いがする箱が握られていました。
箱の色はピンクで、赤いリボンが結ばれていました。
猫の性なのか、ひらひらと揺れるものに飛びかかりたい衝動に襲われます。
箱からは、甘い匂いが漂ってきました。
私は殿下の手にしている箱の匂いをふんふんと嗅ぎました。
昨日、殿下の手からも同じ匂いがしました。
「この箱に興味があるの?
でもこれはダメだよ。
食べさせる相手が決まっているからね」
殿下は箱を私から遠ざけました。
箱を見つめる殿下の目は、とても冷たく鋭いものでした。
箱の中に、一体何が入っているのでしょうか?
「それより、お腹が空いただろう?
朝食の用意をしてあるよ」
殿下は私を抱っこして、ソファーに運びました。
応接用のローテーブルに目を向けると、朝食が並んでいました。
ロールパンと、ベーコンと、スクランブルエッグと、ミルクと、レタスと人参のサラダ。
美味しそうな料理を見ていたら、お腹が鳴ってしまいました。
「たくさん食べてね」
そんな私を見て、殿下はふふっと笑いました。
私はテーブルの上に乗り、ミルクをいただきました。
昨日も思ったのですが、お皿に口をつけて飲むのは不思議な感じです。
猫になっている間は、マナーのことは一旦忘れましょう。
スクランブルエッグとレタスのサラダもほんの少し頂きました。
「アリーゼ嬢は少食なんだね」
殿下は私の食べる姿を見て、目を細め口角を上げました。
猫の姿ではそんなに食べられません。
私が食事を終えると、殿下は真面目な顔で私を見ました。
「今からちょっと部屋を開けるね。
すぐ帰ってくるから安心して」
「にゃー」
殿下が部屋を開けるのは寂しいです。
ですが殿下にも、王弟としてのお仕事があります。
ずっとこの部屋にいることはできません。
彼が留守にすることに不安は残ります。
でも、わがまま言ってはいけませんよね。
「そんな寂しそうな目をしないで。
心配しないで。
ここにいれば安全だから」
殿下はそう言って、私の背中を撫でました。
殿下は、私の目を見るだけで私の気持ちがわかるようです。
「扉の前には護衛をつけるよ。
僕が戻るまで誰もこの部屋に入れない。
お転婆して、窓から飛び出しては駄目だよ」
私は、殿下にお転婆だと思われてるんでしょうか?
昨日、たくさん追いかけられて怖い目に合いました。
この姿で、不用意に外に出たりしません。
「にゃー」
了承の意味を込めて、私はにゃーと鳴きました。
「君は聞き分けがいいね」
殿下はふわりと笑い、私の頭をそっと撫でました。
「それじゃあ、行ってくるね」
殿下は私を抱っこすると、私の額にキスをしました。
心臓がドクンと音を立てます。
私がこの姿になってから、殿下はスキンシップが過多なのではないでしょうか?
距離感が近すぎます……!
私は平静を装い、王弟殿下が部屋を出て行くのを見送りました。
彼が扉を締めたあと、私は額を抑えソファーの上をゴロゴロと転がりました。
お、おでこにキスなんて初めてされました……!
羞恥心でどうにかなってしまいそうです……!
人間の姿に戻った時、どんな顔で殿下にお会いしたらいいのか分かりません……!!
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