37話「頭部への口付け」
私が殿下の恋人なら、彼からの贈り物を喜んで受け取ります。
ですが、私達は恋人同士では……。
「アリーゼ嬢、お店の人も困ってるみたいだし。
これも人助けだと思って、一つだけ僕からの贈り物受け取ってくれないかな?」
殿下は私の手を自分の胸の前で握り、じっと私の目を見つめてきました。
心臓がトクントクンと音を立てています。
彼のロイヤルパープルの瞳で、真っ直ぐに見つめられると、嫌とは言えなくなってしまいます。
「それでは、お言葉に甘えて一つだけ……」
私は、彼の顔を直視できなくて顔をそむけました。
今の私の顔はきっと赤いです。
「よかった!
どれが欲しい?
好きなのを選んで」
殿下は、露天の商品を指差し、無邪気に笑いました。
私は彼に促されるまま、並んでいる商品をじっくりと眺めました。
「……この髪飾り」
私が気になったのは、髪をハーフアップした時に使う、バレッタと言われる髪留めです。
髪飾りの本体は銀色で、紫色のガラス玉がついていました。
夕日に照らされキラキラ光るガラス玉が、殿下の瞳のように見えたのです。
髪飾りの本体部分の銀色も、殿下の髪の色に似ています。
「お嬢さん、お目が高いね。
それはこの店で一番高価な商品だよ。
本体は銀細工で出来てるし、髪飾りについてる宝石は本物のアメシストだ」
露天商さんが、私が目を留めた髪飾りを手に取り、にこりと笑いました。
まさか、お店で一番高額な商品だとは思いませんでした。
銀細工と本物のアメジストを使っているなら、それなりに値が張るはず。
これでは殿下に、高額商品をねだる卑しい女だと思われてしまいます。
「やはり別の物に……」
「好きなものを選んでって言ったよね?
店主、その髪飾りをもらうよ。
袋に入れてくれ」
私がキャンセルしようとした時には、殿下がお金を払っていました。
「毎度あり。
お嬢さん、恋人がお金持ちで良かったね」
露天商さんは満面の笑みを浮かべ髪飾りを紙袋に入れ、殿下に手渡しました。
「アリーゼ嬢。
約束だよ。
受け取って」
殿下はほがらかに微笑み、髪飾りの入った袋を私に手渡そうとしました。
「ラファエル様、やはりこのような高価な品をいただくわけには……」
「値段のことは気にしなくていいよ。
今日一日、付き合ってくれたお礼だから。
それに一番高額な商品と言っても、それはこのお店での話だ。
君の屋敷に出入りしている行商人は、取り扱ってないほどの安物だよ。
多分、君の屋敷にある宝石箱の中で、一番安価な品になるんじゃないのかな?」
そうかもしれませんが……。
お付き合いしていない殿方から、気軽に受け取っていいほどの値段でもないような……。
「それに、今日お付き合いいただいたのは私の方です。
お礼をしなくてはいけないのは、こちらの方ですわ」
殿下には危ない所を助けていただき、街の案内をしていただき、お昼をご馳走になり、護衛までしていただきました。
「ならこれは、僕へのお礼だと思って受け取ってくれないかな?」
「お礼をする側が、物をもらうなんて聞いたことありませんが」
「そうかもね。
でも僕は、君がプレゼントを受け取ってくれることが、何より嬉しいんだ。
だから、僕に感謝しているなら受け取ってほしい」
彼は眉を下げ仔犬のような目で見つめてきました。
そんな顔をされると、断れなくなってしまいます。
「では、ありがたく頂戴いたします」
「受け取ってもらえて嬉しいよ」
私の髪飾りが入った袋を受け取ると、殿下は花が綻ぶように微笑みました。
夕日に照らされた彼の笑顔が眩しすぎて、私の心臓がまたトクンと音を立てました。
「お嬢様、迎えの馬車が参りました」
その時、ロザリンがルミナリア公爵家の馬車が公園に着いたことを知らせに来ました。
もう……お別れなのですね。
今日のように、殿下とお忍びで散策する機会はもう、訪れないでしょう。
「殿下、本日は本当にありがとうございました」
私は淑女の礼に則り、カーテシーをしました。
お忍びはもう終わり、これ以上彼を名前で呼ぶことはできません。
「アリーゼ嬢、君にまた会いたい。
また会えるかな?」
踵を返そうとしたとき、殿下に手を掴まれました。
私を引き止める彼の顔は、口角が下がっていて少し寂しそうでした。
「いずれ夜会でお会いできますわ」
私は取り繕った笑顔でそう答えました。
私も、殿下とお別れするのは寂しいです。
笑顔が引きつっていなければいいのですが。
「夜会以外で、君に会いたいと言ったら、君は応じてくれる?」
彼のアメジストの瞳に真っすぐに見つめられ、心臓がドキリとしました。
今の言葉の意味は一体……?
「王宮のお茶会に参加することを、父が承諾してくだされば伺います」
私は当たり障りのない返事をしました。
お茶会は昼に開催されるので、夜会とは違いますよね?
王宮で開催されるお茶会には、沢山の令嬢が参加するのでしょう。
私はその中の一人として、殿下を遠くから見つめたいと思います。
「分かった。
お茶会なら君はお城に来てくれるんだね。
次、君に会う時はルミナリア公爵の許可をとることにするよ」
殿下はそう言ってにこりと笑うと、私を抱き寄せ、髪に口付けをしました。
「で、ででで……殿下!」
い、今の口付けは一体……!?
「今日は楽しかったよ。
また必ず会おうね。
アリーゼ嬢」
殿下はそう言って、私から体を離しました。
髪とはいえ、殿下にキスされてしまいました……!
私はどう反応したら良いのか分からず、固まってしまいました。
呆然としている私を、ロザリンが馬車に乗せ、私は公爵家に帰りました。
こうして楽しかった一日はあっという間に終わりを迎えたのでした。
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