46話「王妃の憂鬱(ゆううつ)」三人称
――王妃視点・三人称――
同日夜、王宮、国王の私室にて――
その部屋は深い緑色のカーテンと、同色の絨毯とソファーがバランスよく配置され、森の中にいるような気分を味わえる部屋だった。
王妃はソファーで手紙を読み、深い溜息をついた。
「サルガルのイリナ王女から手紙が届いております。
ラファエルが帰国したことでイリナは深く傷つき、気分の落ち込みが酷いようです」
サルガル王国のイリナ王女は、ラファエルに一方的に思いを寄せていた。
末っ子で、きょうだいの中で唯一の女の子であるイリナ王女は、国王からも王妃からも、二人の兄からも、溺愛されて育った。
イリナ王女が「欲しい」と言ったものは、なんでも手に入った。
だから、彼女はラファエルのことも手に入ると思い、疑っていなかったのだ。
そのラファエルが、急に帰国したのだ。
イリナ王女の心痛は計り知れない。
「そうか」
国王は気力のない声でそう返事をした。
「イリナは私の姪。
私も話し相手が欲しいと思っておりました」
「そうか」
「イリナを私の話し相手として、この国に呼び寄せたいのですが、よろしいでしょうか?」
「好きにしなさい」
王妃が話しかけるが、国王は王妃の顔を見ることもなく、無気力な顔でそう答えただけだった。
国王は、今日も翡翠色の服を纏っていた。
その色は、今は亡きある人物の瞳の色だということを、知るものは今となっては少ない。
国王はべナットを幽閉したことでだいぶ気落ちしていた。
臣下のいる前では多少は気を張っているが、二人きりの時はこのような感じだった。
「余はもう休む。
疲れているなら、そなたも早く休みなさい」
国王は王妃の顔を見ることもなくそう告げ、寝室へと続く扉を開けた。
「はい、陛下」
国王の私室に一人残された王妃は、深く息を吐いた。
国王の机には、まだ手を付けていない書類が山と積まれていた。
王妃は彼の机に座り、書類に目を通した。
べナットが事件を起こして以来、国王は抜け殻状態。
国王の仕事の殆どは、王妃がこなしていた。
漆黒の服を纏い机に向かう王妃の姿は、歳を重ねても美しかった。
いつの頃からか、王妃は真っ黒な服しか身に着けなくなっていた。
しかし国王は、そのようなことに気を止めることもなかった。
古参の臣下たちは、王妃にも何か事情があるのだろうと口を挟めずにいた。
若輩の臣下は、王妃が黒い服を着ているところしか見たことがないので、彼女は黒い服が好きなのだと思っていた。
彼女がこの国に嫁いできた時、明るい色の服を好んで着ていたことを、覚えているものは少ない。