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64話「王弟の新たな一面を知る」


「それにしても、イリナ王女がそのような強行手段に出るとはな……」


食事が終わり、メイドに食器を片付けさせると、元の話に戻りました。


「アリーゼ嬢は王家の血を引くルミナリア公爵家の長女で宰相の娘だ。

 アリーゼ嬢に危害を加え、そのことが露見したら国際問題になるとは考えなかったのだろうか?」


王弟殿下は眉根を寄せました。


「イリナ王女は思慮が浅いところがある。

 きっとそこまでは考えていないのだろうな……」


殿下は険しい表情でため息をつきました。


イリナ王女のことを話すとき、殿下はとても嫌そうな顔をします。


殿下が、イリナ王女を愛しているように思いません。


やはりイリナ王女が私に言った「ラファエル様と愛し合っている。私達は結婚の約束をしている」という話は嘘だったようです。


そのことが分かり、私は胸をなで下ろしました。


今は元の姿に戻ることを考えなくてはいけません。


それでも、やはり殿下に関することは気になってしまうのです。


「僕がサルガル王国の研究所にいた時、人を動物の姿に変える魔法薬の研究を行っている……という噂を小耳に挟んだことがある。

 あくまでも確証のない噂程度の話だった。

 まさか本当に、そんな研究を行っていて、薬が完成していると思わなかった」

 

王弟殿下はサルガル研究所にいらしたので、魔法や魔法薬に精通しているようです。


「アリーゼ嬢、安心して。

 僕が必ず、君を必ず元の姿に戻すから」


殿下はそう言って優しい手つきで私の背中をなでました。


彼の膝の上で、背中を撫でられるのは、とても心地がよいです。


元の姿に戻れる保証はどこにもありません。


でも、殿下に「安心した」と言われると不思議と心が落ち着きます。


その時、部屋が四回ノックされました。 


「王弟殿下、お時間宜しいでしょうか?

 火急の要件です」


ドアの外にいるのは、ゼアンさんのようです。


「少し待て」


殿下はそう言って、クローゼットからショールを取り出すと、私の体を包みました。


「猫の姿とは言え、僕以外の男が君の体を直接見るのは耐えられない」


彼は小声で囁きました。


そうでした……! 猫の姿といえ、私は今は……かなのです。


今までは怪我のこととか、正体を明かすこととか、私をこんな姿にした犯人とか、空腹とか、そちらに気が取られて忘れていました。


急に羞恥心がこみ上げてきました。


「入れ」


殿下がドアに向かって声をかけると、ゼアンさんが勢いよく入ってきました。


「お休みのところ失礼します!」


ゼアンさんの顔には汗が浮かび、不安と焦りを伴った厳しい表情をしています。


「殿下、大変です!

 王宮のどこにもルミナリア公爵令嬢の姿が見当たりません!

 家にも帰っていないようです!

 この際、全軍を上げてルミナリア公爵令嬢の大規模な捜索を行いましょう!」


ゼアンさんは今まで私の捜索にあたっていたようです。


そういえば、家族に猫の姿になった連絡をしていませんでした。


きっと、お父様もロザリンも心配しているでしょう。


必死に私を探してくれたゼアンさんにも悪いことをしました。


「ゼアン、少し落ち着け」


「落ち着いている場合ではありません……!

 殿下はルミナリア公爵令嬢のことが心配ではないのですか?」


「アリーゼ嬢のことは心配いらないないよ。

 彼女は内密に保護した。

 君に伝えるのが遅くなってしまった。

 すまない」


「ええっ……!」


「イリナ王女に怪しい動きがあったから、早めに保護したんだ。

 アリーゼ嬢を保護したことを、敵に気付かれたくないから、君には彼女の捜索を続けてもらった」


「そういう事情があったんですね。

 良かった……。

 俺は最悪の事態を想定してました……」


ゼアンさんは、安堵の表情を浮かべました。


自分のことをこうして心配してくれる人がいるのは嬉しいです。


「アリーゼ嬢を保護したことを、イリナ王女派に気付かれたくないから、兵士にはそのまま捜索を続けさせてくれ」


「はい、殿下」


「ルミナリア公爵にだけは、アリーゼ嬢を保護したことを、こっそりと伝えてほしい」


「承知いたしました」


ゼアンさんは安心した表情で、深く息を吐きました。


「ロザリン嬢もルミナリア公爵令嬢のことを心配していますよね?

