53話「涙」
どれくらい時間が経過したでしょう。
イリナ王女が声が聞こえないので、彼女たちは遠くに行ったようでした。
そろそろ戻らないと、ロザリンが心配します。
そう思っても立ち上がろうとしたのですが、なかなか足に力が入りませんでした。
その時、人の話し声が近づいてきました。
茂みの影からこっそり覗くと、声の主はイリナ王女付きの侍女のようでした。
サルガル王国の侍女は、グレイシア王国の侍女とは違う服装をしているので、直ぐにわかります。
「庭園の散策ばかりで疲れたわ。
ちょうどいいところにガゼボもあるし、少し休憩していかない?」
「そうしましょう」
侍女や執事などは、主の許可なくガゼボを使うことは禁止されています。
サルガル王国では、使用人でも許可を取らずにガゼボを使えるのでしょうか?
それとも、この人たちが規律に無頓着なだけでしょうか?
彼女達がガゼボにいる間は、ここから移動しづらいです。
仕方ないので、もう少しここにいましょう。
侍女たちの話し声が聞こえてきます。
盗み聞きしているようで居心地が悪いです。
「グレイシア王国に来て、イリナ王女がお元気になられて良かったわ」
「そうね、王弟殿下が帰国してしまった後、酷く落ち込んでいましたものね」
イリナ王女は、殿下が帰国されたあと落ち込んでいたのですね。
「あの頃のイリナ王女は気の毒で見てられなかったわ。
いくら国の事情とはいえ、愛し合う二人を引き離すことないのに」
「本当に酷い話よね」
心臓が抉られるような思いがしました。
お二人はサルガル王国で愛し合っていた……?
胸がズキンズキンと音を立てています。
「サルガル王国の国王陛下も、お二人の結婚には賛成していたわ。
王弟殿下がイリナ王女と結婚した後、彼に爵位を与えるつもりだったそうよ」
「でも、結果的には良かったのではないかしら?
グレイシア王国の王弟殿下はこの国の国王になり、イリナ王女はその妃になるのだから」
「イリナ王女にとっては結婚して王族から貴族になるよりも、
他国に嫁いで王妃になる方が将来安泰ですものね」
王弟殿下とイリナ王女が結婚……?
お二人の関係はそこまで深いものだったのですね……。
そんなことも知らずに、私は殿下と町を散策したり、一緒にお茶を飲めることに浮かれて……滑稽です。
「そろそろ戻らないと、イリナ王女のお叱りを受けるかしら?」
「そうね、行きましょう」
ガゼボでのおしゃべりを終えた侍女は、もと来た道を戻って行きました。
二人が去った後も、私はその場から動くことができませんでした。
王弟殿下は、イリナ王女を愛していらしたのですね……。
彼が私に優しくしたのは、べナット様と私の婚約に罪悪感を覚えていたから……。
愛情と同情の区別すら付かないなんて……。
私は本当に情けないです……。
「ラファエル様……」
彼の顔を見て、名前を呼ぶことも、もうないのでしょうね……。
王弟殿下の愛する人がイリナ王女だとわかっているのに……私の心から殿下が消えることはありませんでした。
それどころか、イリナ王女が現れる前より彼の存在が大きくなっています。
どうしたら良いのでしょう……?
頭の中がぐるぐるして考えがまとまりません。
◇◇◇◇◇
どれくらい時間が経ったでしょう?
ロザリンに声をかけられるまで、私はその場でうずくまっていました。
「お嬢様、探しましたよ!」
「……ロザリン」
ロザリンが不安そうな顔で話しかけてきました。
「お嬢様のお姿が見えないから心配しましたよ!
どうしたのですか?
このようなところにうずくまって」
「ごめんなさい。
少し立ちくらみがしたので、ここで休んでいたの」
ロザリンに本当のことは言えません。
「それは大変です!
今すぐ医務室に……!」
「心配はいらないわ。
もう良くなったから……」
私は木に手をつきながら、なんとか立ち上がりました。
お医者様に見てもらっても、この症状をなんて説明したらいいのかわからないわ。
それに……医務室に移動するまでの間に、イリナ王女や王弟殿下に会ったら、どんな顔をしていいのかわかりません。
「お嬢様、申し訳ございません。
髪飾りを見つけることはできませんでした」
「そう……」
「今日は一度屋敷に戻り、また明日探しに来ましょう。
お嬢様、泣いていらっしゃるのですか?」
ロサリーに言われて気が付きました。
自分の頬に涙が伝っていることを……。
「髪飾りが見つからなかったことに、ショックを受けているのですね!
私は王宮に残って日暮れまで髪飾りを探します!
お嬢様は、先にお屋敷にお戻りください!」
ロザリンが私を気遣ってそう言ってくれました。
「その必要はないわ。
もういいの、髪飾りのことは……」
私はハンカチで涙を拭いました。
「ですが、あの髪飾りはお嬢様にとって大切な……」
「髪飾りのことは忘れて……」
あの髪飾りは私にとって宝物でした。
きっとイリナ王女と殿下の関係を知らなかったら、あの髪飾りは一生の宝物になったでしょう。
ですが、私は二人の関係を知ってしまった。
あの髪飾りを見るたびに、二人が笑い合う姿を見て、嫉妬で胸が苦しくなってしまう。
泣いてしまうかもしれない。
あの髪飾りが見つかっても、もう身に付けることはできません…。
髪飾りのことを諦めなくてはいけないのに……。
髪飾りをプレゼントしてくれた時の、王弟殿下の優しい笑顔が忘れられません。
殿下のお心が私にないとわかった今も、髪飾りへの執着心が捨てられません。
いっそ髪飾りが手元にない方が……未練を捨てられるかもしれません。
私はロザリンに支えられながら馬車乗り場に向かい、家に帰りました。
読んで下さりありがとうございます。
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※下記作品を大幅に改稿し、中編から長編にしました。
こちらもよろしくお願いします!
「妹の身代わりに殺戮の王子に嫁がされた王女。離宮の庭で妖精とじゃがいもを育ててたら、殿下の溺愛が始まりました」
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