41話「アリーゼ、マナー教室の講師を引き受ける」
――アリーゼ視点――
殿下へのお返しのハンカチに刺繍をしている時でした。
夕方に帰宅したお父様が、私に執務室に来るように言いました。
お父様は、私にソファに座るように言い、メイドにお茶を出させると人払いをしました。
「昨日、殿下と街で会われたそうだな?」
お父様は、私をギロリと睨みました。
殿下と街でお会いしたことを、お父様にはまだ話していませんでした。
昨日はお父様の帰りが遅く、今日は日が昇る前から登城してしまったので、話す機会がなかったのです。
「申し訳ございません。
お父様にお伝えするのが遅くなってしまいました」
私はお父様に頭を下げました。
「そのことはもう良い」
お父様は私の話を遮りました。
お父様は、私が何も伝えなかったことに怒っているようです。
別にお父様に隠すつもりはなかったのですが……そう取られてしまったかもしれません。
「本日、殿下に呼び出された。
週に二度、王宮に淑女を集めマナー教室を開くので、お前に講師をして欲しいと言われた」
「私にマナー教室の講師を……?」
私にそのような大役が務まるのでしょうか?
「返事は、お前から王弟殿下に伝えなさい。
手紙などで済まさずに、王宮に行き対面で返答するように」
お父様は厳しい口調でそうおっしゃいました。
「承知いたしました」
殿下に直接お会いして、お断りをするのは失礼にあたります。
これは「受けろ」というお父様からの圧力ですね。
「王宮でのマナー教室は、メイドと共に街を散策するより、遥かに有意義な時間を過ごせるだろう。
話は以上だ。
下がりなさい」
お父様は、街に散策に行ったことを相当怒っているようです。
「街を散策に出るな」と釘を刺されてしまいました。
確かに、ロザリンと二人で街に出て見知らぬ男性から声をかけられ、危ない目に遭ったのは事実です。
ですから、次に街に行く時は護衛を付けようと思っていました。
お父様にこのように厳しく言われては、護衛をつけても街に行くことは叶わないでしょう。
「はい、失礼いたします」
会話の間、お父様はずっと眉間に皺を寄せていました。
きっとお父様は、戦力にならない私を修道院に送ろうと考えていたのでしょう。
その矢先に、王家からマナー教室の講師の打診を受けて、計画が狂わされてしまった。
お父様は、それが気に入らないのですね。
私にマナー教室の講師が務まるか不安はあります。
ですが、マナー教室の講師を引き受けている間は、修道院に送られる心配はありません。
その間に領地のことを学びましょう。
お父様が、私を修道院に送ろうとした時は、「必ず領地の運営に役に立ちますから、私を修道院ではなく領地に送ってください!」とお願いする予定です。
領地のことを学べる時間ができたのは、私にとってはプラスです。
いつ修道院に送られるのかと、ヒヤヒヤしながら家で過ごすのは体に良くありませんから。
この期間を、上手に利用しましょう。
それに、マナー教室のために王宮に通っていれば、殿下に会えるかもしれません。
一緒にお茶を飲めなくても構いません。
話しかけることができなくても構いません。
遠くからでもいい……王弟殿下のお姿を見たいのです。
彼のことを思うと、胸がドキドキと忙しなく音を立てます。
この感情がなんなのか、私にはまだわかりません。
いつか、この気持ちの正体がわかる日がくるでしょうか?
◇◇◇◇◇
翌日、殿下にお手紙を書きました。
マナー教室の講師を引き受けることを、殿下に直接会って伝えなくてはいけません。
そのためには、彼と会う約束をしなくてはいけないのです。
相手が王弟殿下、公爵家の令嬢とはいえ、簡単にお会いできる方ではないのです。
私が手紙を出した次の日の午後、殿下から手紙のお返事が届きました。
手紙には、面会が可能なことと、面会する時間と日付と場所が記されていました。
王弟殿下に会えると思うと胸が高鳴ります。
約束の日時までに、ハンカチの刺繍を終えなくてはいけません。
私は一針一針、思いを込めて、刺繍をしました。
その結果、満足のいく仕上がりの物ができました。
ですが、やはりハンカチだけでは、お礼としては物足りない気がします。
せめてあとひと品、殿下にプレゼントしたいです。
ひとつだけ、アイデアがあります。
それを作るには、私の力だけでは難しいです。
ロザリンに相談してみましょう。
彼女なら力を貸してくれる気がします。
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