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49話「ミサンガと王弟の想い」


マナー教室は三時に終わります。


教室が終わると、マナー教室の生徒達はお付きの者と共に帰っていきます。


馬車乗り場に向かう彼女達を見送っていると、私の元に王弟殿下の使いが来ました。


その方の後について歩き、今日のお茶会が行われるガゼボに向かいました。


ガゼボへ続く道の途中で、王弟殿下が待っている時もあります。


その時は殿下と一緒に庭園を歩き、ガゼボへ向かいます。


おそらくその時、マルガレーテ様に目撃されていたのでしょう。


私は王弟殿下の婚約者ではありません。


度々殿下と歩いている姿を目撃されては、彼にご迷惑をおかけしてしまいます。


彼の婚約者探しにも支障をきたします。


今後は殿下と一緒に歩くのは控えた方が良いかもしれません。


もしくは……お茶会の回数そのものを減らした方が良いのかもしれません。


お茶会の回数を減らす……その言葉に、ズキンと胸が痛みました。


私は欲張りです。


マナー教室を始める前は、王宮で王弟殿下のお姿を拝見できればそれで良いと思っていました。


今は、彼とのお茶会が待ち遠しくて仕方ないのです。


彼と一緒にいたい、彼とお話したい、彼の笑っている顔を見たい。


王弟殿下のことを思う度に、心臓がドキドキと音を立てます。


私は手の中にあるミサンガに視線を向けました。


私と殿下の髪と瞳の色のミサンガを、二つ作ってしまいました。


彼に拒否されるところを想像すると、気持ちが落ち込みます。


ミサンガを、渡す勇気が出せそうにありません。


やはりこれは、持ち帰った方が良さそうです。


そんなことを考えながら歩いていると、ガゼボが見えてきました。


今日はバラ園の近くにあるガゼボが、お茶会の場所のようです。


ガゼボにはすでに、王弟殿下がいらっしゃいました。


お忙しい殿下を待たせてしまいました。


「お待たせして申し訳ありません」


私がガゼボに足を踏み入れると、彼はにこりと笑い、立ち上がって礼をしました。


「いいよ。僕もいま来たところだから」


彼は私の手を取り、軽く口づけをすると、私を席に案内してくれました。


王弟殿下は、お茶会の時こうして手の甲にキスしてきます。


紳士のマナーなのでしょうが、その度に心臓がバクバクして、未だに慣れません。


私は彼の婚約者ではありません。


こういう行為を繰り返していては、周囲に誤解を与えてしまいます。


殿下に手の甲にキスされること自体は嫌ではなくて……むしろ嬉しくて……私ったら、何を考えているのでしょう!?


こういう行為は慎むように、殿下に伝えなくては……!


「殿下、私達は婚約者ではありません。

 ですから、手の甲にキスするのは……」


「『殿下』ではなく、『ラファエル』。

 二人きりの時はそう呼んでくれる約束だよ」


王弟殿下に、手の甲にキスするのを控えるように告げようと思ったのですが……。


その前に、彼に呼び方を注意されてしまいました。


「ラファエル様、手の甲への口づけのことなのですが……」


「なぁに? アリーゼ嬢?」


殿下は穏やかに微笑み、私を見つめてきました。


彼の笑顔を見ていると、言いづらくなってしまいます。


「それより、手の甲にキスした時に気づいたけど、アリーゼ嬢は手に何を持っているよね?」


ミサンガをポケットにしまうのを忘れていました。


彼は私の手をじっと見ています。


「お茶会にまで持ってくるなんて、よほど大事なものなのかな?」


殿下にミサンガのことを気づかれてしまいました。


「これはあの……マナー教室でお遊びで作ったもので……特に深い意味は……」


私はミサンガを握った手を、体の後ろに隠しました。


「君が手に持っているのは、ミサンガのように見えたんだけど、違う?」


殿下がすっと目を細め尋ねてきました。


あのわずかな時間に、私が何を握っているのか認識していたのですね。


殿下は洞察力に優れている方のようです。


「それは……」


「今、若い女性の間で、婚約者や恋人の髪や瞳の色に自分の髪と瞳の色を混ぜた糸で、ミサンガを作るのが流行っているらしいね?」


殿下は探るような目で私を見てきました。


殿下はそのようなことまでご存知なのですね。


「君が手に持っているものを見せてくれないかな?

