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59話「アリーゼ、猫になる」


めまいと吐き気と全身が焼けるような痛みに苦しむこと数分……。


痛みがおさまり目を開けると、目の前にイリナ王女が立っていました。


彼女は口の端を上げ、醜く歪んだ笑顔で私を見下ろしています。


イリナ王女の体がやけに大きく見えます。


私が床に横になっているから、彼女が大きく見えるのでしょうか?


「私、ラファエル様に近づく女は、徹底的に排除してきたんです。

 だけど、アリーゼ様はルミナリア公爵家の令嬢だから、実力行使する前に話し合いの場を設けたんですよ〜〜」


彼女の甲高い声が、脳にグワングワンと響いてきます。


「あなたに王宮を出入りされると目障りなので、マナー教室の講師を辞めるように言いました。

 ダリウスお兄様との結婚というあなたが幸せになれる道も提示しました。

 それを全〜〜部拒否したのはアリーゼ様です。

 私に、ここまでさせたアリーゼ様が悪いんですよ〜〜」


イリナ王女はあどけない顔でニコリと笑いました。


そのあどけなさが、余計に恐ろしく感じます。


小さな子供がニコニコ笑いながら虫を切り刻んでいる……そんな感覚に襲われました。


「サルガル王国の魔導士団は優秀ですね〜〜。

 人間を動物の姿に変えてしまう薬を作れるんだから〜〜」


イリナ王女の話から推測すると、今の私は人の姿ではないようです。


倒れたあと、周囲にある物がやけに大きく見えていたのが不思議でした。


私が人の姿でないのならば、その現象にも説明がつきます。


「どっからどう見ても可愛い猫ちゃんですよね〜〜。

 私って優しいわ。

 アリーゼ様を化け物の姿に変えることもできたのに、猫で許してあげたんだから〜〜」


イリナ王女は、そう言って私を抱き上げました。


下を見ると、私の身につけていた服が床に散乱していました。


どうやら私は、猫の姿に変えられてしまったようです。


「アリーゼ様、あなたはこれから一生猫の姿で過ごすのよ〜〜。

 銀色の髪にセルリアンブルーの目を持つ猫なんて、珍しいからきっと高く売れるわ〜〜。

 あなたを売ったお金で何を買おうかしら〜〜?」


イリナ王女は口の端を歪め邪悪な笑みを浮かべました。


私は背筋がゾッとする感覚に襲われました。


「王女様、相手はルミナリア公爵令嬢です。

 彼女を自由にして、真相に辿り着く者が現れないとも限りません。

 彼女のことは売らずに、どこかに閉じ込めておくのは賢明かと存じます」


王女付きの侍女がそう進言しました。


「それもそうね」


イリナ王女は侍女の言葉に同意しました。

 

「アリーゼ様、あなたを地下室に閉じ込めますね。

 あなたは、暗くて狭〜〜い地下室で一生終えるんです。

 可哀想だわ〜〜。

 私だったら耐えられな〜〜い」


「可哀想」と言いながらも、イリナ王女の目は笑っていました。


「今のうちに太陽の光を十分に味わっておくといいですよ〜〜」


彼女は私を抱き上げたまま、窓に近づきました。


窓ガラスには、黄色の髪の少女が、銀色の毛の猫を抱っこしている姿が写っていました。


猫の姿になったとき衣服は脱げてしまいましたが、紫のリボンだけは私の首に結ばれたままでした。


髪を結んでいたリボンが首についているのは不思議ですが、今はそんなことを気にしている場合ではありません。


どうやら私は、本当に猫になってしまったようです。


どうしてこんなことに……!


王妃殿下付きの侍女だからと、信頼して着いてきたのが間違いでした……!


今は悲観や後悔をしている場合ではありません。


この状況を変えなければ、地下室に閉じ込められてしまいます!


そうなったら、お父様にもロザリンにもお友達に会えなくなります。


それにラファエル様にも……。 


状況を冷静に分析しましょう。


ここは建物の一階。


外と部屋の中を仕切っているものは、窓ガラス一枚だけ。


建物の外には森が広がっているので、猫の姿ならどこにでも隠れられます。


前足や後ろ足に力を入れると、動かすことができました。


お茶に痺れ薬などは入っていなかったようです。


室内にいるのは、イリナ王女と彼女付きの侍女が一人だけ。


侍女はイリナ王女から離れた位置で待機しています。


逃げるなら、今しかありません!


私はイリナ王女の手に思い切り噛みつきました。


イリナ王女が「きゃーー!」と悲鳴をあげました。


間髪入れずに、私は彼女の顔を引っ掻きました。


イリナ王女が怯んだ隙に、私は彼女の体を蹴り飛ばし、窓に向かって思い切りジャンプしました。


窓ガラスを突き破り、私は外に出ました。


部屋からの脱出に成功しましたが、まだ油断はできません。


窓を破ったとき、ガラスの破片が後ろ足に刺さったようです。


右の後ろ足に鈍い痛みを感じましたが、その痛みを無視し森に向かって走りました。


建物の中からイリナ王女の「顔が! 私の美しい顔が!」という悲鳴が聞こえてきます。


「待ちなさい! この性悪猫! 王女様を傷つけてただで済むと思ってるの!」


王女付きの侍女が、怒鳴っているようです。


私は振り返らずに、森に向かって走りました。


この状況で「待て!」と言われて待つ人間はいません!


今の私は猫なので、人間ではありませんが……。


森の奥まで行って、夜まで隠れていましょう。


猫の体なら夜目が効くはずです。


闇夜に紛れて馬車乗り場まで向かいましょう。


うまくすれば、誰にも気づかれずに、ルミナリア公爵家の馬車に乗り込むことができます。


お父様と一緒に屋敷に帰れるかもしれません。


お父様やロザリンなら、猫の姿になった私を見て、アリーゼだと気づいてくれるかもしれません。


全ては私の希望的観測です。


ですが、あのままイリナ王女の元にいるよりは、ずっとマシなはずです。


私は痛む足を引きずりながら、森の奥へと進みました。





読んで下さりありがとうございます。

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