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54話「王弟の苛立ち」王弟視点



――王弟・ラファエル視点――




二週間後――


王宮、ラファエルの自室にて――


「あの恥知らずな王女を、箱に詰めてサルガル王国に送り返してやりたい……!」


俺は怒りの言葉を漏らし、自室の壁を思い切り叩いた。


「殿下、落ち着いてください!

 眉間に皺がよって、口角が下がって、めっちゃ人相が悪くなってますよ!」


ゼアンが僕を宥めた。


他に人がいないとは言え、大人気なく感情を顕にしてしまったと思う。


しかし、僕の我慢にも限界というものがある。


この二週間、あのバカ王女……サル王女……妖怪香水女……もとい、イリナ王女の世話係をさせられている。


イリナ王女がする話といえば、食べ物やファッションのことばかりだ。


政治や歴史や天文学の話をしても、まるで通じない。


誰もが知る偉人の話をしても、「それは新しい食べ物の名前ですか〜〜?」とか言う始末。


香水臭いし、距離感がおかしいし、やたらベタベタと人の体を探ろうとするし……!


はっきり言って不快だ……!


「あのボンクラ王女を簀巻(すま)きにして、馬車に放り込んで、サルガル王国に送り返してやりたい……!」


僕はもう一度壁を叩いた。


「壁に八つ当たりしないでください。

 壁に穴が開きますよ」


ゼアンが困り顔で言った。


「イリナ王女を、早いとこ国に返さないと僕の胃に穴が開きそうだよ……!」


僕は気持ちを落ち着かせる為に、深く息を吐いた。


「それは難しいですね。

 イリナ王女は王妃殿下の客人として滞在しています。

 彼女がこの国に滞在することは、王妃殿下だけでなく、国王陛下も許可しています」


イリナ王女は、精神的に落ち込みが酷い王妃殿下の話し相手という名目で滞在している。


彼女を追い返すのは困難だ。


それは僕にもわかっている。


「王妃殿下の客人なら、彼女がサル王女の相手をすればいいのに……!」


自分で招いておきながら、王妃殿下はほとんどイリナ王女の相手をしていない。


「そんなこと、俺に言われましても……」


ゼアンは眉を下げ、肩をすくめた。


「陛下も陛下だ!

 僕はまだ立王嗣の礼(りっおうしのれい)を受けていない!

 婚約者も決まっていない!

 その微妙な時期にサルガル王女に長期滞在を許したら、どのような噂が立つか簡単に想像できるだろう!?」


イリナ王女を僕の婚約者にするために、サルガル王国から呼び寄せたと、あらぬ誤解を招いてしまう。


そういう勘ぐりを入れてくる貴族が、既に何人かいる。


「確かに今、イリナ王女に長期滞在されるのはまずいですよね。

 イリナ王女を、王弟殿下の婚約者にと推す貴族も現れそうです」


ゼアンが不吉なことを言った。


「イリナ王女と婚約するぐらいなら、サルガル王国と全面戦争した方がましだ!!」


僕が壁を叩くと、壁に亀裂が走った。


「落ち着いてください殿下。

 壁の修理費も馬鹿になりません」


ゼアンは僕の手より、亀裂の走った壁のことが心配のようだ。


「イリナ王女が来てから二週間、アリーゼ嬢に会っていない!

 アリーゼ嬢の声が聞きたい!

 彼女の笑顔が見たい!

 彼女に触れたい!

 このままでは、ストレスで倒れてしまいそうだ!

 彼女の無垢な笑顔が、俺の栄養補給剤だったのに……!」


アリーゼ嬢はマナー教室のために、王宮に来ている。


愛しい人がすぐ近くにいるのに、会いに行くことができない……!


もどかしさで胸が焼け焦げてしまいそうだった。


「今、ルミナリア公爵令嬢に会いに行くのは危険です。

 サルガル王国でのことを、忘れたわけではないでしょう?」


ゼアンが深刻な表情で言った。


「もちろん覚えている」


僕がサルガル王国に留学している時のことだ。


僕と仲良くしていた研究所の女性が、病気や、怪我や、家の事情などで相次いで辞めていった。


彼女たちが研究所を辞めた理由には、イリナ王女が大きく関わっている。


イリナ王女が家臣に命じて、僕の近くにいた女性達に圧力をかけたのだ。


女性達は、怪我をさせたり、実家に圧力をかけられたり、虐めからストレスで病気になったりして、自主的に研究所を辞めていった。


僕の周りから女性を遠ざける為にイリナ王女がしたこと。


サルガル導師団の女性団員も、僕と会話をしたというだけで左遷されていた。


イリナ王女は、自分の欲望を満たすためなら手段を選ばない性格だ。


サルガル王女といえど、グレイシア王国の宰相の娘であるアリーゼ嬢には、簡単に手を出せないだろう。


アリーゼ嬢に危害を加えたら、国際問題になる。


聡い者なら、そのくらい察することができる。


イリナ王女が、その事を理解しているとは思えない。


イリナ王女は、幼子のように欲しい物に忠実で、無知で無邪気だ。それ故に危険なのだ。


「ルミナリア公爵令嬢が登城すれば、イリナ王女と接触する可能性があります。

 マナー教室を、しばらくの間お休みしてはいかがですか?

 そうすれば、ルミナリア公爵令嬢は登城する必要はなく、実家で安全に過ごせます」


ゼアンの忠告にも一理ある。


「それはできない。

 ここでマナー教室を休止や閉鎖したら、アリーゼ嬢が僕の婚約者候補から外されたと皆が思うだろう。

 そうなると、イリナ王女派が勢いづくことになる」


アリーゼ嬢にマナー教室の講師を任せたのは、王家から信頼される彼女が完璧な淑女であることを、貴族に知らしめる為だ。


それと同時に、マナー教室の為に登城した彼女とお茶を共にすることで、僕とアリーゼ嬢が親密な関係にあると、周囲に認識させることができる。


僕の婚約者の最有力候補はアリーゼ嬢だと、周囲に示すのが狙いだった。


「ですがそうなると、ルミナリア公爵令嬢の身が心配ですね。

 彼女が危険な目に遭わないとよいのですが」


ゼアンが言いたいこともわかる。


「わかっている。

 だから、アリーゼ嬢には密かに護衛をつけている」


イリナ王女がこの国に来た日、ゼアンにアリーゼ嬢を家まで送らせたのもそのためだ。


あの日、アリーゼ嬢は僕と二人きりでお茶会をしていた。


イリナ王女に目をつけられた可能性が高い。


アリーゼ嬢が心配だったので、ゼアンを護衛に付けたのだ。


「アリーゼ嬢の身の安全の為にも、僕の精神的なストレスを無くす為にも、一刻も早く、イリナ王女をサルガル王国に送り返さなくては!

 そのためなら僕は何でもする!」


週に二回、アリーゼ嬢とガゼボでお茶をする……そのような穏やかな日常を取り戻したい。


アリーゼ嬢に会いたい。


彼女の鈴を転がしたような美しい声が聞きたい。


花が綻ぶような愛らしい笑顔が見たい。


彼女に触れたい。


告白の続きがしたい。


今度こそアリーゼ嬢に「好きだ」と、「愛している」と伝えたい。


アリーゼ嬢の身の安全を考えれば、イリナ王女が国に帰るまで、城に呼ばない方が良いのだろう。


それはわかっている。


アリーゼ嬢にマナー教室を続けさせるのは、僕のわがままだ。


だけどそれでも僕は、アリーゼ嬢を手放せない。


彼女と二人きりになれなくても構わない、僕の近くにいてほしいんだ。




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