 誰のために編んだのか気になるんだ」


彼は不安そうな顔でそう言いました。


殿下にそんな顔をされると、断ることが出来なくなってしまいます。


「ごめんね、困らせてしまったかな?

 ただ君が他の男性を思ってミサンガを作ったと思うと……。

 胸が締め付けられるように苦しいんだ……」


彼はそう言って悲しそうに目を伏せました。


そんな顔しないでください。私まで胸が苦しくなります。


「あまり、上手にはできなかったのですが……」


私はミサンガを握っている手を、殿下の前に出しました。


そしてゆっくりと手を開きました。


殿下はミサンガを見て、目を大きく見開き、口を少し開けました。


「マナー教室のご令嬢が、この色が良いと勝手に……。

 それで……とりあえず作ってみたのです……」


ミサンガの色を確認した殿下が、目を細め口角を上げました。


「銀色とセルリアンブルーは君の髪と瞳の色だね。

 ロイヤルパープルは僕の瞳の色だと思っていいのかな?」


殿下の表情は柔らかく、頬は紅潮していました。


「それは……」


なんと答えればいいのか、私には分かりませんでした。


「言いにくいなら他の方法で確認しよう。

 ミサンガに使われた紫の糸が僕の瞳の色なら、黙って手の甲への口づけを受け入れてほしい」


彼に見つめられ心臓がドクンと跳ねました。


殿下は私の手を取り、そっと口づけをしました。


それはつまりミサンガに使われた紫の糸が、殿下の瞳の色だと認めたことに……。


手の甲から唇を離すと、殿下は穏やかに微笑みました。


「ミサンガの一つを、僕がもらってもいいかな?」


「よろしければどうぞ」


殿下はにこにこしながら、器用に自分の手にミサンガを結びつけました。


「もう一つのミサンガを、君の手につけてもいいかな?」


お揃いのミサンガをつけることは、恋人同士がすることです。


頬に熱が集まってきます。


心臓のドキドキと音を立ててうるさいくらいです。


私は少し考えたあと、首を縦に振りました。 


彼は喜色満面で、私の手を握りました。


握られた手から、彼の体温が伝わってきます。


彼は私の腕にミサンガを結びつけました。


「アリーゼ嬢からもらったミサンガ、僕は一生大切にするね」


朗らかに笑う彼を、私は直視できませんでした。


「……はい」


囁くような声で、返事をするのがやっとでした。


「アリーゼ嬢、この機会に確認しておきたいことがある」


「……なんでしょうか?」


これ以上の質問は、私の心臓が持ちません。


「君はいつも王宮に来るとき、濃い紫色のドレスを纏い、僕が送ったアメジストの着いた銀細工の髪飾りをつけているね」


殿下に言われ、心臓がドクンと音を立てました。


お気づきになられていたのですね。


というより、気づかない方がおかしいですよね。


「ご迷惑でしたでしょうか?」


「いや、むしろ嬉しいよ」


彼はにこやかに微笑んでいます。


「それは、僕に好意があると受け取ってもいいのかな?」


彼は真剣な顔で私を見つめ、優しい声でそう尋ねてきました。


「それは……」


なんと答えればいいのかわかりません。


私の殿下への気持ちは、自分でもよくわかっていないのです。


「アリーゼ嬢、今から大切な事を伝えるからよく聞いてほしい」


彼の手が私の頬に触れ、思わず顔を上げると、彼の紫水晶の瞳が真っ直ぐに私を見つめていました。


心臓がトクントクンと音を立てています。


「君はもう、僕の気持ちに気づいてるかもしれないけど……」


王弟殿下のお顔が近いです。


彼は慈しみの籠もった潤んだ瞳で、射抜くように私を見つめています。


「僕は君のことが……す……」




読んで下さりありがとうございます。

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