52話「胸が締め付けられる」
――翌日――
昨日、ルミナリア公爵家の使用人に屋敷と馬車の中をくまなく探させましたが、髪飾りは見つかりませんでした。
昨夜は、胸のあたりがざわざわしてほとんど眠れませんでした。
そのせいか目の下にくまができてしまいました。
そんな私を、ロザリンが心配そうな顔で見てきます。
彼女は私の体を気遣って「私は王宮に髪飾りを探しに行きます。お嬢様はお屋敷でお休みになってください」と言ってくれました。
ロザリンの心遣いが嬉しい。
だけど、私は家でじっとしていることができませんでした。
それに、家でじっとしていても、心がざわざわしてきっと落ち着かないでしょう。
髪飾りを落としたのは私です。自分の手で髪飾りを見つけたいです。
「ありがとう、ロザリン。
でも私が自分で探したいの」
「お嬢様にとって、あの髪飾りはとても大切なものなんですね」
ロザリンに言われて、ドキっとしました。
私はどうして、あの髪飾りにこれほど執着しているのでしょう?
家には数えきれないほどの髪飾りがあります。
お金を払えば、いくつも髪飾りを買えます。
それでも、あの髪飾りが良いのです。
他に代わりはないのです。
私があの髪飾りに執着しているのは、あの髪飾りがお気に入りだから……?
それとも、王弟殿下からの贈り物だから……?
王弟殿下が、私に髪飾りをプレゼントしてくれたことを思い出すと、胸がキュンと音を立てました。
それと同時に、イリナ王女と一緒にいる殿下を想像して、胸が苦しくなりました。
この胸の痛みの正体も、髪飾りに執着する理由も、いつかわかる日が来るのかしら?
考えても仕方ないわ。
今は髪飾り探しに集中しましょう。
◇◇◇◇◇
お父様にお願いして、登城する馬車に乗せていただきました。
お城の人に庭園を探索する許可を取り、ロザリンと二人で髪飾りを探すことにしました。
「まずは馬車乗り場からマナー教室までの道のりを探しましょう」
「承知いたしました。お嬢様」
ロザリンと共に、昨日、私が歩いた場所を一つずつ探していきました。
正面入り口にある馬車乗り場、マナー教室まで続く廊下、マナー教室が開かれたテラス、お昼を頂いた食堂、マナー教室と食堂を結ぶ廊下。
これらの場所をくまなく捜索しましたが、髪飾りは見つかりませんでした。
ここまで探して見つからないとなると、やはり髪飾りを落としたのはマナー教室の後のようです。
私はロザリンと手分けして、マナー教室からガゼボまでの道を探すことにしました。
昨日のことを思い出すので、ガゼボに行くのは気乗りがしません。
ですが、そんなことを言っていては髪飾りは見つかりません。
レンガの道の周りには、よく手入れされた花壇があり、美しい花々が咲き乱れていました。
昨日、ガゼボに向かう時は、殿下とのお茶会やミサンガのことで頭がいっぱいで、これらの花々に目を止めることもできませんでした。
帰りはぼーっとしていたので、どうやって帰ったのかすら覚えていません。
庭師が丹念に世話をしたお花たち。
昨日は、その美しさに気づかず、申し訳ないことをしました。
今日はゆっくり見ることができます。
花々を見ていたら、その美しさに少しだけ心が癒されました。
◇◇◇◇◇◇
髪飾りを探しているうちに、いつの間にかガゼボまで来ていました。
昨日、殿下は私の頬に手を触れ、何を伝えようとしていたのでしょうか?
自分の頬に触れると、まだ熱を持っていました。
私のことを真っ直ぐに見つめる彼の顔が頭から離れません。
でもそれと同時に、イリナ王女が彼の名前を呼んでいたことを思い出してしまいました。
胸が締め付けられるみたいに苦しいです。
昨日、王弟殿下とお茶会したことが、遠い昔のように感じます。
殿下は、イリナ王女と一緒にいるのでしょうか?
殿下は、彼女とどのような関係なのでしょうか?
彼に、直接会って質問できたらいいのに……。
ここにいると余計なことを考えてしまいます。
髪飾りが落ちてないか調べたら、すぐにここから離れましょう。
私はガゼボの中をくまなく探しました。
ですが、髪飾りは落ちていませんでした。
もしかしたら、誰かが蹴飛ばして茂みの中に入ってしまったのかもしれません。
私はガゼボの外に出て、茂みの中を探しました。
その時、遠くから賑やかな声が聞こえてきました。
茂みから顔を出すと、イリナ王女とお付きの侍女の姿が見えました。
私は、咄嗟に大きな木の陰に隠れていました。
別にやましいことをしていないのに、なぜ隠れる必要があるのでしょうか?
イリナ王女に「地味」と言われ、笑われたことが、想像以上にダメージを受けているのかもしれません。
木の影からイリナ王女を見ると、彼女の少し後ろを王弟殿下が歩いているのが見えました。
殿下のお姿を見られた事に、胸がドクンと音を立てました。
しかし、ときめきはすぐにざわめきに変わりました。
「ラファエル様、早く〜〜!
温室を案内してくれる約束ですわよ〜〜!」
イリナ王女の声は甲高く、ここまで響いてきます。
心臓がドクドクと嫌な音を立てています。
殿下は微笑みを浮かべ、イリナ王女を見つめていました。
仲睦まじく歩くお二人の姿に、心の中をひっかき棒で掻き回されるような、嫌な感覚がしました。
私は思い上がっていました……。
殿下が柔らかな表情で微笑みかけるのは、自分だけだと思っていました。
彼は他の女性をエスコートするときも、同じように優しい笑顏を向けるのですね。
自分だけが特別だと思っていた自分が恥ずかしいです。
王弟殿下は、べナット様に婚約破棄された私に、罪悪感を覚えていました。
彼が私に優しくしてくれた理由はそれだけなんですよね。
殿下殿下と楽しく過ごしてるうちに、そのことを頭の隅に追いやっていました。
今すぐ二人の姿が見えない場所まで移動したいのに、体に力が入らなくて、私はその場から動くことができませんでした。
※下記作品を大幅に改稿し、中編から長編にしました。
こちらもよろしくお願いします!
「妹の身代わりに殺戮の王子に嫁がされた王女。離宮の庭で妖精とじゃがいもを育ててたら、殿下の溺愛が始まりました」
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