42話「おめかし」
殿下にお会いする当日、ロザリンが私を目いっぱい着飾ってくれました。
オートクチュールで作った新しいドレスに袖を通し、髪をハーフアップにし、殿下から頂いた髪飾りをつけました。
彼から頂いたものを身に着けるのは、少し恥ずかしいです。
私が身に着けているドレスの色は、王弟殿下の瞳の色と同じ濃い紫。
王宮でも、街でも、殿下とお会いした時は、彼の瞳の色の服を着ていました。
ですがそれは意図したことでは無く、偶然そうなっただけです。
でも今日は偶然ではなく、自らこの色の服を選んで着ています。
そのことを考えると、心臓がドキドキと音を立てます。
「ロザリン、やはり別の色のドレスにした方が……」
婚約者でもない女性が、自分の瞳の色のドレスを着てきたら、殿下に不快に思われるかもしれません。
「心配しなくても、そのドレスはお嬢さまによくお似合いですよ。
それに、今から着替えていたのでは、王弟殿下とのお約束の時間に遅れてしまいます。
王族を待たせるなど、それこそ失礼にあたりますよ」
確かに、殿下との約束の時間に遅れるのは良くないわ。
私は着替えるのを諦め、部屋を出て、馬車に乗り込みました。
王弟殿下にお会いしたら何を伝えましょう?
まずは先日、護衛していただいたお礼を伝えましょう。
それから、たくさんのプレゼントをいただいたお礼を伝えなくてはいけません。
お返しの品を渡し、王弟殿下の欲しいものがないかさり気なく尋ねなくてはいけません。
あれだけ沢山の品を受け取っておきながら、お礼が手作りの品という訳にもいきませんから。
それと、マナー教室の講師を受けるというお返事をしなくてはいけません。
殿下とお会いするだけでも緊張するのに、やることが沢山あって、頭がパンクしそうです。
◇◇◇◇◇
王宮に着くと、王弟殿下付きの侍女が出迎えてくれました。
侍女に案内され、私は待ち合わせ場所であるガゼボに向かいました。
先日殿下とお話しした、人工池のほとりにあるガゼボとはまた別のガゼボです。
王宮は広いので複数のガゼボがあります。
今日、王弟殿下とお会いするガゼボは庭園のほとりにありました。
待ち合わせの場所に行くと、殿下のお姿が見えました。
殿下は、鮮やかな濃い青色のジュストコールを纏っていました。
彼の背後には、護衛のゼアンさんの姿もありました。
早めに来るつもりだったのですが、殿下をお待たせしてしまったようです。
「殿下、お待たせして申し訳ありません」
私はガゼボまで早足で歩き、彼に頭を下げました。
「いや、君は遅刻していないよ。
それどころか、約束の時間より三十分も前に到着した。
僕が、早く来すぎてしまっただけだから気にしないで」
殿下はそう言って穏やかな笑みを浮かべました。
彼が機嫌を損ねていないことが分かり、ほっとしました。
王弟殿下は、侍女にお茶とお菓子の用意をさせると、彼女たちを下がらせました。
ケーキスタンドには、色鮮やかで形の良いお菓子が並んでいます。
ゼアンさんは、少し離れたところで待機しています。
ガゼボには殿下と私の二人きり……。
紅茶を優雅にすする殿下のお姿は麗しく、目を奪われてしまいます。
殿下とは数日前にお会いしたばかりなのに、ずっとお会いしていなかったような気がします。
殿下にお会いできてとても嬉しいです。
少しでも長く彼のお傍にいたい。
彼の声を聞きたい。
彼の手に触れたい。
今までに感じたことのないこの気持ちは、一体なんなのでしょう……?
いつまでも、彼に見とれているわけにはいきません。
今日は、彼にお礼を伝え、マナー教室を引き受けることをお伝えしなくてはいけないのですから。
「殿下、先日は街の散策に付き合ってくださりありがとうございました。
その上、心の籠もった贈り物までいただき感謝申し上げます」
まずは先日のお礼をしました。
私がお礼を伝えると、彼はふわりと笑いました。
「街の散策のことは気にしないで、君と一緒にいろんなところに行けて、僕もとても楽しかったから」
彼はカップをソーサーに戻しました。
「君に直接プレゼントを送りたかったんだけど、そうすると君は遠慮してしまうから、家に届けさせたんだ。
ごめんね、迷惑じゃなかった」
彼は少し眉を下げ、申し訳なさそうにおっしゃいました。
「とんでもありません。
殿下のお心遣い、とても嬉しかったです!」
殿下がプレゼントしてくださったのは、私が街で心惹かれた商品です。
泥棒にお金を奪われなかったら、購入していたと思います。
「殿下からの贈り物は、私が街で目を奪われた品でした。
私があれらの品物を気に入ったと、よく分かりになりましたね?」
殿下からの贈り物には、立ち寄った雑貨店やカフェの商品だけでなく、歩道を歩いている時に目に止めた、花や靴やくまのぬいぐるみも含まれておりました。
「わかるよ。
僕は、君をずっと見てたからね。
君はそれらの商品を見たとき、瞳を輝かせていた」
彼はそう言って私を見つめ、大切な物を見るように目を細めました。
彼に「ずっと見ていた」と言われ、心臓がドクンと音を立てました。