36話「露天商と髪飾り」
シスターと子供達にお別れの挨拶をし、教会を出る時にはあたりは暗くなり始めていました。
市場にある大きな公園に、公爵家のお迎えの馬車が来るのは六時半。
日が沈む、ほんの少し前の時間です。
教会から公園に向かう時も、殿下は私の隣に立ち、私の手を握っています。
今日一日、手を繋いでいたので緊張は和らいできました。
街にはひったくりや、女性に馴れ馴れしく声をかけてくる男性や、馬車を暴走させる御者など、危ない人がたくさんいます。
殿下は、そのような危険なものから私を守ろうとしているだけ。
公園に着いたら、彼と手を離さなくてはいけません。
この手を離したら、王弟である彼と手を繋ぐ機会など、そうそう巡ってこないでしょう。
そのことを、とても寂しく感じます。
大きな建物の影を抜けると、公園の時計台が目に入りました。
目的の場所が近づいています。
公園についたら、街の散策は終わり。
なんだかとても、切ない気持ちになります。
とても楽しい一日でしたから。
もっと、街を探索したかったです。
それに、殿下とお別れするのも寂しく感じます。
殿下とお城でお会いする機会はあるかもしれません。
ですが、王弟である彼と手をつないで歩くことも、彼を「ラファエル様」とお名前を呼ぶこともないのでしょう。
彼と過ごした時間が幸せすぎて……。
思い出が一つ、また一つと脳裏をよぎって……胸が苦しくなります。
公園に着かなければいいのに……。
夕日が沈まなければいいのに……。
彼とお別れすることを想像するだけで、胸が痛いです。
お父様に戦力外通告された私ですが、お父様にお願いすれば、一度くらいは、王家主催の夜会に連れて行ってもらえるかもしれません。
夜会で、殿下にお会いすることもあるでしょう。
ですがその時は、今日のように気さくに殿下に話しかけることはできません。
夜会では、王弟殿下と公爵家の令嬢として、節度ある距離を保ち、当たり障りのない会話を心がけなければなりません。
それに、その時は……彼の隣には婚約者がいるかもしれません。
彼の隣に立つ女性を想像するだけで、痛いほど胸が苦しくなります。
今まで感じたことないこの気持ちは……一体何なのでしょう?
◇◇◇◇◇
時間に止まって欲しいと願っても、それは叶うはずはなく……。
ゆっくりと歩いても、いつかは目的地に着いてしまいます。
夕方の公園には、昼間ほど人はいませんでした。
帰宅を急ぐ人や、公園で遊んでいた子供を迎えにくる親の姿などが見られました。
いくつかの屋台は店じまいを始めています。
公園の時計台に目をやると、六時一五分を過ぎていました。
公爵家の迎えの馬車が来るのは六時半。
殿下とこうして手を繋いでいられるのも、あと一五分だけなのですね。
「ラファエル様、今日は本当に……」
私が、今日のお礼を伝えようとした時でした。
「そこの銀色の髪のお嬢さん。
よかったら一つ買っていかないかい?」
見知らぬ男性に声をかけられました。
また、マナーの悪い男性が声をかけてきたと思い、私は警戒しました。
ですがその心配は無用でした。私に声をかけてきたのは露店の店員さんでした。
その方の店では、櫛や髪留めやリボンなどのアクセサリーを取り扱っているようでした。
色とりどりのリボンやアクセサリーを見ていると、気持ちが弾みます。
「あいにくですが、私は持ち合わせが……」
櫛や髪飾りを沢山持っていますが、やはり新しいアクセサリーには心惹かれます。
ですが、持ち合わせが無くては買えません。
「そうなのかい?
上等な服を着てるからお金持ちのお嬢さんだと思ったんだけどね?
だったらそっちの色男、何か買っていかないかい?
デートの終わりに、恋人にアクセサリーをプレゼントしてあげたら喜ぶよ」
露天商さんに、「恋人」と言われてドキリとしました。
「わ、私とラファエル様はそんな関係では……!」
私と彼は、周りからはそのように見えているのでしょうか?
「君には僕と彼女が恋人同士に見えるの?
君はなかなか見る目があるね」
殿下は、嬉しそうに露天商さんに話しかけていました。
「どう見ても恋人同士にしか見えないよ。
美男美女でお似合いだね」
お店の人にそう言われ、殿下はにこにこしていました。
「男性の方は、良いところのお坊ちゃまと見た。
恋人にプレゼントを買ってあげなよ。
良い記念になるよ」
「僕は沢山贈り物をしたいんだけどね、彼女は謙虚で、なかなか贈り物を受け取ってくれなくてね。
彼女が望むなら、僕は店ごと買い取ってもいいのに」
殿下は眉毛を下げ残念そうにそう言いました。
「店ごと買い取ってくれるのかい?
それは気前がいいね」
露天商さんは、歯を見せて「ははは」と豪快に笑いました。
「今日は一つも売れなくて困ってるんだ。
お嬢さん、俺を助けると思って、恋人からのプレゼントを受け取って上げてよ」
露天商さんに懇願されてしまいました。




