56話「王妃付きの侍女とお茶会のお誘い」
マナー教室が終わり、マルガレーテ様達は先に帰宅しました。
私は部屋の戸締まりを確認して、部屋を出ました。
「ルミナリア公爵令嬢」
部屋を出てすぐ声をかけられました。振り返ると侍女が立っていました。
彼女の顔は知っています。王妃殿下付きの侍女です。
「王妃様がお呼びです」
「王妃殿下が……?」
「ルミナリア公爵令嬢にお茶の相手をして欲しいそうです」
王妃殿下からお茶会のお誘いがあるなんて、珍しいですね。
呼び出された理由はわかりませんが、王妃殿下からのお誘いでは断ることは出来ません。
「遅くなることを御者に伝えてからでもよろしいでしょうか?」
馬車乗り場では御者が待っているはずです。
理由も言わず遅くなっては、御者が心配します。
「御者にはこちらで連絡します。
王妃様をお待たせするわけにはまいりません。
今すぐ移動してください」
侍女が言う通り、王妃殿下をお待たせするのは失礼にあたります。
「わかりました。
今から参ります」
王妃殿下には、私も聞きたいことがあります。
イリナ王女のことです。
イリナ王女は、王妃殿下の話し相手という名目でこの国に来ました。
王妃殿下は本当に話し相手がほしかったのでしょうか?
それにしては、お二人が仲良く過ごされているという噂を聞いたことがありません。
王妃殿下の話し相手と言うのは口実で、イリナ王女をラファエル様の婚約者にする目的で、彼女をこの国に招いた可能性もあります。
真実を知るのは怖いですが、いつまでも逃げているわけにはいきません。
「お部屋までご案内いたします。
私の後についてきてください」
私は侍女についていくことにしました。
侍女は宮殿を出て、庭園にある煉瓦の道を進んでいきます。
「あの、王妃殿下のお部屋に行くのではないのですか?」
王妃殿下のお部屋は宮殿の中にあります。
「王妃様はべナット様の一件以来、お部屋に籠りがちです。
それではお体に触ります。
なので、私達が別の場所でのお茶会をセッティングしたのです」
侍女は振り向かずにそう答えました。
「そうだったのですね」
部屋に籠もりきりでは、精神的によくありません。
侍女なりに、王妃殿下のお体を気遣ってのことだったのですね。
侍女は庭園を抜け、離宮へと入って行きました。
この離宮は、外国からの要人をもてなす為に建てられたものです。
侍女は離宮の廊下を奥へ奥へと進んでいきます。
このようなところに王妃殿下がいらっしゃるのでしょうか?
「着きました。この部屋です」
私が疑問に思った時には既に、侍女が部屋の扉をノックしていました。
「ルミナリア公爵令嬢をお連れしました」
侍女が告げると、中から扉が開きました。
私は侍女に促されるまま、部屋の中に足を踏み入れました。
「王妃殿下、ご無沙汰しております。
ルミナリア公爵の長女アリーゼ、お呼びより参上いたしました」
部屋に入ってすぐ、私はカーテシーをしました。
「相変わらず、古臭い挨拶ですね〜〜。
おばあちゃんみたいだわ〜〜」
室内から、聞き覚えのある甲高い声がしました。
どうやら今日のお茶会は、イリナ王妃もご一緒のようです。
「お久しぶりです、イリナ王女」
部屋の中央にあるソファーに、彼女は堂々と腰掛けていました。
イリナ王女はフィシュテールを纏い、ドレスから伸びる脚を組んでいました。
彼女は、私を見てにやにやと笑っています。
「王妃殿下はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」
部屋の中を見回しましたが、王妃殿下のお姿を見つけることは出来ませんでした。
「叔母様はいないですよ〜〜。
私が叔母様の名前を騙って、あなたを呼び出したんですもの〜〜」
イリナ王女は目を細め、口元を緩めました。
振り返ると、王妃殿下付きの侍女は消えていて扉は閉ざされていました。
「叔母様付きの侍女に、高級なアクセサリーを渡したらあっさりと協力してくれたんです〜〜」
私をこの部屋まで案内した侍女は、イリナ王女に買収されていたようです。
「アリーゼ様、そんなに怖い顔をせずに座ってくださ〜〜い。
そんな顔で睨まれたら話もできないわ〜〜」
彼女はローテーブルを挟んだ対面の椅子に腰掛けるように、私に指示しました。
「申し訳ございません、イリナ王女。
王妃殿下がいらっしゃらないのなら、私はこれで失礼します」
いくら他国の王女とはいえ、王妃殿下の名前を騙って呼び出すのは、礼儀に反します。
このお茶会に参加する意義を感じません。
私が踵を返そうとすると……。
「サルガルでは王族にお茶会の誘いを受けておきながら、席に座らずに帰るのは失礼に当たるんですよ〜〜。
お父様に言いつけちゃおうかしら?
ルミナリア公爵家の長女に、失礼な態度を取られた〜〜って。
お父様は、私を溺愛してるから凄く怒ると思います。
ヘタをすると戦争になっちゃうかも〜〜?
やだ〜〜戦争なんて怖〜〜い!」
戦争……?
最初に礼を欠いたのはイリナ王女です。
しかし、このことをきっかけにグレイシア王国と、サルガル王国の関係が悪化したら、責任を感じます。
国同士の諍いが起きたら、真っ先に困窮するのは民です。
グレイシア王国の王族の血を引くルミナリア公爵家の長女として、そのような事態を招くわけにはいきません。
ほんの少しの間イリナ王女とお茶を飲むだけです。
私が耐えれば済むことです。
両国の友好的な関係が維持できるのなら、私は無理をしてでもこのお茶会に参加しなくてはなりません。
「イリナ王女、お茶会へお招きいただいたことに感謝申し上げます」
私はイリナ王女に礼をしてから席につきました。
彼女は口角を上げ、嫌味な笑みを浮かべていました。
彼女の笑みを見ていたら、背筋がゾクリとしました。
何か嫌な感じがします。
ですが、逃げ帰ることはできません。
イリナ王女付きの侍女がお茶を淹れ、私の前に置きました。
「イリナ王女、私を呼び出した理由をお聞かせください」
長居をするつもりはありません。
要件を聞いて、早くこの部屋を出ましょう。
「アリーゼ様は、せっかちさんなんですね〜〜。
侍女が用意したお茶に手も付けずに、いきなり話を切り出すなんて〜〜」
イリナ王女は顔をぷくっと膨らませました。
言葉だけでなく、表情や態度も子供っぽい方のようです。
「そんなにせっかちだと〜〜男性に嫌われちゃいますよ〜〜」
イリナ王女は口に手を当ててクスリと笑いました。
「私みたいに、殿方から素敵なプレゼントをもらえませんよ〜〜」
イリナ王女が合図をすると、王女付きの侍女が箱を持ってきました。
侍女が箱を開けると、中にはアメジストの付いた銀細工の髪飾りが入っていました。
「その髪飾りは……!」
私は思わず立ち上がってしまいました。