47話「王宮でのマナー教室」
王弟殿下とのお茶会から一週間後、王宮でマナー教室が開かれました。
月曜日と木曜日の週二回、時間は九時からお昼休憩を挟んで十五時まで。
マナー教室の生徒は三人。
マルガレーテ・ツィーゲル侯爵令嬢、クララ・グロース伯爵令嬢、エミリア・リーベ伯爵令嬢。
三人とも婚約者がいます。
彼女達は全員私と同い年です。
彼女達の婚約者は、彼女達の二つ年下。
なので、婚約者が学園を卒業するまでやることがなく、暇を持て余していたそうです。
彼女達の家は中立派です。
卒業パーティで、ベナット様が私に婚約破棄を突きつけた時、彼女たちも会場にいました。
彼女達は、あの時何もできなかったことを謝罪してくれました。
婚約破棄を宣言したのは当時王子だったべナット様。
私が彼らの立場でも、きっと傍観することしかできなかったと思います。
なので、私は彼女たちを責める気はありません。
卒業パーティで婚約破棄をされた時、周りは敵だらけだと思っていました。
ですが本当は、皆どうしたらいいかわからず、狼狽えていただけなのかもしれません。
彼女達と話してそのことが分かりました。
それだけでも大きな収穫です。
三人とも深窓のご令嬢なので、淑女としての嗜みはしっかり身につけていました。
マナー教室というのは建前で、皆でピアノを弾いたり、刺繍をしたり、詩を作ったり、時々経営学の本などを読んで互いにわからないところを教えあったりしながら、他愛のない時間を過ごしています。
学園では一人クラスだったので、同い年の女の子と話せるのは、とても楽しいです。
マナー教室を開催して一カ月が経つ頃には、皆と打ち解け、名前で呼び合うようになっていました。
王弟殿下はきっと、私にこのような時間を過ごさせることで、同い年の友人を作って欲しかったのでしょう。
私も、お友達ができてとても嬉しく思います。
殿下のお心遣いに心から感謝しています。
◇◇◇◇◇
その日は天気が良いので、一階のテラスで刺繍をしていました。
直接日差しが当たらないように、屋根の下に丸テーブルを置きました。
テーブルを囲んで座り、それぞれがハンカチに刺繍糸を刺していました。
「あら、王弟殿下がお通りになられたわ」
マルガレーテ様が、近くをお通りになった王弟殿下にお気づきになりました。
私は、マルガレーテ様の視線の先に目を向けました。
殿下が護衛を連れて、庭を散歩している姿が見えました。
セルリアンブルーのジュストコールを纏い、優雅に歩く姿は、芸術品のように美しいです。
マナー教室を開いていると、時々こうして殿下のお姿をお見かけすることがあります。
「きっと、アリーゼ様を見にいらっしゃったのですね」
マルガレーテ様の言葉に、ドキリとしました。
「な、何をおっしゃるのですか?」
「マルガレーテ様も、そう思われます?
私も、アリーゼ様を見つめる王弟殿下の眼差しがとても優しいと感じておりました」
「クララ様まで、からかわないでください」
殿下はただ近くを通りかかっただけなのですから。
「そうでしょうか?
王弟殿下は、毎回マナー教室の行われる場所の近くを通ります。
それだけなら、殿下の散歩のルートに私達がいるということも考えられます。
ですが、マナー教室を開く場所を変えても、殿下は必ず教室の傍をお通りになられるのです」
マナー教室は毎回同じ場所ではなく、日によって部屋が変わります。
「しかも、アリーゼ様の顔がよく見える通路をお通りになられます。
おそらく、殿下は侍女からアリーゼ様の座る位置を聞き出しているのでしょう。
殿下はアリーゼ様の座る位置にまで配慮して、散歩コースを決めていると私は推測しております」
マルガレーテ様は想像力が逞しすぎます。
「名推理ですわマルガレーテ様!
私もあなたの意見に賛同いたしますわ」
クララ様までそんな……!
