48話「銀の糸と鮮やかな青い糸と濃い紫の糸」
「それなら私も、王弟殿下がアリーゼ様をお茶に誘ったという噂を聞きましたわ」
クララ様がおっしゃいました。
何ていうことでしょう!? そんな噂が流れていたなんて……!
王弟殿下に、ご迷惑をおかけしてしまいました。
「私達の仲ではありませんか。
アリーゼ様、白状なさってください。
王弟殿下とはどういったご関係なのですか?」
「そうですよ、アリーゼ様。
私は以前から、婚約者の惚気話大会をしたいと思っていたのです。
その時は、アリーゼ様にもぜひ参加して欲しいので、殿下との関係を詳しく教えてください!」
マルガレーテ様とクララ様に詰め寄られ、私はどうしたら良いのかわからなくなってしまいました。
王弟殿下について、お二人にお話できるようなことは何もないのです。
殿下のご厚意でお茶を一緒にいただいているだけ。
殿下とは、そのような不確かな関係でしかありません。
誤解を生むような話はできません。
私が、この窮地をどう切り抜けようか考えている時でした。
「できたわ!」
今まで黙っていたエミリア様が、急に大きな声をあげました。
彼女の手には、カラフルな紐が握られていました。
「エミリア様、どうされたのですか?」
私はこの機会に話題をそらすことにしました。
「あら、ごめんなさい。
集中しすぎて、皆様のお話が聞こえなかったわ」
エミリア様は苦笑いを浮かべました。
「これはミサンガといいます。
いくつかの刺繍糸を組み合わせて作るのですよ」
どうやらエミリア様は、私達が話している間、刺繍糸でミサンガを作っていたらしいです。
「来月、婚約者が剣術大会に参加するので、お守りとして作ったのです」
ミサンガにはお守りの効果もあるのですね。
「ミサンガには必勝祈願などの効果もあるのですよ。
婚約者から聞いたのですが、婚約者にミサンガを作って渡すのが、学園で流行っているそうなのです」
そのようなものが流行っているとは、知りませんでした。
「あら、私達の在学中にはなかった習慣ですわね」
「もう新しい習慣が流行ってるなんて、時の流れとは早いものですわ……」
マルガレーテ様とクララ様は、自分達の在学中にはなかった習慣が、短期間で広まっていることに、衝撃を受けているようでした。
私達が学園を卒業したのは今年の三月。
それから二カ月と少ししか経過していません。
なのに、既に新たな流行が生み出されているのですから、お二人がショックを受ける気持ちも分かります。
「エミリア様、ミサンガの使い方について詳しく教えてくださいな」
「私も知りたいです!」
マルガレーテ様とクララ様が、エミリア様に言いました。
お二人はミサンガに興味津々のようです。
「もちろんですわ。
まずは自分の髪と瞳の色の刺繍糸と、相手の髪と瞳の色の刺繍糸を用意します。
それを順番に編んでいくのです。
二つ作って、一つは相手に渡し、一つは自分で持っているのです。
紐が切れた時に、願いが叶うと言われているのですよ」
エミリア様がミサンガの作り方を、詳しく教えてくださいました。
「では、午後はみんなでミサンガを作りましょう」
マルガレーテ様の一声で、刺繍の時間はミサンガ作りへと変わりました。
皆は婚約者の為にミサンガを作っています。
私はどうしましょう?
ミサンガを作ってお父様に渡しましょうか?
私とお父様の髪と瞳の色は同じで、銀色の髪に空のような鮮やかな青色の瞳。
ですがそれだと、二色だけの味気ないミサンガになってしまいます。
「アリーゼ様の糸は、銀色と、セルリアンブルーと、ロイヤルパープルですわね」
マルガレーテ様が刺繍糸を選び、私の前に置きました。
銀色とセルリアンブルーは私の髪と瞳の色です。
ロイヤルパープルは……王弟殿下の瞳の色です。
「私はまだ、王弟殿下のためにお作りするとは……」
「あら私はロイヤルパープルの糸を、アリーゼ様にお渡ししただけですよ。
濃い紫色の髪か瞳を持つ殿方は、他にもおりますわ。
ですが、アリーゼ様は真っ先に王弟殿下のことを思い浮かべた。
アリーゼ様は、やはり殿下の事を意識しているのですね」
マルガレーテ様が生暖かい目で私を見つめました。
「アリーゼ様のドレスは、いつも濃い紫色ですものね。
髪飾りもアメジストのついた銀細工の物を愛用しておりますし……。
どなたかを意識されているのは明白ですわ」
クララ様がそう言って目を細め、口角を上げました。
お二人に言われて、私は頬に熱が集まるのを感じました。
ドレスはロザリンが選んだもので、髪飾りも彼女が……。
ですが私は、ロザリンの選んだドレスや髪飾りを、拒否しませんでした。
私は、ロザリンのせいにしたかっただけかもしれません。
「まぁまぁ、よろしいのではありませんか。
作るだけなら罪になりませんわ。
相手に渡すかどうかは、作ったあとで考えればよいのです」
クララ様のおっしゃることにも、一理ありますわ。
皆がミサンガを編んでいる時に、私だけ何もせずにいるのは変ですわ。
取り敢えず、作ってみましょう。
「作り方は私が教えます。
まずは糸をこうして……」
エミリア様の指導のもと、私もミサンガを作ることにしました。
自分の髪と瞳の色に、彼の瞳の色を混ぜて、ミサンガを作るだけなら罪にはならないはず。
渡すか渡さないかは、後で決めればよいのです。