44話「不格好な贈り物」
「僕の自惚れでなければ、バスケットの中に入ってるものは、僕への贈り物だよね?」
どうしましょう?
正直に話した方がいいでしょうか?
「……これは、本当に……ラファエル様にお見せするほどのものでは……」
殿下が私の右手を取り、じっと見つめました。
「ラファエル様……?」
「先日、街で君に会ったとき、君の指には包帯はなかった」
彼に追求するような目で見つめられ、心臓がドキリとしました。
「教会で見事な刺繍を披露していた君が、刺繍をしている時に怪我をするとは考えづらい。
君がハンカチを取り出すとき、バスケットの中がちらっと見えた。
バスケットの中に入っていたのは、お菓子に見えた。
バスケットの中にあるお菓子と、君の怪我には関係あるのかな?」
殿下は全てを見通すような目で私を見つめ、そうおっしゃいました。
彼には隠し事は出来ないようです。
私はバスケットを膝の上に置き、バスケットにかけていたショールを外しました。
「マフィンを作ったんです。
ラファエル様はガゼボでも、
先日のカフェでも、
マフィンを召し上がっていらしたので、
好物なのかと思い……。
ロザリンにお願いして、作り方を教えてもらったのです」
バスケットの中には、不揃いなマフィンが並んでいます。
「ですが、あまり上手に焼けず……。
このように不出来な品を、殿下に差し上げるわけにはいかせないので、持ち帰ろうと思います」
刺繍やピアノと違い、お菓子作りは苦手なのです。
ロザリンに「お嬢様の作ったものなら王弟殿下は喜ぶと思いますよ」と言われ、持ってきてしまいましたが、やはり場違いでした。
王宮のパティシエが作った美しいお菓子があるのに、このような不出来なお菓子を殿下に食べさせるわけには……。
「それは駄目だ!」
私がバスケットを片付けようとするのを、殿下が止めました。
殿下に制止され、私は驚いてしまいました。
「大きな声を出してごめんね」
彼は申し訳なさそうな顔で謝りました。
「迷惑なんかじゃないよ。
むしろとても嬉しい。
君が、僕の好物を覚えていてくれたことがすごく嬉しい。
僕の為に苦手な料理に挑戦してくれたことも、とても嬉しいんだ」
殿下は瞳を輝かせて、そうおっしゃいました。
「君が作ってくれたマフィンなら絶対に美味しいよ。
ありがたく頂戴するよ」
殿下はそう言って花が綻ぶように笑いました。
「形は不揃いですが、当家のパティシエとロザリンに味見をしてもらいましたので、味は大丈夫だと思います。
ですが、お口に合わないときは、廃棄してください」
私が作ったお菓子で、殿下がお腹を壊すなんてあってはいけないことです。
「君が作ったものを捨てるなんて絶対にしないよ!
必ず全部食べるよ!」
彼は真剣な顔でそう言いました。
そんなたいそうなものではないのに……。
「でも食べてしまうのはもったいないな。
君が初めて作ったお菓子だから、ずっと眺めていたい気もする」
お腹を壊されても困りますが、不揃いのマフィンをずっと眺めていられるのも困ります。
「本当に無理しなくてもいいですから」
「無理してないよ。
こんなに素敵なプレゼントを初めてもらったから、感動している」
殿下はニコニコと笑いながら、そうおっしゃいました。
殿下はどのように反応されるか、心配でしたが、やはりマフィンを作ってきて良かったです。
「きちんとしたお礼がしたいので、
殿下が欲しいものがあればおっしゃってください。
ルミナリア公爵家の力を使い、必ず手に入れますから」
実家の力を使えば、大概の物は手に入ると思います。
ですが、ルミナリア公爵家で手に入れられるものは、殿下でも手に入れることができるものなんですよね。
身分の高い方への贈り物を選ぶのは苦労します。
「お礼は十分もらってるよ」
「そういう訳には……」
殿下からはたくさんの品物をいただいたのに、お礼の品が刺繍入りのハンカチとマフィンだけというわけには……。
「どうしてもと言うなら、君が街を散策するときは、必ず僕を護衛につけてくれないかな?」
殿下は穏やかな表情で、そうおっしゃいました。
彼とこの街の散策ができたらとても楽しいでしょう。
この間は素通りしてしまったお店にも入ってみたいです。
ですがそれは叶わぬ夢。
「それは難しいかもしれません。
父に街を散策することを禁じられてしまいましたから」
先日、お父様に街に行かないように、釘を刺されてしまいました。
「お父様には、街の散策などせず、王宮でマナー教室の講師をやるように命じられました」
そうです。一番大切な話をまだしていませんでした。
殿下に、マナー教室の講師を受けることを伝えなくては。
「アリーゼ嬢、そのことなんだけどね。
君が気乗りしないなら、無理にやる必要はないんだよ」
殿下は少し困った表情をしていました。
「こちらから依頼したことだし、できれば受けてほしいと思ってる。
だけど君に無理強いするつもりはない。
君には断る権利がある。
君が心からやりたいと思わないなら、断ってもいいんだよ」
殿下はお優しい方です。
このように私を気遣ってくれるのですから。