「アリーゼ様は王子妃教育を完璧に終えております。
学園の成績も主席でした。
王弟殿下のお相手として、アリーゼ様よりふさわしい方は、この国にはいないと思いますよ?」
「私もそう思いますわ、マルガレーテ様。
しかもアリーゼ様はプロ並みのピアノの腕を持ち、
刺繍の技術も最上級。
その上、ダンスやお辞儀などのマナーも完璧です。
アリーゼ様が王弟殿下の婚約者に選ばれたとしても、
どなたからも不平が出ないと思います」
私が王弟殿下の婚約者に選ばれるなど、そんな恐れ多い。
「私はベナット様に婚約破棄され、傷物になった身です。
それに、王弟殿下とは歳が離れております」
私と王弟殿下は八歳も年齢が離れております。
殿下にとっては、私など子供でしかないのです。
自分で言っていて悲しくなってきました。
「ベナット様の有責で婚約破棄されたと聞きましたわ。
それに、王弟殿下の婚約者は未婚でなくてはなりません。
王弟殿下と同い年ぐらいの令嬢は、皆結婚しております」
マルガレーテ様がおっしゃいました。
王弟殿下は現在二十六歳。
その年頃の女性は、皆結婚しております。
「王弟殿下の婚約者が、私達の年齢になるのは当然ですわ。
二十六歳の殿下と十八歳の公爵令嬢の婚約は、何ら不思議なことではありませんもの」
殿下と同い年で結婚していないのは、訳ありの女性か、何か問題を起こして修道院に送られた方です。
そのような方は、王弟殿下の婚約者には相応しくありません。
「マルガレーテ様のおっしゃる通りですわ。
私も、二十六歳と十八歳なら釣り合いが取れると思います。
私の両親もそのぐらい年が離れておりましてよ」
クララ様が、マルガレーテ様の言葉に賛同しました。
「それに、アリーゼ様ほどの才女のお相手にふさわしい殿方は、この国には王弟殿下しか残っておりませんわ!」
「マルガレーテ様のおっしゃる通りですわ!
国内にはもう、優秀な若者は残っておりませんよ!
将来有望な若者は、結婚しているか、婚約者がいます!」
クララ様のお言葉にも一理あります。
今から婚約者を探すとなると、訳ありの男性か、十歳前後の子供しか残っていません。
以前の私は、そのような方とでも、家の利益になるのなら結婚しようと思っていました。
今は……そんな気分にはなれません。
「同年代で独身なのは、サルガル王国の第二王子殿下くらいですわ。
サルガル王国の第二王子殿下は、私達の二歳年上の二十歳。
まだ婚約者が決まってないそうですが、性格に難のある方だと伺っております。
やはりアリーゼ様の相手にふさわしいのは、王弟殿下しかおりませんわね」
クララ様はそう言って、深く息を吐きました。
サルガル王国の第二王子は、王妃様の甥にあたります。
ですが、あまりいい噂を聞きません。
国外にまで、悪評が届くような殿方との縁組は遠慮したいです。
そういえば……サルガル王国には、私と同い年の王女がいたはずです。
名前はイリナ様。
イリナ王女には婚約者がいるのでしょうか?
「皆さんやめてください。
私は領地のことを学んで、そこでのんびり暮らせればいいですから」
今でもお休みの日は、領地のことを学んでいます。
知らない殿方に嫁ぐより、領地で一人で暮らす方がずっと気楽です。
「そんなの才能の無駄遣いですわ……もったいない」
クララ様が残念そうにそう呟きました。
「アリーゼ様ったら、そんなことをおっしゃって。
私達にまで殿下との関係を隠すおつもりですか?」
マルガレーテ様がにたりと笑い、私の顔を見ました。
「先日、王宮に忘れ物をして戻ってきたとき、偶然見てしまったのです。
王弟殿下とアリーゼ様が、仲睦まじくお庭を歩いているお姿を……!」
「ええっ……!」
殿下と歩いている所を、マルガレーテ様に見られていたとは思いませんでした!
「お二人はそのままガゼボに入っていき、お茶を楽しんでおりましたわ。
友人同士でお茶を飲む……といった雰囲気ではありませんでしたわ。
もっと、ガゼボにはもっと甘〜〜い雰囲気が漂っておりましたもの」
マルガレーテ様が、私の顔を見て目を細め、口角を上げました。
甘い雰囲気……?
傍からはそのように見えたのでしょうか?
マナー教室で起きたことを、殿下に報告していただけなのですが。
読んで下さりありがとうございます。
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