 彼女にはこのことは……」


ゼアンさんからロザリンの名前が出ました。


ロザリンからもゼアンさんの話をよく聞きます。


二人は仲良しなのでしょうか?


「申し訳ないが、今は使用人にまで教えることはできない。

 時期が来たら教えるから、今は耐えてほしい」


「わかりました」


ゼアンさんは少し辛そうな表情をしていました。


ゼアンさん、ロザリン、ごめんなさい。


元の姿に戻ったら、二人にきちんと謝罪したいわ。


「それと追加で頼みたいんことがある」


「なんでしょうか?」


「今から指示する薬草を内密に集めて欲しい。

 薬草を集め終わったら、できるだけ早く、僕に届けてくれ」


殿下は引き出しから紙を取り出すと、さらさらとメモを書き、ゼアンさんに渡しました。


「念の為に確認しますけど、ルミナリア公爵令嬢に飲ませる、媚薬の材料とかじゃないですよね……?

 ルミナリア公爵令嬢を保護したという名目で、自分の部屋に匿ってたりしませんよね?

 式を挙げる前からそういうことするのは関心しませんよ」


ゼアンさんが訝しげな表情で、殿下に尋ねました。


殿下の部屋に隠れているところだけ合っています。


「ゼアン、君は僕をなんだと思ってるんだ……?」


殿下は眉間に皺を寄せ、ゼアンさんを睨みました。


「それは媚薬の材料じゃない。

 できた薬もルミナリア公爵令嬢には使わない。

 ただ、急いで作らなくてはいけない薬だ」


殿下は真面目な表情でそうおっしゃいました。


「何か深い事情があるようですね。

 後で話を聞かせてくださいね」


「ああ、その時は君にも協力してもらうよ」


殿下はゼアンさんを信頼しているようでした。


「ところで殿下。

 先ほどから気になっていたのですが、殿下が抱っこしているその猫は……?」


「庭で怪我をしている所を保護したんだ」


殿下は私を見つめ、にっこりと微笑みました。


「殿下がルミナリア公爵令嬢以外に、そんなに優しい微笑みを向けるとは思いませんでした。

 殿下は、猫派だったんですね」


「この猫のことは他言無用だ。その理由は後で話す」


イリナ王女は猫になった私を探しています。


私が王弟殿下に保護されたと知ったら、何らかのアクションを起こしてくるはず。


イリナ王女は買収が得意なので、陛下の部屋でも安全ではなくなってしまいます。


「何か深い理由がありそうですね。

 わかりました。

 ここで猫を見たことは他言いたしません」


ゼアンさんは殿下に敬礼をして、部屋を出ていきました。


二人のやり取りを見て思いましたが、殿下とゼアンさんは、時々軽口を叩けるような関係のようです。


ゼアンさんは殿下の家臣である、気のおけない友人なのでしょう。



 ◇◇◇◇◇



「アリーゼ嬢、ルミナリア公爵にはちゃんと連絡したから心配しないで」


殿下はそう言って、穏やかな微笑みを浮かべました。


私は「にゃー」と返事をしました。


ロザリンには心配をかけてしまいますが、それも少しの間だけだと信じたいです。


「アリーゼ嬢、そんな無垢な瞳で僕を見つめないで……!

 これでも僕は、いろんな思いを堪えているんだから……!」


殿下は頬を赤らめました。


彼は、猫が大好きなのでしょうか?


猫のもふもふの毛に顔を埋めたり、肉球をぷにぷにしたいのを我慢しているのかもしれません。


猫になった私に接する時の殿下は、普段の大人びた雰囲気が鳴りを潜めていました。


殿下は子供のように無垢な表情や態度で、私に接してきます。


彼の新たな一面を垣間見た気がします。


無垢な表情をする彼を、可愛いと思ったことは内緒です。




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